第45回 神を超えよ!仏を超えよ!Ⅱ『デス・トーク』 2019年5月1日(水)

(通算第114回)
お話し:積哲夫  聞き手:何田匡史
(20181228収録)

何田:「積先生、先生は自分の外に向って戦うなと、戦うのは自分の内側にある“闇”と戦い、『自分の闇を殺せ』といわれました。
自分の外に向かって争ってきたから、戦争が絶えず、地球は沢山の犠牲者の血を流すことになったといわれました。
それが宗教の間違いだったと・・・。
そのお言葉はすごいですね、
だれでも『あなたは自分の闇を殺せていますか?』と問われたら・・・。」

積先生:「ほとんどの人は自分の中の闇を殺せていません。
ほとんどの人は、“自分の闇を殺す”ということは、“自分を殺す”ことだと勘違いするので、殺せていません。
だから、『審判を求めなさい』といっています。同じことだから、です。
『わたしは“最後の審判を”求めます。』と天に求めることと、
『どうか、私の中の闇を殺してください』ということは同じことなのです。」

何田:「積先生、自分が自分の闇に勝ちたいと思ったら、それは『理性』がカギでしょうか?
『理性』で闇と戦うというか、なにがカギになるでしょうか?」

積先生:「自分が自分の闇に勝ちたいと思ったら、そこまでは『理性』でできますよ。
ただし、理性をきちんと働かせるためには、『知識』が重要です。
『基(もと)の知識が正しくなければダメ』なのです。

何田:「基の知識、情報でしょうか?」

積先生:「はい、そうです。」

何田:「積先生はいつもいわれている、出発点を正しくしておかないと狂ってくる。
『たましい』のこと、神様のこと、歴史のこと、ですね。なるほど・・・。」

積先生:「だから、自分がどこに行きたいのか?という問いが(皆さんの中の)出発点にあるでしょ。
でも、ほとんど人は、今日本で生きている人は、自分がどこにいきたいかというと、“生きているうちにお金が欲しい”、アメリカの人とか中国の人の様に、全く同じ答えなのです。
“生きている間にお金が欲しい”という答えなのです。」

何田:「ええ、え、なるほどそうですか。」

積先生:「そう思いませんか?
なぜ、お金がほしいの?といったら、“お金があれば何でも買えるから”って。
確かに買えるのよ、時間も買えるし、自由も買えるし。
で、『買って何をするの?』
『あなたは何になりたいの?』
って、聞かれた時に今生きている人は答えられない、のです。

『私は“神”になりたいのです。』、と正直にいえる人はいない。

何田:「神様って何かが解っていないです。」

積先生:「別な答えでもいいのです。
『二度と人間に生まれたくないので、自由が欲しいです。』というのであれば、それはそれで正しいのかもしれません。
でも、お金で“二度と人間に生まれない権利”を買うことはできない。
ルールが別だから。
ただ、お金で“二度と人間に生まれない知識”を学ぶことはできます。」

何田:「あああ、そういうことでしたか。正しい知識や情報は時間もお金もかかります。
お金があれば、時間も買えるし、正しい知識を集めることもできます、なるほどです。
望めば、買えますもの。

本当ですね、積先生。
いくらお金があっても、例えば退職金がいっぱいあっても、趣味がない人は死ぬまでの残りの人生の時間をどう生きるか?
趣味がなくてお金を持っていても、お金を正しい方向に使わなければ、今度は人生という時間も間違った使い方をすることになり、人生を終えることになります・・・。」

何田:「積先生、いやらしい聞き方をお許しください。
あの、人は死んだ後、『たましい』は“後悔(こうかい)”をするのでしょうか?
またそれを自覚して“しまった!間違った”、“くやしい”なんて、どこかで“後悔(こうかい)”して苦しむ時はおとずれるのでしょうか?」

積先生:「そうでしょうね。『たましい』が光を宿していれば“後悔(こうかい)”をするでしょうね。」

何田:「後悔をするべきだ、なんて思って質問しているのでなく、ただ一生懸命、生まれる前から準備してきて、やっと自分の番が回ってきて、この世に生まれ出たのに、準備や予定していた内容とは違う人生をおくって死んだ人の『たましい』はどう思うのでしょうか???
小さい時からなぜかずーっと考えてしまうのです。
転生していれば、何か求めている、目的があるのであって・・・。」

積先生:「たぶん、そういう死んだ人がこれから生きている人にいっぱい取り憑くのです。
行くところがないから。中途半端なのです。
最初から地獄に行く人は、地獄に行くからそれでよい(問題なし)のです。
そうではなくて、どこにも行くことができない(死んだ)人、もしくは位置づけることができない(死んだ)人は、“人間界”に留(とど)まるのです。
その結果、生きている人の小宇宙の中に死んだ人が棲みつくのです。
これからそういう症例がいっぱいでてきます。」

何田:「積先生は以前、多重霊のお話しの時、人の身体はお社で審判の容器だから、神も悪魔も霊も人の身体に入れる、それはご本人が逆に『歴史を追体験することができる。』
それはとてもすごいことであって、『真実の歴史を知ることになる』、といわれました。
それによって『人は“気付き、覚醒する”ことができる』といわれました。」

積先生:「それが(人の身体に入ったのが)、神様世界だとするならば、『人間の小宇宙は“神”である、ということを追体験している』、のです。
ただ、『“神”というものはちっともいいものではなくて、いかに罪深くて、苦しくて、長い時間をかけて成長してきているのか、ということが解ります。』

何田:「生きている人の小宇宙に悪魔や霊が棲みつくようになると、本人が自覚しないと解決の方法は、糸口は見つからないのでしょうか?
それか、本人の自覚なしに無意識に『たましい』の光の部分が精神学協会の解決の出口へ導かれるようになるのでしょうか?」

積先生:「両方だと思います。」

何田:「あああ、この宇宙は本当に理屈通りにできていますね。なるほど・・・!
ご本人が苦しくて『最終知識』の知識で気付き、悔い改めるようになれば、一緒にいる悪魔も霊も気付き、悔い改めることができる、ということでしょうか?」

積先生:「はい、たぶんね。」

何田:「よほど、人はよほど苦しまないと悩まないと、精神は成長しない、または神知を求めない、本当の神と神知にめぐり合うことができないのでしょうか???

でも、もうそこまで出口は来ていますでしょうか?
人が『最終知識』を求める段階、神様が神社を結び直して新しい結界を張り直しておられると積先生がいわれていた時期に合わせて・・・。」

積先生:「そこまで来ているのだと思いますよ。
日本国土の新しい神社結界はまだ完成していませんが、もうそこまできています。
新しい日本のために、
平成から、令和に変わるこの時に合わせて。
精神界も、この日本と連動しています。」

次回をお楽しみに!