第21回

闇の処理

2022年9月 29日
編集:日戸 乃子(ひと のこ)

 

 

山の斜面で転び、手をついた下に朽ちた細めの切り株があり、左手の掌を突き刺しました。

それが、9月24日の土曜日の話で、刺創は深さが3㎝ほどあり、すぐに病院へ。レントゲンの結果、次には私の地元の県立総合病院へたどり着き、大きく掌を切開する緊急手術になりました。傷の奥には、苔むした木片が残っており、それをすべて取り去る必要があったのです。

あれから五日が過ぎて、毎日、抗生剤の点滴を受けながら過ごしてします。時たま、ドクターヘリが飛んできて屋上に着陸し、また飛び去って行きます。4人部屋なのですが、私のほかは膝の手術、大腿骨の手術、肩の手術のお三方で、80歳代2人と70歳代1人という構成です。(私が最年少の60代になります)毎晩、手術後のイタイ、イタイ…の声が充満している病棟です。(整形外科病棟ですからね)でも、ここで働かれている方は、医者も看護師もお掃除の人まで含めて夜勤でも日勤でも、いつも笑顔で前向きに接してくださって(中には例外の方もいらっしゃいますが)、久しぶりの入院ということもあり、いろいろと物思う時間ができています。

2016年に79歳で亡くなった実母は、この病院で定年退職まで看護師として働いていました。(間で県内を数回、転勤していました)私にとって、支配的で万事に厳しく、愛情表現のない母親は苦手で、反発心もあり、母親の死後もなかなか過去の思いが整理できなかったのですが、浄化上昇をすることで少しずつそぎ落としていったものがあります。

前回のブログで母親の弟である叔父のことを書きましたが、子ども時代の環境や人間関係から、私は常に自分が受けた闇を、次には自分の心の中でさらなる闇として吐き出し続けていたのだと思います。そう考えると、どれだけの闇を作り続けてきたことになるのでしょうか。この作業を、人間一人一人が、大なり小なり言葉として闇を生産して自分の外側に吐き出してきたならば、この地球が闇に覆われているといわれても納得できるのではないでしょうか。人のことをあれこれというのは、まさにこの闇の再生産にほかなりません。

実は、私の世界には、私だけしかいないということです。私に向かって闇を吐き出すものがいても、それは私には関係ないことで、闇を吐き出す人の問題なのです。ただ、それに反発してしまう、または反応してしまうと、その闇エネルギーの循環につかまってしまいます。横のつながりにつかまってしまい、人間関係のエネルギーの中で、人は闇をためて疲弊していきます。

大切なのは、上に向かう意識エネルギーで光の宇宙につながろうとする意志でしかないのです。地球は、人間が出す闇で覆われています。その闇に覆われた地球を個々の意識が抜け出すことが、すでに「聖書の時代」が終わったこの時代には不可欠なことなのです。

 

日戸 乃子(ひと のこ)

第20回

決別というさようなら!

2022年9月 22日
編集:日戸 乃子(ひと のこ)

 

※今回は、すこし私の内なる闇の話になりますので、現在、精神が不調の方は読まずに飛ばして、また後日、改めて読んでくださいね。

 

世間には、自分を中心に世界が動いていると信じている人が少なからずいます。

自分で自分をほめる自慢話と、人に対してマウントを取ることを生きがいとしており、誠実性は薄く、弱き者には強く、強き者にはだまり、得があると思えば口上手く強者に取り入り、自分を売り込みます。いや、お友達にはしたくないし、どうしても関係しなくてはならないなら、お付き合いは最小限にしたい相手です。

そんなひとりに定められるのが、母方の末子の叔父でした。

私の年齢分だけ、叔父とはお付き合いがあったわけですが、私と妹が小学生の時に母方の祖母が数年間、3日に1日ぐらい子守に来ていたことがあり、その分、母の実家が留守になっていたので、「お前を見るために、母親(おばあちゃん)が子守にいっていたから、中学生だった俺は寂しかったんじゃ!」と、70歳が近くなっても私の顔を見るといわないと気が済まない、精神年齢はまさに中学生ぐらいの叔父でした。過去に中学生の叔父から妬まれていた私は、その頃その母方の祖母にいじめられていたのですが、そんなことはまったく叔父は気が付いていなかったでしょう(ちなみに、実母も「ぜんぜん気がつかなかった」と当然のように言っていました)。正確には、祖母は私ではなく、4歳下の妹を見るために田舎から来てくれていたのです。そういう理由で、叔父は私に会うと過去の自分の幸せを無断でかじったものとして、私に意地悪な言動をすることを繰り返していました。子供にとっての9歳の年齢差は大きく、夏休みになって母方の実家に妹と一緒に預けられるたびに、私はいつもいわれのない理不尽な悔しさを感じていたのです。

