第14回目

スマホの闇

2022年8月27日
語り:たずさえ社

スマホが正常に機能しない状態が何日も続き、そしてスマホが消えた。こんな事は初めてです。
消えたスマホの場所は特定されましたが、それを使う気にはなれず、同機種の新品を手当てしました♪
新品が届き、手引書通りに操作するも復旧しない?取扱店に問い合わせをすると問題ないとの事。
IDもPASSも間違ってない!なのに起動しない…⁈
お~っと⁉過ちを犯すところでした!早速イコンシールを貼り数時間放置したのち再度立ち上げを試みる‼
キター‼『見事に復旧』‼ その時、心配した取扱店の担当者が名古屋から駆け付け、動作確認をして無事一件落着♪
担当者が聞く、『なぜ立上らなかったんですかね~?どうしたら復旧したんですか?』
私、『これ貼って数時間放置したら立上った』と、説明するも担当者は『ポッカ~ン』(^^♪
その後、自分の頭にもイコンシールを貼りました🎶

私のスマホには写真等映像データーも多く、仕事柄、事故現場の写真も数々あります。
スマホに溜まる闇!そこから派生する負のエネルギーから身を守るアプリがあったら良いな~♪と、思いました(^^♪

明日も生き活きと働くぞ~♪ 農耕も楽しむぞ~♪、そして自分磨きに勤しみま~す♪

第10回目

わたしがこの世に生まれる過程

2022年8月27日
語り:説諭士

私たちは何処から来たの?
先ず、その疑問について考えてみたいと想います。
私たちはどうしてこの地球に生まれてきたのでしょうか?
なぜ?お父さんお母さんのもとに生まれたのでしょうか?

このお話は、わたし自身の体験に基づいた内容です。
一般的によく使われている次元という説明で進めて参ります。

自分の存在感は有りますが、姿はありません。
しかしながら意識は完全に自覚しています。
最初に降り立った場所は13次元、光の世界、更に上には光の層が存在しています。
何処からともなく、「降りなさい」との進言がありました。
素直に降りました。

この神社の宮司海部光彦さんとのご縁のきっかけとなった写真です。
この写真の直後、私の心に『ゆるす』と言葉が伝わり、海部さんにお見せしたところ「私のところのウカノミタマデスと仰られ、よく年この写真と同じ9月3日、籠神社に稲荷社の再建が果たされました。
12次元、11次元、10次元と光の層を数えながら、確かに降りているという感覚があります。
ここまでの光は、光の色はなく無色透明明るい光です。静寂で、穏やかなやわらかい光、という表現が当てはまるのかと言えば、この世的表現でぴったり当てはまる表現がみつかりません。
そこには、お釈迦様が一人静かに瞑想しておられました。
わたしは、その邪魔をしない様、静かにお釈迦様の背中を間近で見ながら降りようとしています。

背中向けではありますが、わたしの気配を感じていたはずなので、背中に向かって無言の挨拶で9次元に降りました。
9次元、無色透明の明るい光です。荘厳さと上層の次元よりも少し張り詰めた感覚があります。
ここでまた「降りなさい」との進言あり、スルーしました。

8次元、柔らかい光。
この時「愛」についての説明がありました。
ここでの愛は「ゆるし」と「無償の愛」です。

次に7次元ですが、何故か私は「ここから下には行きたくありません」と申告するのですが、受け入れてもらえず仕方なく降りるのです。
7次元、ここでの愛は複雑化して、いくつかの愛の世界があることを知りました。

6次元、愛のかたちも更に意識が広がり複雑化しています。

5次元、肉体はないが、説明すればトンと地に足つけた様な感覚です。
ひろ〜い世界で、虹色にも似た綺麗な光の世界を見渡していました。
移動する先に、ひかりの池(たましいのプール)がありました。 
その中をのぞいています。
まるでオタマジャクシのような、用意された「たましい」がいっぱい動いています。
色は真っ黒です。
(*なぜくろいのか?はあとで説明いたします。)
そこで、わたしは自分の学びの魂(現自分)を選びました。

