第4回目

畑三昧

2022年6月2日
語り:たずさえ社

昨年の秋、ふわっとした気持ちで始めた畑作業も、今では毎朝の日課です。
不思議なもので、無心で夢中になれる場所なのです♪
これがアーシング効果なのでしょうか?
今では専ら『浄化上昇』はこの場所でやってます♪
炎天下とはいえ、吹く風爽やかな、たずさえ農園です🎶

☝本日収穫した野菜です🎶
ご近所さんが曰く、自分達の畑よりも収量が良いと…(^^♪

さあ~♪今日も農耕を楽しみながら、自分磨きに勤しみます。

第5回目

神様からのメッセージ

2022年6月9日
語り:島道鉱泉4代目当主/能登はるみ

2022年2月23日の大規模な自然災害の被害は、何田匡史さんの死だけではなく、自然の木々や花、そして山菜まで流してしまいました。
島道鉱泉の坂道の道路は通行できるようになりましたが、土手には、雪崩で流された雑草などが散乱しています。
女性と高齢者だけになってしまった島道鉱泉。
整備、管理をしてくれる女性たちは、働き者です。
島道鉱泉3代目当主の父親は、大事な跡取りを失い、しばらく心の整理がつかない様子でした。
5代目になるはずの彼と仲良しだった母親は『亡くなった匡史が可哀想だ』と事あるごとに呟いています。
二人で、島道鉱泉の環境を守ってきたので次世代に引き継ぐ事を楽しみにしていました。

癒しのパワースポット島道鉱泉(しまみちこうせん)は、空気がキレイで、水が透き通っている環境です。
それなのに、わたしは、7歳に肺疾患と目の難病を発症しました。
30歳で寝たきり、40歳で肺機能が低下し、死に至ると宣告されている肺。
7歳の時、角膜が剥げ数回の手術を受けながら、網膜剥離になり瞳が閉ざされ、20歳までに失明すると宣告された眼球。
いつ死んでもおかしくない、いつ見えなくなってもおかしくない病があるわたしは、今日も生きています。
発病してから、約45年の月日が経ちますが、わたしは、まだ元気で生きています。

幼少期は、じぶんの肉体が思うように動かない辛さを経験しました。
目が不自由で、肺呼吸が苦しいですが、重病人に見えないため、心ない事をたくさん、たくさん言われてきました。
小学1年生の2学期から6年生まで、家族と離れ離れの病院生活を余儀なくされ、悲しく苦しい事ばかりでした。
『神様、なんで、わたしだけ、こんな目にあうのですか』
『神様、どうして、こんなに息苦しいんですか』
『神様、教えてください。わたし、何か悪いことしましたか。』
3人姉妹の中で、なぜ、わたしだけが病気になってしまったか。
目がかすみ、息苦しく、生きているだけで大変でした。
なぜ、わたしだけ、病気になってしまったのだろう。
その理由を探すために、生きてきました。

今回のシン・シンダラチャンネルの投稿にあたり、この際なので、じぶんとわたしの分析を真剣に始めることにしました。
わたくしごとでは
シンダラチャンネルを配信していた彼を思い出したくないのに、なぜシン・シンダラチャンネルの配信者になったのか。
かみごとでは
何田匡史さんは、じぶんの夢を叶えたから、やはり神様は存在するんだ。

にんげんごとのわたしとかみごとのじぶん。
魂は光と闇が50%ずつで生まれてくるそうで。
今のじぶんは、どうだろう。
魂の中の神・魔・霊は大丈夫かな。
それぞれの存在も光50%、闇50%のままになっているのか。

18年前、何田匡史さんとわたしは、出逢いました。
精神学協会に繋がり、命が長引きました。
彼は、自殺願望が強く、この世は苦しくて、60歳まで生きていたくない。が口癖でした。
わたしは、お金を稼ぐだけに生きていた魔的な生活をしていて、120歳まで生きる。が口癖でした。
ふたりとも
精神学で、じぶんの役割を考えるようになりました。
じぶんが光で、わたしが闇。
じぶんはわたしの救世主。
沸き上げる闇の部分を解明できたら自殺には至らない。

シン・シンダラチャンネルに繋がったあなた。
このサイトでは、死ぬ前に準備することを自ずと気づいていける不思議な領域です。
本当の目的を探す人生のナビゲーションをいたします。
信じては行けません。
確認してください。
確認作業を繰り返し続けてください。
核心部分に触れたら、どうか、逃げないでください。
それが、あなたの人生を輝かせるキッカケになるはずです。
信実はひとつだけです。
この世に起きる現実を真摯に受け止め、じぶんの中の闇を探しましょう。
わたしの中の闇のにも光が存在しますので、その光りを検証しながら、死後の世界に行く前の準備をしたいと思います。