その叔父が2022年9月14日にガンで亡くなりました。15日に、大阪に住む母親の妹の叔母から連絡があり、16日にこちらの地元でお葬式があったので、亡くなった母の代わりに出席して、最後を見届けました。疎遠になっていた叔父の40歳代の息子と娘(いとこたち)とも会い、いろいろと情報交換をしたのですが、叔父の行状は私が母親から聞いていたものよりひどいものでした。

結局、いとこたちが小さいときに、叔父は自分の不倫が元の離婚の末に、いとこたちを養護施設に預けて、それを見かねた祖母が引き取って育てていますが、その後も借金を重ね、それも祖母に支払わせて、祖母が亡くなった後は、成人した子供たちにもお金の無心をしていたことがわかりました。そのようなことから、ここ十年近くは子供たちとも絶縁状態になっていたのですが、自分の死期が近くなったこともあり後を頼む者がいないことから、ふたたび叔父からいとこたちに連絡を取ってきたということです。そして、まだ明らかにはなっていないですが、いとこたちの話ではいくらかの借金が残っている可能性もあります。

万事に手堅い私の母親とくらべると、兄弟といえどもまったく異なる生き方を叔父はしてきたようにみえますが、この自分中心の「俺が感」、世界の中心に自分がいるという万能感は、祖母を含めて母方に共通する思考で、それがある意味カルマ(業)的なものになっています。ピラミッド(ヒエラルキー)の頂点に上ろうとする人間の普遍的な欲望といえばいいのでしょうか、他人を支配しようとする意識面が強いのです。要は、人に向けて発する『念』が強い人間として存在することになります。私は、小さいときから、それらの親族たちを見てきて、またその影響を受けて育ってきたのですが、もちろん良い面よりもマイナス面の方が何十倍も大きかったです。私の人生は、この人間が発するマイナス面のエネルギーを浴びることからの出発でした。

話を進めますが、私の中(小宇宙)には、私の年齢分だけの堆積された叔父への鬱積した思いがあります。

叔父の葬儀をきっかけにして、叔父との過去の記憶が次々と表面に浮かんできました。それらはほとんどナルシストの叔父が発する嫌なエネルギーをまとった記憶でした。それと同時に、私の中に怒りが再燃していきます。叔父は何を根拠にして、あれほど傍若無人で傲慢だったのでしょうか。なぜ、自分を大きく見せるという無駄なことに、まわりの肉親や他人を傷つけても、一生涯のエネルギーを費やしたのでしょうか。それは、うすっぺらな自己満足の虚構でしかないのに…。

「叔父が私の夢枕に立ち、自ら懇願するまでは『命の書』には入れない。いや、叔父は命の書に入れるほどの価値があるのだろうか? どうせ、生きていても死んでいても叔父からは感謝もされないのに、なぜ私がそれほどの愛を彼にあたえなければならないのか……」

憤懣やるかたなかったのですが、浄化と上昇をしているとだんだんと「こだわるのは、バカらしいなぁ~」と考え出したのです。叔父は生きている間、その叔父の発するエネルギーと言葉によって、私は子供時代から長年にわたり傷つけられてきました。しかし、叔父が死んでからも生前の叔父の言動や仕打ちにこだわれば(意識をすれば)、叔父のエネルギーは私の小宇宙にとどまり続けます。地獄へ行くしかない叔父を命の書に登録しないのは、いわゆる私の復讐になります。

過去の次元(聖書の時代)にあった『復讐』は、もう必要ありません。それらは卒業すべき感情であり、概念です。

本日、9月22日。叔父を命の書に登録して、代金も送金しました。

これにより、私の中にある、叔父に関しての過去の記憶とエネルギーを決別することができます。

 

日戸 乃子(ひと のこ)

第19回

シンレイカイからの情報発信!

2022年9月 14日
編集:日戸 乃子(ひと のこ)

 

2022年9月11日(日曜日)の午後に、『第63回シンロジカルセミナー』が大阪にて開催されました。

私はセミナー前に、何田匡史(本名:増田匡史)さんが積哲夫氏の聞き手(対談者)として登場する新刊本「神を超えよ! 仏を超えよ! 積哲夫の言葉【一の巻】」の紹介と、申し込み受付のお話をさせていただいたのですが、やっぱりここはご本人から一言いただきたいと思い、死者の通訳(代弁者)ができる方に、彼の言葉を伝えてもらいました。何田さんもうれしかったようで、当日は会場に早くから来てくれていたようです。以下が、彼の言葉になります。

———-

皆さん、増田(何田)です。

この度は、積先生と私の対談本である『神を超えよ! 仏を超えよ! 積哲夫の言葉』というまことにたいそうな本を出していただきまして、ほんとうにわたくし、感無量でございます。