今回はこれくらいで、、、またご報告させて頂きたいとおもいます。

第16回目

何田光使と働く

2022年8月25日
語り:島道鉱泉4代目当主/能登はるみ

信念を持ち、じぶんの我を捨てるそんなポリシーがあったわたしは、いつしか信じるだけで念を手放し、じぶんの我を個性に変換できるようになりました。最近、お金のことばかり考えて、ズレている方々に遭遇します。自己中心で、我儘な態度は、受ける側に違和感を与えてくれます。でも、その存在にも感謝なのです。『同じ行為をされたら、じぶんはどう感じるのだろう、相手の側に立ち行動できないくらい気持ちに余裕がないのだろうか』

わたしは、大丈夫かな。
わたしは、ちゃんと出来たかな。
わたしは、まわりの方々に嫌な気持ちを与えていないかな。

どうせ生きるなら、いつも笑顔でいられる人と。どうせ働くなら、いつも思いやれる人と。どうせ志事をするなら、誠心誠意を尽くせる人と。何田匡史さんが、死後の世界に旅立ち、数ヶ月が経ちます。彼は、いつも、わたしを見て評価しているでしょうか。

彼は、いつも、わたしを見て頑張っているでしょうか。彼は、いつも、わたしを守っているのでしょうか。わたしは、何田匡史さんに祈りを捧げています。神になった彼に浄化上昇をお願いしています。わたしは、今日も、何田匡史さんの話をしています。彼と共に働いているのです。

第16回

東京セミナーに、ナンダ師、あらわれる!

2022年 8月 25日
編集:日戸 乃子(ひと のこ)

 

こんにちは。お盆も過ぎていきましたけれど、毎日、暑い日が続きますね。コロナも相変わらず流行っていますので、体力をつけて暑さを乗り切ってきましょう。

ところで、さる8月14日に東京で「第62回、シンロジカルセミナー」が開催されたのですが、その出席者から私宛にメールをいただきました。

「先日、東京セミナーで話の流れから何田さんにマッキーさんを通してお声がけしたところ、シンレイカイでの働きぶりや、あちらのご様子など少しお話されていました。…中略… HP僕の顔写真でなくて、精神学協会のマークなどに変えてほしいです、的なことをいわれていて(笑)。積先生は当面かえるおつもりがないようでした。あちらで頑張っているご様子でホッとしました。」という内容でした。

何田さん、東京セミナーに参加していたんだぁ。亡くなった直後とは打って変わって随分と安定された様子で、私も安心しました。そしてこれから本格的に、ナンダ師からのシンレイカイという場の報告が、こちらの現世に届けられると思います。今年6月に大分のカウンセリングに行ったときに、何田さんからのメッセージというのを見せていただきましたが、私は言葉を扱う仕事をしていたからか、読んで「この言い回しは、何田さん本人だ」と思いました。彼の特徴が、語彙の選び方によく表れていたのです。(何田さん、あの時は自分のことで手いっぱいで、会話が尻切れトンボで終わってしまって、そのまま帰ってしまい、ごめんなさい)

これからは、これまでの常識が全く翻るような波動の世界が明らかにされて、新しい理論が展開することになります。

ちなみに、人間に関する基本の波動は「気・念・呪・想・霊・魔」の六種類です。精神学を習い始めて最初の一年に学習する『精神学プログラム』で出てきますが、私自身はきちんと理解しましたとまでは言えない状況でした。ところが最近、ある知人を車の後部座席に乗せていて、私が運転して会話しながら目的地まで移動していたのですが、その人が発した言葉を聞いた瞬間に胸が締め付けられるような体感を覚えて『心筋梗塞? 狭心症なのか?』と、自分の体調を疑ってしまったのです。しかし、別の日に同じシチュエーションでふたたび同じ体感に襲われたときに、後部座席の人間の言葉に『呪(シュ)』が乗っているのだと気が付きました。強い不満を口に出して語るときに、一挙にエネルギーが噴出され、それは私をめがけて飛んでくるのです。怒りと妬みのエネルギーの混合物です。

「ああ、私のことをいいようには思っていなかったんですね…」

そういえば、そんな兆候も見えていたなぁと、見ないようにしていたものに気が付いたんですけどね。それからは用心して、お付き合いも最小限にするようにしました。

精神界のある種のエネルギーは、どうも胸にくるようです。そこが『たましいの座』だからでしょうか? 2009年に、大量に私の身体へエネルギーがなだれ込んで、精神のリミッターが外れたことがあります。たしか、その前の1カ月間に2回ほど、心筋梗塞かも…というほど、慢性的な胸痛があり受診したのですが、2回とも心電図は正常でした。不整脈もなしです。あれも思い返せば、エネルギー症状だったと、いまでは説明できます。

