第23回目

天空からのメッセージ

2022年11月24日
語り:説諭士

 前回の写真によって、心に響いた言葉は『守る、、、整える』ただそれだけの言葉ですが、自分にとっていろんな意味を理解するための、大切なものでした。
この地球に降りなさいと言われ、お役目をいただき、その約束事を『守る』ための時が今しかないのだと、そのタイミングが来たことをしっかりと受け止めました。
『整える』に関しては、行動を起こすには、身の回りの環境を整えなくてはなりません。
その環境を整理するために、龍神界が働いてくださったのだと理解したのが、前回に載せている写真です。
少し説明を加えると、ある場所に取り憑いていた悪魔系の巳さんが、どうも私の存在が気に入らなかった様です。
それだけではなく、光が欲しいために、そこに集う人の光を奪い体調を崩したり、活動の邪魔をしていた様に、私は感じていました。
大きな闇の黒い蛇を、龍神が飲み込んだという意味の写真です。

そのことがあって以来、そのエネルギーに阻害されることがなくなったおかげで、私の体調がとってもスッキリして凄く体も軽くなっています。
後日、その場所に行ったのですが、以前の様な嫌な波動がなく、明るい波動に変わっていました。

この様なことは、目に見えないものですが、人は肌で感じることができるし、また身体に影響を受けることが多々起こります。
これは、私自身の経験ですが、皆さんの中でも身体の調子が思わしくないとか、いつも肩が凝ったり体に何かへばりついている様な感覚があったりすると、マイナスのエネルギーの作用を受けているのかも知れません。

以前からの約束で、10月27日、奈良県宇陀市の八咫烏神社へご挨拶に行ってきました。
その次の日の28日、また龍神が剣を咥えて天空から降りてきて、労を労ってくださったと同時に、次の約束の行動を示唆してくださいました。
改めて、自身を見つめ直す機会を与えてくださったことに感謝しつつ、自分自身を信じ、信じる道を進むことをお約束しました。
このチャンネルを活かし、活動の一歩を与えてくださったことへの、感謝の気持ちも忘れることは許されません。

たくさんの人々との出会いがあってこそ、成長できるものです。
今までの多くの出会いに感謝しつつ、これからの時間は、それを踏まえて、人生の恩返しとしての生き様を負っていく覚悟です。

これからもよろしくお願いいたします。

第22回目

闇の波動

2022年11月17日
語り:説諭士

 地球に渦巻く、黒い闇の波動。世の中の悪の意識に作用するもの。
人々のこころをコントロールし、争いを発動させようとするもの。
『お金だけ、今だけ、自分だけ』という人間の心を操るもの。
現在の、私たちには考えられない、世界を支配しようとするものたちの野望に、如何に立ち向かうべきかの術もなく、ただ情報に流されている様にも見えるのは、私だけでしょうか?
善良な心を持っている人ほど、疑うこともなくメディアを信じ、国の言うことを信じ、悪のエネルギーに押し流されようとしている今の世間の現状です。

「ユダヤの人たちのために祈ってください」と、会長よりお言葉をいただきました。
その頃から、イエス様が十字架にかけた者たちの存在も理解する様になりました。
神から預かった預言書としての『旧約聖書』の意味を少しだけ理解するチャンスを頂きました。
『聖書』は宗教の教本ではなく、世界最古の預言書である、という知識も入ってきました。
 わたしが何故イエス様や、モーセ様と繋がっているのか、そして、空海様や道元様たちもレビ族であることなど、そこに想いが駆り立てられたのも、わたしの『たましい』を用意してくださったのは、ヤハウエ様だと言われていたことも納得のいくところです。
一神教の終わりの時代、そのお役目に少しはお役に立てたのでしょうか?
 わたしには計り知れないところですが、、、、、

ある場所に行くと、帰りはいつもしんどくなって、ひどい時は寝込むことさえありました。
その理由は、そこには、人の意識を惑わす様な真っ黒な巳さんが、どうも私の存在が疎ましかったのでしょうか。
そこを離れようとする私の背中に噛み付いてきたのです。
それは、私の意識で外すことができましたが、続いてまた何かが飛んできたのですが、それは背中にピッタリと張り付いてなかなか外れないのです。
赤黒い血のような、気持ちの悪い花でした。
(これは、私の心の目に映り、自覚したものです。)
以来その場所からマイナス波動のエネルギーの入り口になってしまった様です。
それからは、できるだけ離れていたのですが、しばらくの期間、随分体調を崩されてきました。