出来れば皆さんにも、積先生のありがたいお話とかを知っていただきたいので、ぜひぜひご購入下さい。

おねがいいたします。

———

と、ご本人が通訳を通じて、おしゃっておりました。何田さんの、生前の生真面目な人柄がにじみ出ていました。

ナンダ師として、シンレイカイで働いている何田さんには、ぜひともシンレイカイの様子や、シンレイカイで出会った死者の方のお話などを伝えていただければ…と、私は個人的には考えております。『命の書』に登録してほしいシンレイカイにいる死者の方も、何田さんのところにご相談にいらっしゃっているようです。まあ、死んでしまうと、あちらとこちらの距離は遠いので、どうせならば生きているうちに、自分で自分を登録できるうちに『命の書』のことを、知りたかったことでしょうね。

でも、死んでしまった皆さん。あきらめないでください。家族の方の夢枕に立ち続けたら、いつかは気が付いてくれるかもしれませんから。実行あるのみです。がんばりましょう。

もうひとつ、心に残った記事がWEB掲載されていました。

以下、神戸新聞からの転載になります。


タイトル「45歳の死、生きざまに反響 別れの動画再生200万回 緩和ケア医関本さんの言葉に「励まされた」

緩和ケア医としてがん患者約千人を看取り、自らもがんのため今年4月に45歳で亡くなった関本剛さん。生前に収録し、自身の葬儀で上映した「別れのあいさつ」の動画が注目を集めている。遺族の了承を得てユーチューブの神戸新聞チャンネルに掲載すると、半月ほどで再生回数が200万回を超え、高評価も3万に達した。「励まされた」「希望をもらった」-。コメント欄には感謝の声があふれている。(津谷治英)

関本剛さんは神戸市東灘区出身で関西医大卒業後、病院勤務を経て2018年、母雅子さん(72)が開業した緩和ケア専門の関本クリニック(同市灘区)院長となった。翌19年に末期肺がんと脳転移が見つかり、抗がん剤治療を受けながら、亡くなる1カ月前まで患者の診療を続けた。

動画は病状が落ち着いていた2年前に収録され、遺言通り通夜、葬儀で流された。今年8月には、母校の六甲学院中学・高校(同市灘区)で同窓生らが開いたお別れ会でも大画面で紹介された。

「いささか短い人生ではありましたけれども…」。動画の中で、剛さんは話し始める。自らの死を念頭に置きながら湿っぽさはなく、カメラを見つめる瞳も言葉も落ち着いている。家族や友人に恵まれ、目標にしていた仕事に従事した生涯を「最高の人生」と振り返った。妻と子を残していくことだけが気がかりと明かし、「よろしくお願いします」と頭を下げた。一方で「あの世に行って、先に逝かれた先輩たちとおそらく宴会三昧の日々だと思う」と視聴者を和ませる配慮も。「後から来られる皆様のために、いいお店・いいお酒を手配してお待ちしております。そんな日が、少しでも遅くなりますことを」。笑顔で手を振り、別れを告げた。

     ○

再生回数は9月10日正午時点で216万回を突破。視聴者は中高年の女性が多いとみられ、コメントも830件以上が寄せられた。「死に直面していながら、この冷静さと穏やかさ、さすが緩和ケアの先生」「全く存じあげない方なのに涙が止まりません。生を無駄にしてはいけないと、勇気をいただきました」

励まされたという医療従事者も。「看護師です。今まで患者様のために走ってきた人生だと思います。私も先生の分までこれからも頑張っていきます」末期がん患者からの言葉はひときわ重い。「緩和ケアが始まるところです。…いかに生き切るかが良き死を迎えることだとしたら、この方の生は誠にそういうものだったのでしょう。うらやましくも希望であります」

母の雅子さんも反響の大きさに驚いた様子で、次のようなコメントを寄せた。

 「剛のメッセージがお役に立てているのを喜んでいます。将来、天国であまりに多くの方々から声をかけていただくことになり、剛もびっくりすることでしょう」

●関本剛さんの動画記事

—————–

多くの人を見送った緩和ケアの医師だからこそ、現場でたましいの存在を確信していたから、関本剛さんはこのような死後も存在し続けることを前提としているビデオ・レターを残されたのだと思います。死んでも意識があり続けると知ったら、現在をどう生きるのかを真剣に考えると思いませんか?