少し古いデータですが、心筋梗塞での死亡者は、日本の死亡者総数の約15%です(2016年統計)。ここからは推測の域を出ないのですが、このうちの何%かは、念の強い他人から発せられるエネルギーを受けて亡くなってしまった人もいるのかもしれません。現代でも、大真面目に『呪殺』を試みようという人たちがいるくらいなのですから。

これらに対抗するにはどうしたらいいのでしょうか。まず、そういうエネルギーを、無意識であっても他人に投射する人間とは付き合わないことです。そして、運悪くそういうエネルギーが集まってきたならば、もしかしたら精神学が伝える『浄化と上昇』を実行して審判の層に上がるという方法しか、対抗策はないのかもしれません。※とりあえずは、相手と同じ層にはいないということです。

浄化と上昇は、会員でなくても言葉だけで誰でもが行えますので、ぜひ習慣に取り入れてみてください。

日戸 乃子(ひと のこ)

第15回

死ぬことについて

2022年8月 18日
編集:日戸 乃子(ひと のこ)

 

もう少ししたら出版になる新書本「神を超えよ! 仏を超えよ! 積哲夫の言葉【一の巻】」には、たましいについての話も多数収録されています。

なかでも、私の記憶に残ったのは、【第三十七回】の以下のくだりです。

――――――以下抜粋—-

何田 恐怖というものの中に、お金でいえば、昔は自分の周辺には何もなかった。でも頑張って働いて物も増えて環境も整ってきました。そこで今度は、収入が減って、物や環境を手離すことになった時、恐怖に変わる。その時に生まれる恐怖とは何でしょうか。理屈的には何もなかった所に物が増えて、また何もなくなって元の状態に戻るだけなのですが……。

 それはまさに仏教的テーマですね。それは執着でしょう。わかりやすくいえば失うことに対する恐怖でしょう。失うことに対する恐怖の最大のものは、自分が得たものじゃなくて、自分の命でしょう。

何田 命……ですか。

 命は、なくなるじゃないですか。

何田 あっ。命がなくなることが恐怖の元でしょうか。

 そうです。まず、はじめは、死んだらどうなるの?です。次は死にたくないとなるのです。

何田 死にたくない……。

 たくさん持っている人は死にたくないのです。地上の栄華を永遠に続けたいと思うのです。持っていない人はさっさと死んで、さっさとやり直した方がいいかなと思うでしょうね。だから、お金だけじゃないはずです。物だけでもないはずです。でも一番失いたくないのは命だと思います。

何田 命を失うことはなぜ怖いのでしょうか。肉体的な苦痛が怖いのでしょうか。

 普通の人は皆さんそう考えます。その潜在的な恐怖というのは私的にいわせると、それが審判(しんぱん)だと思います。

———-抜粋終わり—–

何田さんが今年の2月に亡くなってから、死に対する恐怖が、私の場合には格段に薄くなりました。

潜在的な恐怖がとれたといいましょうか、「現世での働きが足らなかったら、シンレイカイで頑張ろう」と考えられるようになったからです。何田さんがあちらに行って働いていることを知り、『人間は死んだら終わり』というのは、人間が勝手に思い込まされてきたことだったのだと、改めて思いなおしたからです。

人間である前に、私はたましいという意識体であり、それも人間であるという概念を捨てれば『人型意識体としての制約も受けない』ということになります。

意識は、もっと自由でいいんだ!と知れば、多重になった立体的な別の世界が見えてくることになります。

意識が変われば、人類そのものが変わります。

なんか、未来が明るいし、楽しく見えてきますよね。

 

シンロジア『日戸乃子(ひとのこ)雑記帳』でも、本の紹介をしています。

 

ひとのこ

第9回目

お盆とご先祖さま

2022年8月18日
語り:説諭士

 仏教の世界では、お盆にはご先祖様達が帰ってくる、という供養法があります。
その時期になるとお坊様が忙しく檀家周りをされ、檀家ではご先祖様を迎えるべく、お墓や仏壇には仏花や様々な食べものをお供えしています。
普段疎遠になっている親戚関係の方々も、ご先祖様へのご供養と、久方ぶりに親交を深める、良き機会になっていることも否めない事実でしょう。

