第27回目

何田匡史さんの力

2022年11月26日
語り:島道鉱泉四代目当主/能登はるみ

何田匡史さんの書籍を手渡しで販売していると、直感が働き始めているじぶんに気がつきます。

9月から、島道鉱泉に訪れた方が、色々なイベントに声をかけていただきました。そのイベントに参加すると、また新しいご縁が繋がり、島道鉱泉に訪れます。

何田匡史さんに、神筋を繋げてもらうよう祈り続けて4ヶ月経過しました。私は、彼の存在を忘れることが出来ません。

毎日、主人に『はるみさんのおかげです』と言われるたびに、何田匡史さんを思い出します。

わたしの人生は、神が与えてくれたものです。じぶんの中に存在する神のカケラが、毎日、キラキラ輝いていくのを感じています。

主人と入籍してから、奇跡的な出逢い、必然的な繋がり、そして運命的な現象が起こっています。

わたしの人生は、わたしだけのものではないと言うことを思い知らされる日々です。主人とのご縁も、また、何田匡史さんの多大な力があるからこそです。

わたしは、神様業界の仲間入りをした彼を一生忘れません。彼がいなかったら今のわたしは存在しません。

今日も、傍で一緒に笑ってくれる主人に、何田匡史さんの話をしました。『はるみさんが幸せなら、ぼくは幸せです』いつもその言葉が伝わってきます。

今日も恵まれた与えられた環境に感謝いたします。お読みくださり、ありがとうございました。

第26回目

東京大学地震研究所訪問

2022年11月05日
語り:島道鉱泉四代目当主/能登はるみ

主人、妹と、東京大学地震研究所にお伺いしました。

亡くなった何田匡史さんのお参りに何度か来ていただいた地震研究所の皆様。島道鉱泉の坂下の敷地には、地震を測定する器械が設置されているのです。

雪崩発生から、9ヶ月が経過しました。東京大学でのジオパーク検定もあり、お礼と報告を兼ねて、3人で訪問しました。

新パッケージや書籍のご紹介、また地震研究所のお仕事などをお聴きしました。島道鉱泉は、凄い場所なんだという事を改めて知らさられた時間でした。

その後、前橋へ主人が、新しい仕事を始めるための打ち合わせでした。来年の春には、美意識サロンを開店する予定で動いております。

精神学協会プログラム5まで学んでいる主人の意識や身体が変わっていく様を傍で見ていて勉強になる日々を送らせて頂いています。

毎日、感動、感激の時間の繰り返しです。この世の全ての存在に感謝なのです。

 

第25回目

精神学協会プログラム 『呪波』の効果

2022年10月29日
語り:島道鉱泉四代目当主/能登はるみ

精神学協会プログラムを習い始めた主人は、時々、うなされています。昨夜は、金縛りになっていて夜中に叫び声を出していました。

昨日は、主人の会社や実家の用事を足しに、色々な場所へ足を運びました。行動と一緒に、主人の感情が揺れ動く様を見て、波動の凄さを感じる毎日です。

5月下旬に初めて出逢った彼との時間は、わたしの価値観や思考回路をクリアにしてくれます。違った場所で生まれ育ち生きてきたわたしたちは、出逢って間もなく結婚しました。それは、まさに運命的で奇跡的な出来事ばかりが繋がり、今日に至るのです。

わたしは、何のために生まれて何を成し遂げるために生きているのか?

主人の言動を通じて、考えさせられる日々が続いています。毎日が、感謝、感動、感激の繰り返しなのです。 ありがとうございます。

 

第24回目

何田匡史さんと似ている主人

2022年10月20日
語り:島道鉱泉四代目当主/能登はるみ

大阪・ヴァグリエ、和歌山・神饌行器(しんせんほかい)小倉への旅。

主人に介護をしてもらいながら、色々な環境に身を置く暮らしは、何田匡史さんとわたしが計画していたプロジェクトでした。

わたしは、何田匡史さんから『誠実さ』と裏切らない姿勢を学びました。彼の裏切らない姿勢は、私の心をいつも清らかにしてくれました。その反面、愚痴や文句が絶えず、いつも肉体のどこかが不具合でした。

にんげんは、いつも、両極端な感情を持ち合わせ、周りに振りまいています。しかも、悪い方、悪い方に考えてじぶんじしんを苦しめてしまいます。じぶんだけ苦しむだけなら、まだマシですが、まわりにも伝わってしまうので厄介なものです。

主人も何田匡史さんと似ていますので、肉体がボロボロになっています。島道鉱泉に縁がありましたので、今は静養してもらいたいものです。

じぶんの気持ちと身体を大事にして欲しいと思います。

第23回目

神を越えよ、仏を超えよと精神学協会プログラム

2022年10月15日
語り:島道鉱泉4代目当主/能登はるみ

書籍が発売になり、 知り合いの方々からの注文があります。

人間界的には、何田匡史さんを知る方々は、彼がどんな書籍を書くか興味があったようですが、精神界的には、ほんものの光に繋がりたい魂しか求めていない気がします。

にんげんは、じぶんの欲を満たすために生きています。お金、地位、名誉、愛情、他にもたくさんありますが、あげたらキリがありません。

神を越えよ! 仏を越えよ! の書籍を通じて、じぶんの役割を確認していきたいと思います。書籍を手にしたにんげんは、じぶんの魂のデータを読み取ることが出来る様になる窓口の受付に立っているのだと思います。