いま生きているその生き方が、死後にも問われるということになるのですから。

日戸 乃子(ひと のこ)

第18回

人間の可能性

2022年9月 7日
編集:日戸 乃子(ひと のこ)

 

 

大型台風11号が通り過ぎていきましたが、事前の予想に反して被害は少なかったようです。

今年は、例年よりも大型の台風がやってくるという予測もあり、これから台風本番シーズンなのでまだまだ油断はできません。集中豪雨による被害も、今ではまったく珍しくなくなりました。

ところで、私の身体には首から左肩甲骨にかけて、筋肉痛とは別の鈍い痛みが出てきています。

「パソコンのやりすぎですよ。原因はわかっています!」と家族には怒られたけれど、そうかもしれないしそうでないかもしれない、のです。闇の深い場所に行ったことが原因の、エネルギー作用的なものかもわからないので、11日の大阪セミナーに参加して状況を見てから、それでも変化がなければ、診察を受けようと考えています。

頭の中(脳)にもエネルギーが詰まっているようで、うまく浄化と上昇に集中できません。すぐに別のことに意識が向いてしまうのです。そこで思い切って、浄化と上昇の時に使うお札を新しいものに交換しました。それで上昇してみたのですが、10分も立たないうちに寝ておりました。久しぶりです。上昇中に気持ちよくて寝てしまうのは…(寝ていたというか意識が途切れていました)。

大陸の中国は、全体的に渇水らしく植物の育ち具合も悪いようで、不作からの飢饉が予想されます。また大都市・北京などでも、銀行に預けてあるお金が引き出せずに、銀行前に長蛇の列ができている映像などがネットに上がるようになりました。住宅バブルが本格的にはじけてきているからです。一方で、アメリカ合衆国のニューヨークやロサンゼルスの街角の映像も、一派市民からネット経由で提供されているのですが、道路の両脇にごみがたまり、ゾンビのようにのろのろと歩く大勢の薬物中毒者の方たちの様子が映し出されています。最初は、「なんなの? 作り物の映像!?」と思って見ていましたが、それが現実のアメリカの大都市の風景の一角だと知ってこちらも唖然としました。この話を、知人に伝えてみたのですが、信じてもらえませんでした。そうですよね、この日本の平和さ、日常の変わらなさから比べて、世界の大国はすごいスピードで崩壊していっているのかもしれません。まさに悪夢級です。世界同時経済崩壊危機……これは十文字熟語に認定できますか。

世界の混乱が来た時に、現在の人間の能力と精神性で、それらの未曽有の危機が乗り切れるというのでしょうか。

これまでの歴史を踏まえて、未来志向の選択をすることができるのかはなはだ疑問ではありますが、『人間の可能性』が外付けでも何でもいいので、飛躍的に向上すればどうにかなるのかなぁ。まあ、七番目の文明に移行することは決まっているので、悲観的に考えても仕方ないですが、私個人としてはあと宇宙二つ分くらい賢くなりたいと願っております。(笑)

宇宙二つ分向こうのお話として、新刊『神を超えよ! 仏を超えよ! 積哲夫の言葉【一の巻】』が、すでに印刷にかかっております。9月中旬には、お手元にお届けできますので、ご期待ください。

日戸 乃子(ひと のこ)

 

 

第17回

新しい文明への扉

2022年9月 1日
編集:日戸 乃子(ひと のこ)

 

本日から、9月になりました。8月最終日だった昨日、瀬戸内海の島、「豊島」へ行ってきました。

ちょうど、3年に一度開催される『瀬戸内国際芸術祭』の夏期が行われていることもあり、かなりの観光客が瀬戸内海の島々を移動しています。朝9時7分発の船に乗ろうと思い、出港の30分以上前に港に着くようにしましたが、すでに列ができていました。豊島までは、34人乗りの高速艇が運航していますが人数制限があり、内心ドキドキだったのですが人数を見てなのでしょう、臨時便が8時50分に出港しました。それに乗ることができて、予定していたよりも一足早く、豊島に着いたのです。豊島は、映画『二十四の瞳』などで有名な小豆島のすぐ隣にある、一回りこぶりな島です。私も、訪れるのは初めてで、港近くで電動自転車を借りて、島内を移動することにしました。

豊島は、産廃の不法投棄として、全国ニュースになった島でもあります。産廃の撤去は、長い期間をかけて2019年に完全に終わり、土壌の洗浄なども行われました。その不法投棄をされた産廃場所からほど近いところに、ネットで話題になっている、プロダクションの秘密基地型保養所があるそうです。2020年には所属俳優が自殺と報道されましたが、すこし不可解な死を遂げました。

私が、暗黒面の情報を知ったのは1カ月前です。いろいろなうわさがありますが、それを自分の目で確かめてみようと電動自転車で現地まで行ってみました。瀬戸内国際芸術祭の目玉のひとつである豊島美術館とは全く逆方向の地区なので、島独特の細い道にも、ほとんど車も人も通りません。ここだといわれている保養所も、目立たない場所で建物へと続くゲートがきっちりと締まり、近づくと監視カメラが作動した音がしたので、そのまま通り過ぎて坂道を下り、海辺まで出て休憩しました。