お盆の14日、妹と久方ぶりに、母の実家である皆元家のお仏壇にお参りすることになりました。
従兄弟夫婦とも久しぶりに、子供の頃の話や、亡き叔母や祖母の話に、時の経つのも忘れるほど、話に花が咲いたように、楽しい談笑のひと時を共有していました。
後半、叔父がポツポツと源一族のことを話し出しました。
私は数年前一度叔父からも聞いていましたが、叔父もおん歳93歳、最後の機会だと思ったのでしょう。
今回も従兄弟夫婦と妹を加え、私たちを前にして、以前と変わらず興奮して語る叔父の姿に、一度は聞いたものの、もしかして、叔父から聞けるのも、これが最後かも知れない。
そうした思いが、私だけではないと言う空気感の中、叔父は、真面目な顔をして、真剣に語り始めました。
勿論聴く側もです。
叔父の言葉をそのまま記します。
私たちのご先祖は、源氏の子孫です。
この話は、代々語り継がれてきたお話で、僕は子供の頃から、何度も親父さんから、繰り返し聞かされてきたので、忘れることはない。
鎌倉幕府が終わりの頃、子孫を残すため、300人の家来が小さな子どもを連れて鎌倉を出たんだって。
最終辿り着いた所が今の大阪、江戸堀という場所。
小さな子供も家来の人たちも、長い年月一般の町人として生活。
叔父の話は、その時代から家系図を証拠として、口伝で語り継がれてきたものです。
僕の子供の頃には、家に鎧や兜に刀剣などが、部屋に置いてあった。
どんな字を書いていたのかは覚えていないが、近年まで、しま屋という屋号で廻船問屋を手広くしていて、大阪天満宮に神輿を奉納。
その後、大東亜戦争が始まったので、鎧兜刀剣や一番大切な家系図等を、当時の持明院というお寺さんに預け、疎開して行ったとの事。
戦争が終わって、寺院を訪ねていくとそこはB29戦闘機から落とされた爆弾で、跡形もなく丸焼け状態。
何にも残っていなかったんだって。
その証となるものは全て灰になってしまい、親父が父の形見として、持っていた四国88ヶ所の朱印帳に『源』と焼印し、願主 皆元源次郎 その朱印帳のみとなってしまった。
僕のお爺さん、源次郎さんのお話になるが、明治になって町人にも苗字が許された時、源ではなく、皆の元・皆元に変えてしまったのだというお話です。

そして、ここから後はわたしの直感になります。
わたし自身の気持ちなんですが、空海さんのお導きで、精神学協会にご縁をいただき、源一族の因縁の深さを、なんとか解消しなければという思いに駆られ、先ずは頼朝さんと義経さんを『命の書』に登録いたしました。
次に身近なご先祖で気になり出したのが、私たちの代からすれば曾祖父さんの存在でした。
源次郎さんの父親は源七という様に、代々男の子の名前には、必ず頭に源を付けることになっていたのです。
ところが自分の息子は、熊楠そして子は日出夫、その息子が昇、源がついていないこと。
これは、わたしの推測です。
四国88ヶ所参拝は、源一族の深い因縁切りの為、それに縛られない名前で子孫を守りたい、その思いだったに違いありません。
そして、14日の皆元家に、為朝さんもその場に居ました。
お盆の日に盛り上がったお話、命の書への登録によって、源次郎さんは、光の側で働いてくださっていると確信しています。
また、先日シンレイカイに行くことを「しばしお待ちください」と言っていた為朝さんですが、この日を境に、きっと光への道を進んでくれることと信じています。
そして、私が預かってきた朱印帳、源次郎さんの心を察しているわたしに託してくださったのだと、理解しました。

※命に書の果たす力・今回の体験から得た確信
 〇ご先祖のタマシイ救済=子孫の幸せにつながる。
 〇なんとなく肩の荷が降りた様な感覚、身体が軽くなる。
 〇気分が清々しくなる。
 〇過去のなくなった方達の殆どが、光の世界にはいないご先祖への、愛と感謝の行為となる。
 〇命の書に登録した『たましい』は光の中で癒され、生まれ変わりも、光の御使として働くことも、
  許される世界に移行します。

第15回目

神様からのご褒美

2022年8月18日
語り:島道鉱泉4代目当主/能登はるみ

神を超えよ!仏を超えよ!の出版を控える最近、神様繋がり、天皇繋がり、見えない世界の話ばかりが集まって来ています。皆様は、口々に『何か役割があるのではないか、島道鉱泉を世に拡げたいですね』とおっしゃいます。