ある日、「空を見なさい」と言われた様に思って外に出た時、『守る、整える』という意志が伝わってきました。
「和する心を守りなさい。自分自身を整えなさい。」
というメッセージでした。

このお話は、次回にもつなげたいと思います。

第21回目

一期一会

2022年11月10日
語り:説諭士

 久しぶりに、華道を志した初心を、思い出させてくれる出会いがありました。
お琴のレッスンを受けている人たちの、ミニミニコンサートです。
その部屋は、穏やかな暖かい波動が充満し、癒しの空間の雰囲気が漂っていました。
そこに関わる人たちの波動が、いかに大切なことかが、うかがい知れます。
お琴の先生は、気持ち的に私と同じ(失礼ですが)天然さん、いつも会話が弾みます。

このミニミニコンサートは、月1回水曜日の朝10時から11時までの1時間。
生徒さんの発表会、手作り感満載の催しです。

部屋に入ると、ツワブキの黄色い花が一目をひきます。
横にあしらった萩の葉、そしてツワブキのふいりの葉と、虫が食った葉が、なんとも言えない趣があり、それにも増して器の代わりにペットボトル。
架台にダンボウルを使い、何と新聞紙を巻いている。
高い代金払って用意したのではなく、0円で見事な演出です。

プログラムは
1、BELIEVE
2、虹
3、世界に一つだけの花、花は咲く

優しい音色が、心地よく、とっても癒されました。

先生のご挨拶で、今日の出演者の一人、兵庫県姫路教室の生徒さんですが、大病を抱えているらしく、落ち込む気持ちを払拭する気持ちで、演奏に参加してくださったのだそうです。
「わたしたちも、いつ何が起きるかもわかりません。
一期一会を大切にしたいと思います。」
との言葉に、私もお礼の言葉を一言添えさせて頂きました。

「素晴らしい演奏ありがとうございました。私は、部屋に入って、ツワブキの花が私の心を和ませてくれたこと。そして、その瞬間思い出したことがあります。中学生の時から、身近に咲く草花をさりげなく生けるのが大好きで、生花道具のあることも知らず、蒲鉾の板に、たくさんの釘を打ち付け、さしていたことが、お花の先生の目に留まり教室に通い始め、以来花生けから離れられず、現在もたまにはいけることを楽しんでいます。
高いお金を払っていける花も立派ですが、庭の片隅や道端で、ひっそり咲いている花を生けるのが大好きでした。
そしてペットボトルだからこそ、透き通る水が眩しく輝いて見えました。
『水は花を潤し、花は人の心を潤す』お互いに生かし合う演出と、何気なく生けて下さった想いが最高のおもてなしを感じさせて頂き、今日の一期一会に心から感謝いたします。
 わたしの言葉に、先生も「ありがとう。高田さんの言葉が、今日の催しを最高に盛り上げてくれて嬉しいです。」と答えてくださいました。

ちょっとした心配りと、その場に感じる波動、感謝の思いの波動が部屋中に満たされている、そんな心地よいひと時でした。
これからも、一期一会を大切にして、たくさんの人との出会いを楽しみたいと思って居ます。
これからもよろしくお願いいたします。

第20回目

波動と意識

2022年11月3日
語り:説諭士

 何年も前に私が体験した時の波動のお話です。
友達の家を訪問し、玄関を入って部屋に通して頂きました。
私より先に、友達仲間二人が先に着いていて、座敷に座り雑談していました。
わたしもそばに座ったものの、何故か居心地が悪く胸が痛い・・・どうしたのだろう?
自分の体調なのかと思いつつ・・・どうもそうではなさそうだし・・・?
浮かない顔をしていることに気付いた友達が、私の顔を覗きながら心配してくれるのです。
何か良からぬ話をしていたのではないかと、私は感じていました。「私が来るまでに、何の話ししていたの?」と尋ねると3人が顔を見合わせているのです。
「もしかして、誰かの噂話?」うなずいて認める3人。
そこに残っていたのは、『悪口の言葉の波動』だったのです。
この世の中は、良くも悪くも波動まみれ。
人から出る思いや言葉の波動が、溢れて居ます。
感謝する思いや、愛のある良き言葉は人を幸せにします。 
何時もその様に心がけたいものです。