ネット上の情報では、日本のエプスタインなどと評されているのですが、本当はどうなのでしょうか?誰か、まったく関係のないお金持ちの別荘の可能性もあります(笑)。

しかし、目視した建物や敷地は、そこだけ温度が低いと感じられる印象でした。まあ、せっかく来たのですから真相はわからなくても、秘積水と聖別塩を近くに撒いて、せっかくなので帰り道にあった高台にある地域の八幡神社にお参りし、そのついでに階(きざはし)を借りて、イコンシールを貼った水晶を手にもって浄化と上昇を行いました。このやり方は、石神師が神社での、土地の祓いに使っていた方法です。人間はメディアというか中継ぎなので、その能力の高さはあまり問われないのではないのかと勝手に考えて、思い切って石神師のやり方を真似てみました。

その後、電動自転車に乗って、島の反対側にある豊島美術館を目指したのですが、やや急こう配の坂道を登ったり降りたりしていると気分が悪くなり、思案した結果、港の方へ引き返しました。おなかの調子が悪くなり、しばらく港の空調が効いた休憩所で休憩をして、ふと気が付くと、豊島美術館まで島バスが出ています。作戦変更で、電動自転車はあきらめて、バスに乗って豊島美術館に行くことにしました。

ところで、こちらの豊島美術館。web予約のみ、クレジット(電子決済)のみでしか、チケットを買うことができません。ネットにつながった携帯と、クレジットカード決済ができないと、入館できない美術館なのです。ある年齢以上には、縁遠い美術館ともいえます。私も、港のインフォメーション窓口にいる暇そうにしていた20代のお兄さんの前に陣取って、「このボタンの次にこれを押すのよね」「クレジットカードじゃなくて、dポイントでも払えるって書いてあるんだけど、ポイントたまっているからそれで払いたいのよ。どうしたらいい?」などと、勝手に彼をナビデーターに任命し無事にチケットを買って、島バスに乗り込み美術館へたどり着きました。

豊島美術館は美術館という名称ですが、実際はドーム型の不思議な空間があるだけです。音の反響の仕方が変わっていて、コンクリートの床からじんわりと水がわいてきて、それが生き物のように傾斜を滑り落ちて、下の水たまりへ流れ落ちます。そのさまが、水でできた透明な蛇が走っているような姿にも見えるのです。ひんやりとしたコンクリートの床の上に横になって耳をすませば、蜩の声が反響して聞こえてきます。

十数人。ひとりひとりが思い思いに、座ったり寝転んだりして、同じ空間を共有するという体験型の美術館とも言えます。でもね、冷たいコンクリートの上に寝転がっていると、またおなかの調子が…。そうそうに外に出て、暑い日盛りの坂道を歩いて、島バス停を目指します。足の調子も悪くって、太もも部分にこむら返りが起こりそうな予感がしてきます。部分瞬冷できるスプレーを持ってきておけばよかった…。と後悔しきり。

精神学協会には登山同好会(?)があるのですが、山登りの時には数人で一緒に登っても、基本は自分の足で登って自分の足で降りるしかありません。誰かに背負って降りてもらうわけにはいかないので、自分の身体のケアは万全にしておかなければならないのです。瞬間冷却できるスプレーは、脚力が弱くこむら返りの起こりやすい私には必需品でした。今回は、一人での移動でしたが、運動不足の自分の身体を甘く見ていたようです。どうにか島バスに乗り、港から高速艇に乗り、そして帰路につきました。

なぜか、8月中に豊島へ行きたかったのです。翌日の今日は、私が住んでいる地域は、稲妻と落雷をともなった激しい豪雨です。これを、なにかの徴(しるし)とみるのは私だけでしょうか。

日本がよくなること、すみやかに次の新しい文明に移行できることを、私は祈っています。

日戸 乃子(ひと のこ)

第16回

東京セミナーに、ナンダ師、あらわれる!

2022年 8月 25日
編集:日戸 乃子(ひと のこ)

 

こんにちは。お盆も過ぎていきましたけれど、毎日、暑い日が続きますね。コロナも相変わらず流行っていますので、体力をつけて暑さを乗り切ってきましょう。

ところで、さる8月14日に東京で「第62回、シンロジカルセミナー」が開催されたのですが、その出席者から私宛にメールをいただきました。

「先日、東京セミナーで話の流れから何田さんにマッキーさんを通してお声がけしたところ、シンレイカイでの働きぶりや、あちらのご様子など少しお話されていました。…中略… HP僕の顔写真でなくて、精神学協会のマークなどに変えてほしいです、的なことをいわれていて(笑)。積先生は当面かえるおつもりがないようでした。あちらで頑張っているご様子でホッとしました。」という内容でした。

何田さん、東京セミナーに参加していたんだぁ。亡くなった直後とは打って変わって随分と安定された様子で、私も安心しました。そしてこれから本格的に、ナンダ師からのシンレイカイという場の報告が、こちらの現世に届けられると思います。今年6月に大分のカウンセリングに行ったときに、何田さんからのメッセージというのを見せていただきましたが、私は言葉を扱う仕事をしていたからか、読んで「この言い回しは、何田さん本人だ」と思いました。彼の特徴が、語彙の選び方によく表れていたのです。(何田さん、あの時は自分のことで手いっぱいで、会話が尻切れトンボで終わってしまって、そのまま帰ってしまい、ごめんなさい)