何田匡史さんは、わたしをこの世に残し、死後の世界へ旅立ちました。あれから、半年の月日が経ちますが、5月下旬、運命的な出逢いがありました。彼とは、島道鉱泉の有形文化財登録の決め手となった『高田瞽女(たかだごぜ)』の集会で、名刺交換をして、その後、時間を合わせて再会する事になりました。

彼と話をするたびに、何田匡史さんを思い出しました。真面目で誠実な人柄が重なり、わたしを辛くさせる時もありますが、ユーモアがあり冗談の通じる所は、わたしの気持ちを癒し和ませてくれました。

人の出逢いは不思議です。神様は、いつも、絶妙なタイミングでご褒美をくださいます。今日も誠心誠意を尽くし、ご縁を大切にして生きていきたいと思います。今日ある命は当たり前ではありません。今日も、何事もなく、元気でいられた事に感謝なのです。

第13回目

マッサンPart2

2022年8月13日
語り:たずさえ社

たずさえ社では、夏野菜の最盛期を迎えています♪
きゅうりとなす、ピーマンにししとう等々… 日毎、否、毎分毎秒成長する野菜たちには目を見張ります(^^♪

8月12日が父親の命日なので♪ 今年のお盆は『精霊馬』を作り、亡き父母の遺影に大好物だった鰻丼と一緒にお供えをしようと思いついたのが8月11日♪
翌12日朝、目が覚めたら、左股関に激痛が走りました♪「あれ?股関節を痛めるつけるようなことしたっけな~?」と、考えても心当たりがありません♪とは言え、体が動かないわけでもないので、いつものように畑に行きました(^^♪

畑から帰り、収穫したなすときゅうりで『精霊馬』を作りました♪ ↓↓↓↓↓♪

そして今朝、目覚めたら、またまた左股関節に激痛が…❕「なんでかな~?」と考えていると、足元のサーキュレーターに目が止まり「あっ!そうか夜通し動いていたのか~?なるほど痛みの原因は冷えだ‼」咄嗟にスイッチをOFF♪ その瞬間!またあの激痛が…⁉( ゚д゚)ハッ!、
「そうか!マッサンお盆だから帰ってきたのか⁉」と、勝手に思いを馳せたのです♪
「わかったよ♪マッサン‼あんたにも精霊棚を作るね」と、心の中で呟き、サーキュレータを眺めました(^^♪
そう云えば生前のマッサンは、セミナーの時、良くデニッシュ系の菓子パン美味しそうに頬張っていたような~♪知らんけど(^^♪ マッサンの簡易精霊棚です(/ω\)(^^♪ ↓↓↓↓↓↓

嘘のような本当の話(^^♪ 精霊棚を備えたら、今のところ痛みを一切感じません(笑)♪
マッサン~♪ 明日も生き活きと働くぞ~♪ 農耕も楽しむぞ~♪、そして自分磨きに勤しみま~す♪

第14回

お盆がやってきた!

2022年8月11日
編集:日戸 乃子(ひと のこ)

2022年のお盆がやってきました。

我が家では、今年3月には義父が亡くなったので初盆を迎えることになるのですが、シンレイカイにいる方々のたましいは、今年は現世の家族のもとに帰ってくることができるのでしょうか? 霊界だった時と同じように、亡くなった方はあちらとこちらを行き来できるのでしょうか……というのが、今の私の素朴な疑問です。居場所の条件が変わってしまいましたからね。地獄がシンレイカイに移されたことによって、シンレイカイにいるたましいも影響を受けているのではないのかと、こちらも少し心配をしていましたが、各自でがんばっていただき、独自の働きを見つけていただくしかないようです。

前回、私の意識がシンレイカイの地獄とつながって不快な感覚を体験していると書きましたが、それも今は終わっています。ようするに、地獄へ行かなければならない人はどんな人なのかということを解析して終わり、そこからなぜ3000年余り(聖書の時代の2000年を含む)の時間があったのに、現行の人間のほとんどが地獄に行かなければならないのかということを考えてみました。

自分の不遇を他人のせいにし、自分の外側にあるものを妬んだままでその人が人生の時間をおくったならば、地獄という場の波動にシンクロすることになるのだと思います。地獄の波動が身近になると、自分のたましいの中の整理できていない妬みや怒りの感情が活性化してきていることを理解していなければ、やすやすと荒い感情や闇に乗っ取られます。だからそれらに吞み込まれないように、自分自身の過去に残っている認めがたい記憶や感情を、『悔い改め(過ちに気が付いて二度としないと決める)』ておくことが大事なのではないでしょうか?

