たましいの目的 その八
力での支配
◇お話し:積哲夫 ◇聞き手:何田匡史
二千十八年八月二十九日 配信
何田:他人様や世間様や、世界や地球がよくなるように、自分以外のことを祈ることは大切ですが、現実世界に結果や効果をもたらすためには、誰か、または何者かがこの時空に影響を及ぼさなければ、現状は変わらないと思います。祈ることで、何か見えない力が働いているのでしょうか?
積:たとえばガラの悪いところに生まれ育って、小さい頃から周辺で暴力的なイジメが頻繁にあった人生を生きてきた人は、強くなろうとします。空手をやろうかなとか、ボクシングをやろうかなとか、考えてそれを習うとします。空手やボクシングを習得して、強くなって、それで他人を脅すようなことを実行すれば、それでその人の人生は終わりますね。スタート地点は、志も高く人生を歩んでいても、自分が強くなってくると自己欲を実現するためにその力を使う。それは、暴力を行使する側の考え方に、自分も染まったということです。力が欲しい。金が欲しい。という欲望の奴隷ですね。
何田:志高く祈ることは、よいことですが・・・…。
積:この世をよくするために、祈る前に知っておくべきことがあるのです。人間は、力によって支配されてきたのです。なぜ、いいかげんに気が付いて、暴力から解放されるルールを作らないのでしょうか。
何田:「最終知識」に記載されている、支配と被支配という言葉ですね。
積:支配と被支配の間にあるのは、極論すると暴力なのです。
何田:暴力ですか! 言葉の暴力も含めて全部ですね。
積:暴力を社会的にソフィスティケート(趣味、考え、態度などが都会的に洗練されていること)したのが、民主主義といわれるものに過ぎないのです。ということは、民主主義という言葉の大前提に平和主義はないのです。民主主義という言葉は暴力を礎(いしずえ)にしているから、平和という言葉を無条件に受け入れることは出来ません。
なぜ、間違ったことを日本の学校は教えるのか? なぜ、教育は正しいことを正しく教えないのか? なぜに間違って教えているのか? 民主主義の出発点にあるのは、暴力をルール化して、あまり無謀な使い方をしないようにしましょうね、ということなのです。
何田:民主主義は悪いことではないのですが、暴力をルール化して世の中を治めようとすると、国会(衆議院、参議院)がそうであるように、数のルールを適用すると、皆さんで意見を出し合って協議しても、最後は多数決で数の多い意見が必ず勝ってしまいます。そこに少数派の大事な意見は、取り入れることなく消されてしまいます。多数決は民主主義のルールですが、多数決はある種の暴力ではないのでしょうか?
積:民主主義というものは、権力があまりにも横暴であったから、それを制御するために生まれました。西洋においては、人間というのは領地と同じで、君主の所有物でした。 人間の生殺与奪権は、王様が持っていたのです。その上には教皇がいました。それが世界のルールです。その意味では、歴史的に日本は、世界とは違った時空の世界なのです。そのことを皆さん、忘れています。暴力を制御するために民主主義が存在する、にもかかわらず、日本という国の民主主義は暴力を制御が出来ているでしょうか?
何田:暴力の制御は、出来ていないと思います。
積:日本国は、民主主義の暴力を制御する機能を、正しく使えていないのです。民主主義という名の下に、使われている暴力というのは、ものすごく多いのです。現在、日本国において、無神論者が全国民の二~三割程度、存在します。その二~三割の無神論者の主張が、マスメディアの主張の八~九割を占めています。今の日本国の現実社会が正しくならない理由は、ここに原因があります。上手にマスメディアに本題をすり替えられて、視点をずらされています。社会で何が起きているかというと、民主主義という言葉をさもよさげに宣伝してきた人達は、それによってメリット(利益)を得ているわけです。しかし、その民主主義を宣伝する人達は決して心根が優しいとか、正義の人ではありません。自分の利害のために行動していることを見抜かなければいけません。彼らは自分の利害のために、たとえば人権という言葉を使ったりしています。
何田:え、そうなのですか。先生、ジャーナリズムやジャーナリストという言葉があります。大衆に真実を伝える志を持った、お仕事や人達だと認識しています。
積:何田さん、あなたが言っているジャーナリズムやジャーナリストはよい側、つまり、光の側面のことです。闇の側面でいえば、ジャーナリズムは社会的プロパガンダ(宣伝。特に、特定の主義・思想についての政治的な宣伝)の機関です。出発点から違っていて、最初から闇の手法として支配者はジャーナリズムをプロパガンダとして使用しています。手法が同じものだからといって、使用する方向が違えば、神の手法にも、悪魔の手法にもなります。意志の方向がどこを向いているかが、とても重要になります。結局のところ、あなたたちはそうやって(闇の味方をして)生きたことによって、あなたたちは死んだら地獄行きになりますね。ということが、私がお伝えしたい内容です。一見、正義の主張をしているように見えます。けれども、それが本当に正義ですか?
それが本当に正義であるかどうかということは、人間が判断すべきかどうかは別にして、一生懸命考えなければいけない。それらは歴史から学べるのです。だから日本も世界もきちんと、正しく歴史を補正しないと、人間は精神状態もよくならないのです。