これからは、これまでの常識が全く翻るような波動の世界が明らかにされて、新しい理論が展開することになります。

ちなみに、人間に関する基本の波動は「気・念・呪・想・霊・魔」の六種類です。精神学を習い始めて最初の一年に学習する『精神学プログラム』で出てきますが、私自身はきちんと理解しましたとまでは言えない状況でした。ところが最近、ある知人を車の後部座席に乗せていて、私が運転して会話しながら目的地まで移動していたのですが、その人が発した言葉を聞いた瞬間に胸が締め付けられるような体感を覚えて『心筋梗塞? 狭心症なのか?』と、自分の体調を疑ってしまったのです。しかし、別の日に同じシチュエーションでふたたび同じ体感に襲われたときに、後部座席の人間の言葉に『呪(シュ)』が乗っているのだと気が付きました。強い不満を口に出して語るときに、一挙にエネルギーが噴出され、それは私をめがけて飛んでくるのです。怒りと妬みのエネルギーの混合物です。

「ああ、私のことをいいようには思っていなかったんですね…」

そういえば、そんな兆候も見えていたなぁと、見ないようにしていたものに気が付いたんですけどね。それからは用心して、お付き合いも最小限にするようにしました。

精神界のある種のエネルギーは、どうも胸にくるようです。そこが『たましいの座』だからでしょうか? 2009年に、大量に私の身体へエネルギーがなだれ込んで、精神のリミッターが外れたことがあります。たしか、その前の1カ月間に2回ほど、心筋梗塞かも…というほど、慢性的な胸痛があり受診したのですが、2回とも心電図は正常でした。不整脈もなしです。あれも思い返せば、エネルギー症状だったと、いまでは説明できます。

少し古いデータですが、心筋梗塞での死亡者は、日本の死亡者総数の約15%です(2016年統計)。ここからは推測の域を出ないのですが、このうちの何%かは、念の強い他人から発せられるエネルギーを受けて亡くなってしまった人もいるのかもしれません。現代でも、大真面目に『呪殺』を試みようという人たちがいるくらいなのですから。

これらに対抗するにはどうしたらいいのでしょうか。まず、そういうエネルギーを、無意識であっても他人に投射する人間とは付き合わないことです。そして、運悪くそういうエネルギーが集まってきたならば、もしかしたら精神学が伝える『浄化と上昇』を実行して審判の層に上がるという方法しか、対抗策はないのかもしれません。※とりあえずは、相手と同じ層にはいないということです。

浄化と上昇は、会員でなくても言葉だけで誰でもが行えますので、ぜひ習慣に取り入れてみてください。

日戸 乃子(ひと のこ)

第15回

死ぬことについて

2022年8月 18日
編集:日戸 乃子(ひと のこ)

 

もう少ししたら出版になる新書本「神を超えよ! 仏を超えよ! 積哲夫の言葉【一の巻】」には、たましいについての話も多数収録されています。

なかでも、私の記憶に残ったのは、【第三十七回】の以下のくだりです。

――――――以下抜粋—-

何田 恐怖というものの中に、お金でいえば、昔は自分の周辺には何もなかった。でも頑張って働いて物も増えて環境も整ってきました。そこで今度は、収入が減って、物や環境を手離すことになった時、恐怖に変わる。その時に生まれる恐怖とは何でしょうか。理屈的には何もなかった所に物が増えて、また何もなくなって元の状態に戻るだけなのですが……。

 それはまさに仏教的テーマですね。それは執着でしょう。わかりやすくいえば失うことに対する恐怖でしょう。失うことに対する恐怖の最大のものは、自分が得たものじゃなくて、自分の命でしょう。

何田 命……ですか。

 命は、なくなるじゃないですか。

何田 あっ。命がなくなることが恐怖の元でしょうか。

 そうです。まず、はじめは、死んだらどうなるの?です。次は死にたくないとなるのです。

何田 死にたくない……。

 たくさん持っている人は死にたくないのです。地上の栄華を永遠に続けたいと思うのです。持っていない人はさっさと死んで、さっさとやり直した方がいいかなと思うでしょうね。だから、お金だけじゃないはずです。物だけでもないはずです。でも一番失いたくないのは命だと思います。

何田 命を失うことはなぜ怖いのでしょうか。肉体的な苦痛が怖いのでしょうか。

 普通の人は皆さんそう考えます。その潜在的な恐怖というのは私的にいわせると、それが審判(しんぱん)だと思います。

———-抜粋終わり—–

何田さんが今年の2月に亡くなってから、死に対する恐怖が、私の場合には格段に薄くなりました。

潜在的な恐怖がとれたといいましょうか、「現世での働きが足らなかったら、シンレイカイで頑張ろう」と考えられるようになったからです。何田さんがあちらに行って働いていることを知り、『人間は死んだら終わり』というのは、人間が勝手に思い込まされてきたことだったのだと、改めて思いなおしたからです。