さらなる浄化と上昇。審判を自ら希求して、自己の中の地獄の波動と共振する部分を焼き切っておくことが求められているのです。

もう少しで、人間の在り方を精神学の視点からくわしく説明した『神を超えよ! 仏を超えよ! 積哲夫の言葉【一の巻】』が出版になります。この著作を読むことで、何のために人間として生まれてきたのかということを知り、精神界での人間の位置を理解していただけたら、これから先にやってくるであろう世界の激変にも恐れることなく立ち向かうことができることでしょう。

また、出版の詳細については、あらためてご報告させていただきます。

:以下は、8月14日に追加しました。↓

シンロジア「日戸乃子(ひとのこ)雑記帳」で、書籍の予約を開始しました。

日戸 乃子(ひと のこ)

第8回目

源氏の末裔として

2022年8月11日
語り:説諭士

 安倍元首相が凶弾に倒れ、この世を去った時、シンロジーラボのカウンセリングルームに、様々な情報が集まってきた中に、源為朝さんの存在をなんとかしなければならないと言う情報があり、それが今回のカウンセリングの重要部分でした。
源為朝さんは、この国を自分の国だと思っていた人。
伊豆大島へ島流しされ、そこを抜け出して琉球へ渡り、琉球王朝を作ったと言う伝説のある、弓の名人とされている人でもあります。
死後、源義経さんにつき、満州でジンギスカンとなり、強い国を作る協力を果たしたとの事。
このお話は、わたしがアイヌの長老から聞いていたお話と重なりました。
長老のお話では、日高地方の海岸に、打ち上げられていたところを、アイヌの娘に助けられ、その後二人の子供を授かり、女の子には(静御前を想い)シンチカと名づけ、その娘をアイヌの女性に託し、男の子を連れて大陸に渡ったのだと聞いていましたが、わたしの中で、その話の真実みが増した気がしました。
その後は祟り神となっているという奥の深いお話でした。

別のお話ですが、
ある宇宙が、心霊界にいけない魂を集めて、別の世界をつくろうとしている。
精神学協会からすればとんでもないお話です。
今回この地球を破壊せずに終わらせたいと、、、
別の神話ができてしまうと、終わりが来ないので地球はやめてくれと言っている。
途中、作戦会議が始まる・・・やっと地球の神様が理解できたみたい・・・全て過去の話云々と、
複雑なお話しが続き、当初は理解に戸惑ったわたしでした。

為朝さんに話を戻しますと、神霊界に行っていないので何処にいるか分からない。
そこで、会長のご先祖様も源一族というご縁で、為朝さんを呼び出していただき、神霊界に送り出していただきました。

為朝さんは、宇佐八幡の親神様とはソリが合わないが、そこに連れて行って、和解させてあげてください。
と言うことで、宇佐八幡へご挨拶に:行って参りました。

帰り道、為朝さんからのメッセージが届きましたのを、ご紹介したいと想います。

よもや この様なことになっていようとは・・・
確かに わたしの知の世界との違い そして とどまりし世界は 暗黒の世界だと いま知りえた
わたしのおもいは 心に決めれば どんなことにも 突進して やり遂げる強欲さは このうえなく わたし自身のことは よくよく知る由
それを糧に突き進んだ道も 半ばから見ていた世界が 突如として消え失せ 我が心 ろうばいせし
ほんじつ よくよく わかり申した わたし如きものが
あなた方の 御心によりて 光の道を しきいてくだされたこと 深々とこうべを下げ申しまする
道を示されたことには 感謝の心 この上なく しかれど
 一歩進める勇気が湧くまで しばしおまちくだされ
義経可愛く しかれど ともにおらず 我が独り身にて 
そなたがたを信じるのみ シンレイカイとやらへの道を
進むべく こころの準備ばんたん 整えますれば ありがたき みこころ お受け申しまする  為朝

以上のお話は、死後の世界が存在し、為朝さんはこの世を去っても、長い年月、魂が生きていたと言うことなのです。