第4回 神を超えよ!仏を超えよ!Ⅱ『デス・トーク』 2018年07月11日(水)

 お話し:積哲夫  聞き手:何田匡史

積先生:「 “天の義”に対して生きる。『義の人』になるのです。
近年、若い人たちに、あの戦争(第一次、第二次世界大戦)で亡くなられた人達は“たましい”に光を持って亡くなられたから幸せだったんだ、と気が付く人が増えてきます。
それに引き換え、現在を生きている人達は日々、日々この世の悪魔達の誘惑にさらされて、生きることに悩み苦しみ、常に“たましい”を悪魔達に売ろうとしている、と知るべきです。」

何田:「キリスト教の義に生きた人達はひと筋に、神様の信仰に生きられました。
また、太平洋戦争で亡くなられた英霊達もお国を守るとして死んで行かれました。
生きる目的、死ぬ目的は一つで道はひとつだったと思います。
しかし、現在はいろんな解釈と選択肢があって、何をチョイスして生きて死に往くのか?を自分で選べるようになった世の中なので、余計に迷うことになっている時代だと思います。」

積先生:「選べるという言葉より、『義によって生きる』ということが格好悪いと皆さんは思っていませんか?」

何田:「それは99%くらい、義が格好悪いと思っている人が多いと思います。
たぶん義を通して生きることは損だと考える人が全ての人にあると思います。」

積先生:「『義によって生きよ!義を持って生きよ!』
これが“死んだら-チャンネル”を立ち上げた目的で、テーマです。」
shindara-channel.com(死んだら-チャンネル)
https://shindara-channel.com/

積先生:「義を持って生きて死んだ人は必ず天にすくいあげられます。
けれど義によって生きてない人は死んだ後、天から捨て去られます。
この正しい知識を見つめて自覚して生きることをしないといけない。
ひとりひとりが自分の人生でこの知識にもう一度気が付かないといけない!
結局、他人がどうのでなく、自分ひとりが『天の義』を人生の中心に据えて生きてきたのか?死んで往くのか?
これが死んだ瞬間、あなたの“たましい”が光となって天に昇るか。
闇のものとなって内なる神や神々とも地獄に閉ざされるか。
ターニングポイントはあなたの身体の死の瞬間ですが、“たましい”の行き先は日々の人生の過ごし方、時間の使い方、精神性の高さ、そして“本当の正しい知識”にあります。
『“たましい”はすべてのことを記録しています。』
昔の人間は、死後の世界で神様を欺くことができると考えていたようですが、内側に記録が残っているのです。」

積先生:「現在はそういうひとりひとりが試される時代だから“イエス様の十字架”のテーマが置かれているのです。
“イエス様の十字架”を恐れる人間は“義の人”には成れないのです。
聖書を知ると、自分が十字架にかけられるのが嫌だな、という脅迫が常にあるわけです。
イジメはしたくないけれどイジメに加担するのは、イジメる側にいないと自分が十字架に周りから架けられるのが嫌だ、という恐怖心があるのが理由です。
十字架への恐怖、つまり“恐怖心”がイジメや闇を作り出す、わけです。」

何田:「自分の人生で、天の働きを全うして人生を送ろうとすれば“十字架に架かってもよい”という覚悟を持たなければ“義”がわからない、ということでしょうか?」

積先生:「そうです。覚悟がなければ解らないのです。
今、この時点で、ここを自分の頭で考え抜かない限り“神”なぞというものには近づくことはできません。
自分に恐怖心があればその恐怖から出た言葉や行いは闇につながり、自分は闇の住人になります。
恐怖をおそれない、“天の義”を全うして生きることの“覚悟”がなければ、“天の住人”には成れないのです。
天に繋がる言葉や行いを人生というこの時空間に顕わして生きた人が死んだ瞬間、“たましい”は天にすくいあげられ、次に進化のステージに往けます。
これら、すべては正しい道理です。それを、人の道といってもいいのです。
すべてはあなたの人生の時間の過ごし方で決まります。
そのためには“考え抜かないといけない”のです。」

何田:「積先生、お話しを聞いていますと、マンガやアニメのストーリーのように聞こえます。」

積先生:「そうそう、マンガとかアニメの方が解りやすいです。日本文化としてのマンガ・アニメを、精神学の知識をベースに、作家作業する人がいればとても売れるでしょう!」

何田:「積先生はコンテンツが最も重要なポイントは“感動”と言われています。
“感動”は“たましい”が震えることだと言われていました。
人は本当の正しい“義”というものに出会うと“たましい”は震えて感動し、それが“天の義”だと人は理解するものでしょうか?
では、“義”とは何でしょうか?」

積先生:「“義”とは、簡単に言うと、殺すな、盗むな、偽証をするな、のいましめに代表されるものです。
人間として生きる基本の重要部分です。キリスト教や仏教の戒律は、人間がつくったものだと、天はいっています。この三つでいいのです。」

何田:「イジメをしている人はどうでしょうか?」

積先生:「イジメている人は殺しをしています。
人におまえ死ね、おまえ汚いから死ね、などの言葉や行いで相手を殺しています。
“義”を貫いて、殺すな、盗むな、偽証をするな、をして死んだ人は“神様”が言祝い(ことほい)でくださいます。」

積先生:「よくよく、いっておきますが、“たましい”にとって一番重要なポイントは“人の評価ではない”のです。
”たましい“は神様”というか“天の評価”が一番重要なのです。
“人間の評価を気にしている間はダメなの”です。
庶民感覚でいうと “お天道様が常に見てくださる”という倫理観、行動原理を自分の中に持っているか、持っていないか、です。

それが“義”なのです。

次回をお楽しみに!