何田匡史さんよりメッセージをいただいたとY先生からご連絡ありました。
『はるさん、7月は気をつけて。ありがとう。』
彼は、きっと、シン・シンダラチャンネルに合わせて、わたしにメッセージを送るつもりなのでしょう。
それを披露しないといけない衝動に駆られます。
しかも、シン・シンダラチャンネルの原稿を書いている時に、メッセージの連絡が来ています。
やはり神業です。
神様は絶妙なタイミングで現れてくださいます。(笑)

今日は、神様になった何田匡史さんの凄さを確認できた日になりました。

第5回目

シンレイカイの情報収集、始まりました4

2022年6月 8日
編集:日戸 乃子(ひと のこ)

 

どうも、この世界はリアルにマトリックスのようです。

といっても、私自身には波動がわかるわけではないので実感はありません。非常に重要なことを言われても「いやいや、それはないでしょう!!」という内面の拒否感と、「なんで、そうなるの!?」というコントのような言葉や疑問しか出てこないので、一応それらについては棚上げにしておこうと考えました。

いや、もう何が起きているのかの把握が難しいのですが、どうも『最後の審判』というのは地球規模、または宇宙規模で進行するもののようです。

ようするに最終的には、この宇宙にいる全意識体が、最後の審判の対象になるということです。そして審判の資格を持つ存在はこの宇宙の中にはおらず、宇宙二つ分離れたところにいるのです。

人間として生きている私と、重なっているところで別の法則の物語が進行しているということでしょうか。

これまでの宇宙は閉鎖系で、神意識体といえども実は真の意味での光など、どこにもなかったのでしょう。それは原初の神の光でしかなく、宇宙のはじまりの素材はその前に滅んだ宇宙の闇の部分が使われたとするならば、それは最初から色がついていた光でした。それらの宇宙の栄枯衰退を繰り返した末に、光の宇宙が現在の宇宙に接続されて、この宇宙で初めて別の選択肢が提示されたともいえます。

どちらにしても、創ったものを消去できない意識体の罪は、神であれ、魔であれ、呼び名やこれまでに背負ってきた歴史が違うだけで、人間も含めて、意識体としての罪を問われることになるようです。いや、話が大きすぎて、いまだに咀嚼できていないので、つらつらと書くには危険が伴いますので、また、違う視点から学習をし直そうかと思っています。

ただ、最近わかってきたことは人間存在の場合、死んだ時の意識状態が大きく、死後の在り方にかかわるということです。

人間は、自分の脳の中の小宇宙を反映して、この物質世界に生きています。

ですから、脳の中(小宇宙)のデータ(情報)が、1991年以前か、もしくは過去のことにとらわれたままであるならば、『光の宇宙』の概念にはいたりません。光の宇宙の概念は、宇宙の分岐点を過ぎた先の未来にあるからです。だからほとんどの人間意識が、たとえ精神学に出会ったとしても過去の宗教意識から抜けられずに終わるのです。

ところで、構築が進行しているシンレイカイは、過去の『霊界』とは全く異なる場のようです。

いま肉体を離れようとしている人のたましいは大きく二つに分かれているのだと思います。

まあ、50歳以上の人なら、丹波哲郎の「大霊界」のようなあの世をぼんやりと思い浮かべているか、または科学的に教えられた「死んだら終わり、あとは意識も何もない暗闇(無)」と考えるかのどちらかなのではないでしょうか。

そのどちらも、人間が創造した物語(お話)でしかないならば、まあ、死んでみたら慌てるしかないですよね。というか、慌てようにもたましいに光(神性の部分・原初の神の光)がなくなれば、自分で思考することもできなくなるからそのまま石のようになって存在するしかないのかもしれません。それでも個の存在自体は消えないという法則があるならば、宇宙が更新されるごとに闇はさらに濃く深くなっていくという方向へしか進みようがないのです。

この最終段階に至った状態で、どれだけ自分の内なる闇に気が付いて、それを減少させるように働くことができるのか。それによって、生まれた時には光半分、闇半分だったたましいの光部分を嵩増しすることができるかにかかっているということでしょう。

 

日戸 乃子 (ひと のこ)

第4回目

島道鉱泉・再生への道

2022年6月3日
語り:島道鉱泉4代目当主/能登はるみ

島道鉱泉の山々は、青い空と白い雲と新緑のコントラストが眩しい季節になりました。
何田匡史さんが、あの世に旅立たれて早くも3ヶ月がたちました。
月日というのは、人の気持ちや思いを変えてくれます。
変えてくれるというより忘れさせてくれると表現した方が近いでしょうか。
天災の悲惨な状況から、徐々に改善し、あらゆる存在のチカラをお貸しいただき、島道鉱泉の山々は、別世界になりました。
朝日が上り、眩しい陽射しが当たります。
鳥がさえずり、風が爽やかで、池の鯉が、時々、飛び跳ねています。
春になり、暖かな日が続き、木の芽が吹き、お花たちはそれぞれの個性を輝かせはじめました。
そんな風景を眺めながら、わたしは物思いにふけっています。