それを導くのは精神学協会プログラムを習った方々だけの様な気がしてならないのです。わたしの主人もプログラム5まで習っていますが、面白い夢ばかりを見ています。

精神学協会プログラムは、正しい知識が盛りだくさんです。これからの時代に必ず役に立つツールなのです。今日も元気でいられる事に感謝です。

ありがとうございました。

 

 

第22回目

新しい繋がり

2022年10月08日
語り:島道鉱泉4代目当主/能登はるみ

10月に入り、7月から準備していた事が形になってきました。

ぬなひめの島道鉱泉水。
神を越えよ、仏を超えよの発売。

島道鉱泉へ続く坂道には、ジオパークの認定キャラクターのジオ丸くんとぬーなちゃんのゲートが仕上がってきます。

神を超えよ!
仏を超えよ!の書籍が、島道鉱泉に来てから、新しい繋がりが出来てきました。

来週は、関西へ

何田匡史さんの残した軌跡を繋げながら新しいパートナーとの未知への挑戦が始まります。

10月下旬には、新パッケージの島道鉱泉水が、出荷を待っています。

今年の冬から、島道鉱泉は、水の出荷だけの営業になります。

寒い冬を乗り切るために、ぬなひめの島道鉱泉水を試していただきたいです。

第21回目

新しく生まれ変わる島道鉱泉水

2022年9月22日
語り:島道鉱泉4代目当主/能登はるみ

人間界では、主人だった『能登匡史(のとまさふみ)』さん

シンレイカイでは、『何田光使(ナンダコウシ)』として働いています。

肉体は無くなっても、意識は生き続けることを、わたしは幼少期から知っていました。病院生活をしていた時、夜中に霊が話しかけてきたり、姿がなくても声が聞こえてきました。その存在は、にんげんだけではありませんでした。木や花、水や風、また石や岩など、自然界の話を聞いていました。にんげんは、大脳で考えすぎて、爬虫類脳が活かしきれていない、大脳で硬くなり、小脳が動かない。

幼少期、肺疾患になったわたしは、呼吸を楽にするため腹式呼吸を習いました。吸うより吐く方が多くないと、呼吸は楽にならない。という事を体験しました。まずは、吐き出す事が大切なんだと教わりました。

お風呂に入る時、息を、吐きます。歌を歌うとき、息を吐きます。喋る時、息を吐きます。どれも呼吸が、楽になるのです。

また、新しいパッケージの画像は、波動を浄化する『ホワイト』くんが繋がっていますから、、、光と闇の振り分け率が高くなる気がします。

ホワイトくん  彼の波動は、真っ直ぐで、純真無垢で無邪気な子供のようでした。繊細なのに、鋭さがあり、またフワフワ感がありました。何とも不思議な周波数を放っていましたので、とても判りやすい波動でした。そのホワイトくんが繋がっているパソコンからの画像を送信してもらった時に『島道鉱泉の水が、また変わるな‼︎』と思いました。今回で、5回目でしょうか?わたしが、島道鉱泉の場所に戻ってきたのが、2011年。重くて老人のような島道鉱泉水が、今では赤ちゃんのような波動に変わりつつあります。

『神を超えよ!仏を超えよ!』の出版あたり、島道鉱泉水も新しく生まれ変わります。                                   今後とも宜しくお願い申し上げます。

第20回目

5回目の婚姻届

2022年9月22日
語り:島道鉱泉4代目当主/能登はるみ

2月下旬、何田匡史さんが他界してから、辛く切ない日々を過ごしました。

いつまでも落ち込んでいられませんでしたので、わたしは、島道鉱泉の敷地内にある雪崩が起きた『大沢岳』と屋敷内の『お薬師さん』の石像に祈りを捧げるようになりました。島道鉱泉の聖地は不思議な場所です。祈りが叶い現実化します。ただ、どんな願いも叶えられるわけではない気がします。神の許可したこと正しい義を果たしていること自分勝手な、にんげん事の欲や情に対しての願いは現実化しにくいと思います。

5月、絶望に打ちひしがれ、未来を見失ってしまいました。

6月、悲しみが溢れてきて、島道鉱泉の場所から離れることばかり考えていました。

7月、じぶんの魂が戻り、もう一度やり直してみる気持ちになりました。

8月、運命的な出逢いの男性と共に生きていこうと決意しました。

9月、奇跡的な結婚を締結しました。

今回の結婚について、人の出逢いや付き合いは、じぶん次第で叶えられる事を改めて確信しました。日頃の行いや意識や気持ちは、知らないうちに蓄積されています。2日前から、腰回りが重くなり、痛みが出始めました。

