何田匡史がつなげるシンダラ情報

第5回目

シンレイカイの情報収集、始まりました4

2022年6月 8日
編集:日戸 乃子(ひと のこ)

 

どうも、この世界はリアルにマトリックスのようです。

といっても、私自身には波動がわかるわけではないので実感はありません。非常に重要なことを言われても「いやいや、それはないでしょう!!」という内面の拒否感と、「なんで、そうなるの!?」というコントのような言葉や疑問しか出てこないので、一応それらについては棚上げにしておこうと考えました。

いや、もう何が起きているのかの把握が難しいのですが、どうも『最後の審判』というのは地球規模、または宇宙規模で進行するもののようです。

ようするに最終的には、この宇宙にいる全意識体が、最後の審判の対象になるということです。そして審判の資格を持つ存在はこの宇宙の中にはおらず、宇宙二つ分離れたところにいるのです。

人間として生きている私と、重なっているところで別の法則の物語が進行しているということでしょうか。

これまでの宇宙は閉鎖系で、神意識体といえども実は真の意味での光など、どこにもなかったのでしょう。それは原初の神の光でしかなく、宇宙のはじまりの素材はその前に滅んだ宇宙の闇の部分が使われたとするならば、それは最初から色がついていた光でした。それらの宇宙の栄枯衰退を繰り返した末に、光の宇宙が現在の宇宙に接続されて、この宇宙で初めて別の選択肢が提示されたともいえます。

どちらにしても、創ったものを消去できない意識体の罪は、神であれ、魔であれ、呼び名やこれまでに背負ってきた歴史が違うだけで、人間も含めて、意識体としての罪を問われることになるようです。いや、話が大きすぎて、いまだに咀嚼できていないので、つらつらと書くには危険が伴いますので、また、違う視点から学習をし直そうかと思っています。

ただ、最近わかってきたことは人間存在の場合、死んだ時の意識状態が大きく、死後の在り方にかかわるということです。

人間は、自分の脳の中の小宇宙を反映して、この物質世界に生きています。

ですから、脳の中(小宇宙)のデータ(情報)が、1991年以前か、もしくは過去のことにとらわれたままであるならば、『光の宇宙』の概念にはいたりません。光の宇宙の概念は、宇宙の分岐点を過ぎた先の未来にあるからです。だからほとんどの人間意識が、たとえ精神学に出会ったとしても過去の宗教意識から抜けられずに終わるのです。

ところで、構築が進行しているシンレイカイは、過去の『霊界』とは全く異なる場のようです。

いま肉体を離れようとしている人のたましいは大きく二つに分かれているのだと思います。

まあ、50歳以上の人なら、丹波哲郎の「大霊界」のようなあの世をぼんやりと思い浮かべているか、または科学的に教えられた「死んだら終わり、あとは意識も何もない暗闇(無)」と考えるかのどちらかなのではないでしょうか。

そのどちらも、人間が創造した物語(お話)でしかないならば、まあ、死んでみたら慌てるしかないですよね。というか、慌てようにもたましいに光(神性の部分・原初の神の光)がなくなれば、自分で思考することもできなくなるからそのまま石のようになって存在するしかないのかもしれません。それでも個の存在自体は消えないという法則があるならば、宇宙が更新されるごとに闇はさらに濃く深くなっていくという方向へしか進みようがないのです。

この最終段階に至った状態で、どれだけ自分の内なる闇に気が付いて、それを減少させるように働くことができるのか。それによって、生まれた時には光半分、闇半分だったたましいの光部分を嵩増しすることができるかにかかっているということでしょう。

 

日戸 乃子 (ひと のこ)