『これからどうしよう』
現実世界の自然界やまわりの方々の支援、応援が集まって来ていますが、わたしの心は不安で、気持ちは落ち込むばかりです。
復旧活動がスムーズに進み、たくさんの皆様の誠意の上に成り立つ暮らしと、湯治場・島道鉱泉の活性化に人力を尽くしてくださる支援・応援が集まっているのに…。
この世には、何田匡史さんがいません。
シン・シンダラチャンネルの配信をしていた何田匡史さんがいません。
相談する人がいない不安さと、まだ島道鉱泉の場所で働く覚悟がありません。
昨年の5月に彼と、京都から移住してきたこの時期、彼との事を思い出すと、悲しみと切なさが溢れて出してきます。
島道鉱泉の環境は、素晴らしい景色ですが、今のわたしからしたら残酷で憎い仇のような存在です。
まだ、わたしは、島道鉱泉の環境と一緒に働く事が出来ない小さいにんげんなのです。
にんげんごとで考えたら大切な彼の命を奪った『島道鉱泉の山々』との関係を断ち切りたい気持ちでいっぱいです。
でも、何田匡史さんからのメッセージ『はるさん力を貸してください』の事が頭から離れず悩んでいます。
何田匡史さんが、この世からいなくなり、わたしはスッカリ元気がなくなり、まだグジグジしています。
そして、何田匡史さんを奪った島道鉱泉の山々を許せないのです。
昨年の、この時期、匡史さんと日向ぼっこをしながら、未来のピジョンを語りました。
光と闇の仕組み、魂のテーマ、生きるとは、死とは、死んでから困らないように生きているうちに何をしなくてはいけないか、などなど…。
真実を追求し、本当のことを世に伝えるために、匡史さんは、神様に真剣に向き合い、精神学を勉強し、一生懸命生きていました。
わたしは、彼ほど精神世界に興味がなく、彼の一生懸命さと熱意に付き合っていた感じです。
そんな、彼といる時が一番面白くて楽しい時間でした。
いま思うと、何田匡史さんがやりたかった事は、わたしの小さい頃からの夢と重なるところがありました。
シン・シンダラチャンネルの配信が始まり、わたしの身の回りに不思議な事が起こり始めています。更新日近くになると、匡史さんが、わたしの身体に重なる事があり、わたしでない感情が湧き出てきます。
やはり、何田匡史さんとわたしは仲良しなのです。
今日は、彼と一緒に、散歩しながら『シン・シンダラチャンネル』で何を配信するか悩んでいる日になりました。
また、覚悟が決まっていないじぶんの弱さに気づいた日でもありました。
最後まで、お読みくださりありがとうございました。

第4回

シンレイカイの情報収集、始まりました3

2022年6月 1日
編集:日戸 乃子(ひと のこ)

 

 

さて、大阪からの帰りに、心斎橋の地下街のお好み焼き屋で、お好み焼きを食べて帰ることにしました。

参加メンバーは私を含めて3人。

『大阪セット』(お好み焼き2枚、とん平焼き、焼きそば)というのをひとつ注文したので、3人で均等に分けて食べるのですが、焼きそばは3つに割れるとしても1枚のお好み焼きを3等分するのは難しくって、「いや、大きさで文句が出ないかな」とひやひやしながら、私が切り分けていました。

私の小さな心配は気がつかれずに、シンロジアで『小宇宙を更新しよう』を連載中の彼女が、「今日の亡くなった人(霊)の話に関連した体験だけどさぁ…」と話題を提供してくれたのです。

内容を簡単に説明すると、彼女の父親は数年前に亡くなったのですが、ある日仏壇の前に座っていたら父親の声が聞こえるようになり会話できるようになりました。その父親は長女の彼女に「お母さんを頼む。面倒見てやってくれ」みたいな内容の伝言を伝えてきました。

そこで彼女は、「お父さん、それは違うと思う」と、勇ましくも父親に意見したらしい。

 

いや、わかるわぁー。

私のところも、実の母親が死後に人を介して「あなたのことは何にも心配していない。お父さんと、妹の〇〇ちゃんの面倒を見てほしい」と伝えてきたけれど、はっきりいって私には不愉快でした。

父親はわかります。認知症が出ている父親はサポートが必要だし、私は彼の子供としてできるだけのことはしようと思っています。でもね、50歳を過ぎた妹の面倒まで、なんで私が見なければならないのでしょうか。妹もそれを望んでいるわけではなく、母親の勝手な目線と意見でしかありません。