『匡史さんが、亡くなってから、色々あったもんなぁ』と、感じています。

今は、主人がわたしの傍にいてくれて献身的な介助をしてくれています。彼の存在がありがたいです。いつまでも仲良く生きていきたいと思います。

第19回目

何田匡史さんとの思い出

2022年9月15日
語り:島道鉱泉4代目当主/能登はるみ

7月の大分でのカウンセリングから、2ヶ月半で、わたしの人生は奇跡的な現実ばかりです。『魂が地獄から、この世に還ってくる』そんな馬鹿な話は無いと思うわたしと、この世に戻るなら地獄で遊んでいた方が、まだマシだよ、というじぶんがいました。

わたしの中のじぶんは、いつも正直で純真無垢な存在です。人間界の目を気にして生きるより、精神界の仕組みに従い生きるのは、勇気が必要な時もあります。ただ、そんな事を気にし過ぎていたら、この世はつまらない世界になってしまう。それが、地獄からこの世に戻ったじぶんの魂の本音でした。

4月に、シンダラチャンネルのサイトで、書きたい事を書くことを許可していただいた時期、わたしは島道鉱泉から離れて一切の業務を止めるつもりでした。5月の下旬から6月にかけては、仕事をする気になれず、度々、何田匡史さんを思い出し泣いてばかりいました。

そんな、わたしに声をかけてくれて、励まし、支えて、見守ってくれたのは、何田匡史さんをよく知る人たちでした。人は亡くなってから、価値が判ると言いますが、全くその通りだと思いました。何田匡史さんは、不器用で、事故表現が下手でしたが、真面目で、一途で、誠実な人柄は、出逢った方々の心を安らげていました。そんな彼が撮る写真は、ほのぼのする安心できるものばかりでした。

現在は、何田匡史さんの代わりに、妹や北九州から移住してきた方が、島道鉱泉の撮影を引き受けてくださっています。彼女達のひたむきで健気な姿勢が、私の傷ついた心を癒してくれました。

雪崩のために尊い命を奪った島道鉱泉の場所は、わたしにとって辛く、悲しく、憎しみが渦巻いていました。それは、匡史さんの事を頼りにしていた証拠だったのだと確信しました。頼りという名の依存だったように思います。何田匡史さんの死を通じて、改めて、じぶんの生き方や在り方を、真剣に考えて行動していきたいと思いました。

最後まで、お読みくださりありがとうございました。

第18回目

運命の人

2022年9月08日
語り:島道鉱泉4代目当主/能登はるみ

何田光使さんの残した軌跡は、今の時代に生きる人の魂を揺さぶるでしょう。生前の彼のひたむきで健気な姿勢は、今でもわたしの心の中にあります。彼が、この世からいなくなり肉体がなくなっても性格は、そのままのようです。ただ、わたしは、何田さんと共に成し遂げる事を夢描いていたため彼がいなくなり愕然とした日々が続きました。

以前から、幾度も登場してくる高田瞽女の文化を保存する会で繋がった人は、何田さんにどことなく似ていて憎めない可愛いタイプです。真面目で素朴でひたむきな態度は、好感が持てます。彼は、高田瞽女に魅せられ、島道鉱泉と高田瞽女の繋がりに興味があるようでした。

わたしは、いつものように初対面でしたが『この人、島道鉱泉向きだな‼︎』と閃きました。そこから怒涛のような急展開で、彼は、9月から島道鉱泉プロジェクトのメンバーに参加する事になりました。

そういえば、思い出した事がありました。わたしは、何田匡史さんが、何田光使さんになってから、彼に向かい祈り続けました。彼との約束を果たすために、人生のパートナーが欲しいと祈りました。

島道鉱泉の裏山に、大沢岳という山があります。何田光使さんを巻き込んだ雪崩は、その山の頂上から発生しました。わたしは、その山に向かい、思いを込めて怒鳴っていました。『何田匡史のバカ‼︎なんで死んだんだ‼︎わたしを1人で残して卑怯だろ〜』いくら泣いても叫んでも何田光使さんは帰って来ません。だんだん腹が立つのも薄まって来た頃に、運命の人との出逢いがありました。

悲しい気持ちになったり、苦しい思いをしたり、にんげんは自分勝手な思い込みで生きています。わたしは、新しい島道鉱泉プロジェクトの参加者との出逢いは運命的で奇跡的だと感じています。毎日、変化する日常を冷静に受け止め、客観的に検証して、いつもの調子で対応します。

今日ある命を、今日ある真実を、正確に記録していきたいと思います。

いよいよ『神を超えよ!仏を超えよ!』の出版が間近に迫ってきました。何田光使さんに、感謝しながら、関わってくださる皆様に感謝しながら、マイペースで頑張りたいと思います。

最後まで、お読みくださりありがとうございました。