第127回 神を超えよ!仏を超えよ!Ⅱ『デス・トーク』 2020年11月25日(水)

(通算第196回)
お話し:積哲夫  聞き手:何田匡史
(20200723収録)

何田:「光は闇に負けるということはあるのですか?」

積先生:「今までの人類の歴史は闇に負け続けて、ここまで来たのです。
『最後の一厘』という大どんでん返しは99.9%まで、光が闇に負けた時にしか発動しないのです。
そう考えれば、『最後の一厘』が発動しないと何田さんあなたは豊かになれないでしょう。
しかし精神学を学ぶと、このように考える事ができます。
何田さんが豊かになり始めると『最後の一厘』が発動した、ということです。
そう考えたら、正しく豊かになりたいと思いませんか?」

何田:「豊かになりたいと思います。正しい方法で。」

積先生:「自分で『光の勝利』を実証したいと思いませんか?」

何田:「本当にそう思います。自分が光の戦士として働けるなら嬉しいし、光の勝利に貢献できるなら、こんなにありがたいことはありません。
私は『簡単にわかる精神学』のテキストを作って、光の戦士を増やしたいのです。
たとえば、積先生と出会って、精神学を学んで、一番気付かされることは、一方通行の考え方ではダメで、お互いが影響し合っているので・・・。」

積先生:「相互作用です。すべてをエネルギーの流れで捉えれば見えてきます。
この宇宙は全部エネルギーでできているので、物質だけでなく、精神も、考え方も、知識もエネルギーなのです。
『正しい知識は非常に強いエネルギー』なのです。だから『最終知識』を学んだ人間は闇を滅ぼすことができる。『最終知識』を知る人は『光の戦士』となって闇と戦えるのです。

だから他の人が何田さんあなたに“悪意”を向けたとしても、それに対して“悪意”で返してはいけません。」

何田:「なぜですか?」

積先生:「それはなぜかというと、相手に“悪意”で返すことはあなたが闇のエネルギーの発生源になってしまうからです。
あなたが相手との“場(フィールド)”に闇のエネルギーを投げ出すことになる。
人間は神の子だから無意識に、自覚しないまま、他人に向けて闇のエネルギー(恐怖、怒り、ねたみ、そねみ、さかしら等)を投げているのです。
お互いが闇のエネルギーをお互いに向けて投げ合えばどうなりますか?
そうすると本当の殺し合いになる。戦いになる。

ところが、何田さん、あなたが受けた闇のエネルギーを“あなたの浄化力”で処理することができれば、その闇のエネルギーは“消える”のです。
もちろんそれは光の側のエネルギーにはならないです。“しんどい”だけです。
しんどいだけなのですが、『情報として光の側に移すことで無害化します。』
闇のエネルギーを置いたままにしておくのは、この地球を汚すことだからです。」

何田:「闇はなくなさなければ、いつまで経っても消えないということですね。
闇はわざわざ処理しなければなくならない、ということですか?

つまり闇のエネルギーは人間の私達が無意識で闇のエネルギーを作り出して、それを知らず、闇のエネルギーの処理をわざわざしないから、地球に闇が溜まり続けているというわけですね。
『“闇を無くすこと”が“光の戦士の役割”だ』ということですね。」

積先生:「そうです。闇の意識体が光の意識体に出会った時に必ず起きることがあります。
何が起きるかというと、闇の意識体は光の意識体に向かって、『私を殺しませんよね』という交渉が始まります。」

何田:「闇が光に向かっていうのですか?」

積先生:「そう、『私を殺しませんよね。一緒に生きていってくれますよね。』と闇はあなたにいうのです。
それが『悪魔の誘惑』です。」

何田:「それ、悪魔の誘惑ですか?!情けをかけて、闇に一緒に光になろうなんて、やさしく、『いいよ、殺しませんよ。一緒に頑張りましょう。』なんて言えば、闇や悪魔を生かすことになる、ということ・・・。」

積先生:「そうです。何田さんあなたみたいな人は闇にすぐ取り込まれます。」

何田:「えーそういうことですか! “いいですよ。殺しませんよ。反省しているみたいだし未来に向かってがんばりましょう!”なんて、闇を許可すれば、自分が闇に取り込まれるのですね。」

積先生:「闇に情けをかければ、あなたが闇の手先に変わります。
それがこれまでの宗教家達がずーーーと、やってきた過ち、まちがいです。
だから『神様世界には妥協はない。』って、わたしが言ってきたでしょ。
神様世界には『正しい』か、『正しくないか』しかないの!です。
『善』と『悪』なんて関係がないの!です。

人間が、善と悪という間違った変な概念を持ち込んだから、勘違いが始まった。
そのために光の地球であるべきものが闇の地球になってしまった。
それが現行人類の『不幸の素(もと)』なのです。
『その宗教の時代を終わらせなさい。』とわたしは言っているのです。」

何田:「積先生、その不幸の素の始まりはいつですか?
約2000年前の一神教の宗教の生まれた時でしょうか?」」

積先生:「いまは、一神教の1000年紀で起きなかったことが、2000年紀で起きるタイミングです。その最後の審判のスタートは、きっと1991年と思います。私のデータでは白山の白山比咩神社の三本杉が倒れた時が始まりです。」

何田:「そういうことだったのですか。結局、善とか悪とか、自分は善行をしようとか、悪や闇に情けをかけて改心してもらおうとか、人間が良かれと思っていたことが、神様業界の光と闇の問題では間違いであるということですね。
いま生きている人間は、地球が闇に汚染されているというのに、自分の考えと行動の間違いが根本原因で、自分の責任だと、気付いていないのですか!私達は。とても残念です。」

積先生:「説明した内容は宇宙論的“マクロコスモス”と“ミクロコスモス”の関係です。

日本の神話のお話しをすると、日本の神話というのは精神世界的にいうと、あれは人間界を学ぶためにある神話なのです。
だから日本の神々は限りなく人間的でしょ。あるいは人間として描かれているでしょ。(古事記、日本書紀など)
人間とはこういうものですと描かれています。」

何田:「大祓のノリトとかもそうですか?」

積先生:「そうです。人間は、“罪” “穢れ(けがれ)”の塊(かたまり)です。生きているということは罪も穢れも増やしていくのです。
その罪と穢れをきちんと祓うことによって、“いつでも光に繋がっていなさい”というのが日本の神道の根本的な教えです。

生きているということは穢れるのです。
その穢れをきれいに祓わないと、人生の時間に引きずられて、闇の底に沈んでいくのです。」

次回をお楽しみに!