私は、妹が生まれた時から「お姉ちゃんだから…」という枕詞とともに、ずっと姉としての行動を母親に求められてきたけれど、死んでまで母親の価値観と義務を押し付けられたくはありません。妹には助けが必要だと考えているのは母親だけです。妹はある面、私よりも現実的でしっかりしています。要するに、母親の中のデータでは、いつまでも守ってやらなければならない幼い子供のイメージに妹はなっているのでしょう。

しかし、その伝言を受け取った時に「死んだ母の言葉だから・・・」と、私は反論をせずに自分の心を抑えて服従の言葉を返しました。

「わかりました。お母さん。心配しなくていいですから」

でも、積年の姉妹間の不公平さへの恨みの感情とともに、割り切れないものがずっと残っていました。

お母さん、最後までそれですか…という思いです。

 

横道にそれちゃったけれど私と違って、目の前でお好み焼きをほおばっている彼女は、死んだ父親に異議を申し入れました。頭脳が理系の彼女にとって、理論的でない感情的な父親の言葉は承服できないものだったのでしょう。一人一人の人生は、責任も含めて最後まで自分が背負うものです。

さて、ここからは彼女の体験談なので、これが死んだ人の普遍的な法則になっているのかどうかは不明です。

そこを押さえながら、読んでください。

彼女曰く、死んだ人は目も見えないし耳も聞こえないから、生きている人に乗ってその人の目や耳を通して、現世を知るといいます。彼女の父親は彼女の目を通して書籍『最終知識』を読むことで、生前は伝えても理解されなかった部分を「お前の言うことはわかった」という回答で伝えてきたそうです。

 

そこでまた、私は考えてみました。

何田さんとの交流会に、なんであんなに大勢の無神論者霊界にいる霊が寄ってきていたのだろうって。

霊たちが来ていた理由はただ一つでしょう。

出口のないシンレイカイから、抜けていきたいということです。

霊界だった時にただ一つの出口として置かれていた『審判の門』は、今もあるのでしょうか?

たとえば、その門をくぐり自ら審判を求めたとしても、審判された結果が闇の宇宙である可能性は大きいのです。そうなると、死んでからも光の宇宙へとつながる方法は、ただ一つしか私は知りません。

今年3月に亡くなった義父は、10年以上前に精神学協会の『命の書』に私が勝手に登録しています。そのせいでしょうか、死んでからも割と自由に動けているようです。なんせ大阪まで来ていたんですから…。

積会長:「命の書に登録されていたら、まあ、向こう側の世界ではいわゆる特権階級だよね。今回死んでも、次へ生まれ変わることができるし、たましいに光を持っているから霊界(現在はシンレイカイ)でも知識を増やすことも動くこともできる」

わかりますか。たましいに光を宿すということは、死んでいても再び思考する力をとりもどすということです。

 

そこで私は、亡くなったあなたに、こう提案します。

「命の書が、現在では唯一の光の宇宙へ路線変更できる道です。

まずは自分のご家族に働きかけて、あなたの名前を精神学協会の命の書に登録してもらえるように努力してください。このシン・シンダラチャンネル内にも、命の書への登録リンクがありますからそこも活用できます。登録は一回してもらうだけで十分です。それで、あなたは光の宇宙の方向、左と右の分岐点で右へと進むことができます。

本当は、生きているうちにご自分でご自分を命の書に登録しておくのがベストなのですが、死んでからこの情報に出会った場合は仕方がありません。命の書は強力なので、登録されればあなたが地獄にいても救い出されます。ですから、まだ遅くはないのです。「最後の審判」がシンレイカイで行われる前に、家族に登録してもらえるようにがんばってください。登録には名前が必要なので、頼れるのはご家族か、もしくは親友というぐらいつながりの強かった方でないと成功は難しいです。

全力を投じて、登録してくれそうなご家族にアピールしてください。夢枕に立つもよし、脅すもよし、暴れるもよしです。もしかして亡くなったあなたが何か伝えたがっているのではないのかと気が付いてくれたら、もう一押しです。あなたのたましいの存在がかかっていますので、多少の暴走はしかたありません。やってみてください。それから、あなたが出会った出口を探している多くの皆さん(霊)に、命の書のことを伝えてあげてください。それが唯一の道なのだと…。

もしかしたら、あなたが今とりついているこの方が、このブログの文章を一緒に読んで、あなたを「命の書」に入れることを考えてくれるかもしれません。…そうなることを祈っています。

生きているとき善良だった日本人のあなたに、ふたたび再生のチャンスが訪れますように。   」

日戸  乃子  (ひと のこ)

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シンロジア  日戸乃子 雑記帳