人間である前に、私はたましいという意識体であり、それも人間であるという概念を捨てれば『人型意識体としての制約も受けない』ということになります。

意識は、もっと自由でいいんだ!と知れば、多重になった立体的な別の世界が見えてくることになります。

意識が変われば、人類そのものが変わります。

なんか、未来が明るいし、楽しく見えてきますよね。

 

シンロジア『日戸乃子(ひとのこ)雑記帳』でも、本の紹介をしています。

 

ひとのこ

第14回

お盆がやってきた!

2022年8月11日
編集:日戸 乃子(ひと のこ)

2022年のお盆がやってきました。

我が家では、今年3月には義父が亡くなったので初盆を迎えることになるのですが、シンレイカイにいる方々のたましいは、今年は現世の家族のもとに帰ってくることができるのでしょうか? 霊界だった時と同じように、亡くなった方はあちらとこちらを行き来できるのでしょうか……というのが、今の私の素朴な疑問です。居場所の条件が変わってしまいましたからね。地獄がシンレイカイに移されたことによって、シンレイカイにいるたましいも影響を受けているのではないのかと、こちらも少し心配をしていましたが、各自でがんばっていただき、独自の働きを見つけていただくしかないようです。

前回、私の意識がシンレイカイの地獄とつながって不快な感覚を体験していると書きましたが、それも今は終わっています。ようするに、地獄へ行かなければならない人はどんな人なのかということを解析して終わり、そこからなぜ3000年余り(聖書の時代の2000年を含む)の時間があったのに、現行の人間のほとんどが地獄に行かなければならないのかということを考えてみました。

自分の不遇を他人のせいにし、自分の外側にあるものを妬んだままでその人が人生の時間をおくったならば、地獄という場の波動にシンクロすることになるのだと思います。地獄の波動が身近になると、自分のたましいの中の整理できていない妬みや怒りの感情が活性化してきていることを理解していなければ、やすやすと荒い感情や闇に乗っ取られます。だからそれらに吞み込まれないように、自分自身の過去に残っている認めがたい記憶や感情を、『悔い改め(過ちに気が付いて二度としないと決める)』ておくことが大事なのではないでしょうか?

さらなる浄化と上昇。審判を自ら希求して、自己の中の地獄の波動と共振する部分を焼き切っておくことが求められているのです。

もう少しで、人間の在り方を精神学の視点からくわしく説明した『神を超えよ! 仏を超えよ! 積哲夫の言葉【一の巻】』が出版になります。この著作を読むことで、何のために人間として生まれてきたのかということを知り、精神界での人間の位置を理解していただけたら、これから先にやってくるであろう世界の激変にも恐れることなく立ち向かうことができることでしょう。

また、出版の詳細については、あらためてご報告させていただきます。

:以下は、8月14日に追加しました。↓

シンロジア「日戸乃子(ひとのこ)雑記帳」で、書籍の予約を開始しました。

日戸 乃子(ひと のこ)

第13回

シンレイカイの、地獄のエネルギー

2022年8月 3日
編集:日戸 乃子(ひと のこ)

 今のコロナの拡散は、第7波と位置づけられていますが、感染力が高い割には重症化率や死亡者数は少ないようです。

 厚生省調べでは、コロナの第1波での罹患者の死亡は5.7%、第2波では死亡1.0%(重症化率21.6%)ですが、第6波になると死亡0.2%(重症化率1.3%)と極端に低くなっています。ですので、陽性者数は多くても、第7波である今回は、もっと弱毒化していて感染力の割には風邪ぐらいの症状で済んでいる人が多くなっています。

 こうして数字で見てみると、「感染者が増えて大変だ!」と国が声を大にしだしても、あまり効果はないような気がします。またロックダウンなどの社会的な対策を考えるよりも、各人の免疫力を上げておいて、自己防衛して過ごす方がいいでしょう。そう理屈ではわかっていても、利権などを換算してまた何か、的外れなことを国や行政がしないとも限らないようです。

 

 岡山にある「SBM岡山サロン」に、北関東のメンバーが来てくれたのでコーチングとSBMを受けに行きました。

 どうも意識が固定された感じで、同じところにとどまってしまうことが繰り返されていると感じていたので、その解決を試みたのですが、私の意識がシンレイカイの地獄とつながっていることが判明。いや、6月の時点で私がシンレイカイとリンクしていると積先生から指摘されていたので、再度確認というか「やっぱり、そういう状態なのね……」というお話でした。始終、嫌な人物の記憶や出来事が払ってもわき上がってくる状態で、地獄の波動にまとわりつかれているので不快でした(リンクしているので、自分の中にあるということにもなります)。

 地獄の波動と指摘されて、頭の中に渦巻いているエネルギーを、「なるほど、この圧迫感のある不愉快な感覚が地獄の波動なのか…」と自覚しました。この波動は、私から出て、私の周りの家族にも不愉快で居心地の悪い思いをさせていたということ。イコンシールと波動シールを使って地獄のエネルギーというか闇のエネルギーを抜き出したのですが、体質的に地獄につながりやすいので、イコンシールと波動シールを利用したセルフSBMは欠かせなくなりました。

 これと関連した話ですが、人の悪口は言うのも聞くのも、波動的には地獄へとつながる道だと思います。人のことをあれこれ批判をする間があるならば、自分のことに意識を集めて内面の「悔い改め」をするしかないのです。私の頭にずっと浮かんでいる人物は、人のことをあれこれといいその人の正義で人を測り、それを人にも強要する人でした。縁が切れてよかったと思ったけれど、地獄の内なるエネルギーが私の中に溜りだすと、その人間の言動の記憶が意識の中に常駐するようになるのです。やれやれ……ですが、どのような形であらわれたとしても、私の中に生み出されてくる地獄のエネルギーを処理していくことが、今の私にできる小さなお仕事のようです。

 また、何田さんのいるシンレイカイは昼も夜もない世界で、まさに『24時間、戦え(働け)ますか!?』という感じらしいので、小さな仕事でもコツコツこなして、しばらくは現世で頑張ることにいたします。

 

 一方、話は変わりますが、毎年、1,000人以上の9歳以下の子供が、日本で行方不明になっているという情報を知りました。

 なぜ、子供たちは帰ってこないのでしょうか。

 この国で子供らの犠牲によって、何かを得ようとする者がいるのならば、私はそれを許しません。私は、それに関わった人間たちに、審判の裁きが下ることを希求いたします。

 

日戸 乃子(ひと のこ)

第12回

認識が変われば、文明は変わる

2022年7月28日
編集:日戸 乃子(ひと のこ)

ことわざに、「呼ぶよりも謗(そし)れ」というのがあります。人の悪口をいっていると、不思議と当人が現れるということから、呼びに行くより悪口をいったほうが早いという意味だそうです。

7月10日に行われた大阪セミナーの懇親会は、某大型居酒屋店で開催されました。アルコール類も豊富にそろっていたこともあり、ワイワイと和やかに飲んだり食べたりお喋りしたりとピッチがはやかったのですが、話題はやがて何田さんのことになりました。

「彼は、どうしているんだろうね。イエス様やブッダ様、神様方にももう会えたと思うのに、今、どこにいるんだろうね」と噂していると、
「何田君はね、神界の末席に加えられて、鼻高々で、もう地上のことなんかどうでもいいと思っているんだよ」と、ワーさんを頭にのせたオーさんが辛辣発言。さすが、魔王…全開で、謗っていました(笑)。
ちなみに意識体であるワーさんの本体は、全長2キロぐらいの大きさだそうです。

それが功を奏したのかどうかはわかりませんが、光使・何田匡史として送りだされた彼が、『ナンダ師』としてシンレイカイで働いているという話を2日前に知りました。そのうちに、精神学協会の光文書では、もっと詳しい消息や経緯が明らかにされるのかもしれません。

お盆が近くなるほどに、エネルギー的に不安定な日が続いているように感じます。天の気だから『天気』なのですが、各地で洪水や雷、集中豪雨が起こっています。台風も日本に向かって来ているようなので、この週末は一段と荒れ模様になるかもしれません。天気と呼応したように、テレビでは痛ましい事件もたくさん報道されています。悪性の波動的なものに触発されて事件が起こる可能性もあるのでしょう。

それらの悪循環に巻き込まれないために、自分自身の波動調節には、イコンシールや波動シールを使っています。使い方や、どの波動シールを使えばいいのかわからない場合は、ズームを使用して遠隔でのS・B・M波動指導がS・B・M東京サロンで受けられます(有料)。先日、初めて申し込んで体験してみましたが、使用する波動シールの中に、『無神論者霊界』がでてきました。これにより、霊的な影響を受けていることもわかったので、今後も定期的にこちらの波動シールを利用していこうと考えています。

霊界、魔界、神界などが『シンレイカイ』という場に集約されて、物質界と重なるように存在するようになった結果、霊的な影響を受ける割合が高くなってきているのだと推測できます。以前とは異なって、死者の世界はアナザーワールドではなくなったということになりますが、何田匡史氏のように身体を無くしてもたましいは存在し続けることがわかったら、死に対する概念が全く違ったものになってくるのだと思います。

たましいを含む、世界に対しての認識が変われば、『文明は変わる』のです。

日戸 乃子(ひと のこ)