 この度、いぬカミサマシールと、ねこカミサマシールができたことについてお伝えしたいと思います。
動物にも、人間に負けない愛の意識を持っていることに、遭遇することがありました。
愛犬との思いの交流です。
白内障手術前後の愛犬の行動に、改めて愛犬を誇りに思える体験をしたことです。
階段や、段差のあるところでは、必ず振り返って、私が通り過ぎるのを確認して歩き出します。
言葉に出さなくてもわかるのです。
その態度には、私自身もびっくりでした。
先日、その愛犬に、いぬカミサマシールを貼ってみました。
直後には感じなかったのですが、ふと気付いたことに、私が思っていることを感じての行動が目立つようになり、私自身も、愛犬の思っていることが、何となくわかるようになっていました。
愛犬との意思疎通ができるようになって、ほとんど毎日散歩を楽しんでいます。

この、いぬカミサマシールや、ねこカミサマシールを使うと、あなたの愛犬や愛猫にも何らかの反応があるはずです。
動物の心は、人間よりも純粋です。
そして、私たちより、犬や猫たちの方が、私たち飼い主のことを、信頼と愛の心を持って接しているのかも知れません。

愛犬や愛猫を、不幸にも無くされていたなら、『命の書』に登録をしてあげてください。
是非、お勧めいたします。

第19回目

『海洋散骨』のご紹介

2022年10月27日
語り:説諭士

 海洋散骨をさせていただきました。
船主様のご厚意により、できる限り黒潮の近くへとお運びをいただきました。
その日は、少し曇り気味の天候とはいえ、酷暑の続く中での散骨儀式をおこなうことに、黒潮近くまで船を出してくださるということで、ご遺族様の船酔いだけが心配でした。

随分と沖へ出たことは、海の色を見れば一目瞭然。
深い紺青色に、まばゆい太陽の光が反射して神秘的で感動的な光景が目に焼きつきます。

素晴らしい海洋ロケーションの中、散骨の儀式を執り行いました。
人の一生は海より出で海へと帰るの言葉通り、遺骨はご遺族の手によって海へとお返しいただきました。
まかれた白い遺灰は、縄目のように回転しながら沖へと向かい、その表面には献花された多数のお花が共に流れて行きます。
その様を船上からお見送りをするご遺族様は、刻々とお顔の表情が変わっているのがわかりました。
「安堵の笑顔とこれで父も私たちの手元から離れ、また私たちもあらたに一歩を踏み出すことができます。心に感動を与えて頂く心温まるセレモニーをして戴いて、本当にありがとうございました。」
お礼のお言葉を頂いた時は、私自身もこのような儀式をさせて頂くことに、この上ない喜びを感じさせていただきました。

また、船主様が発した言葉に「散骨儀式は本当に素晴らしい。また散骨しているご家族の姿も、これだけ沖に出て波がぴたっと止まった時は、何も理解して居なかった自分でもここは聖域だ!海が神殿みたいだ!という不思議な感覚があった。
と、おっしゃってくださった言葉を申し添えて頂きます。

※海洋散骨には、必ず『命の書』の登録をさせて頂きます。
 送られる御霊が光の世界に導かれ、癒しの時間を過ごされた後に、審判をうけるべく世界に進み、
 その御霊が望むべき方向に導かれていきます。

※『命の書』へのお申し込みは、亡くなられた方への「愛のカタチ」として、また生きているうちに登録を
 希望する方への受付も、お受けいたします。

※さまざまなご相談も受け付けていますので、是非ご相談ください。

第18回目

『命の書』は究極の愛

2022年10月20日
語り:説諭士

 抵抗もできなくて、なす術もなく、残酷な行為によって命を落とした小学生が、まさか自分たちの身近な地域で、この様な事件が起きると言う信じられないニュースに、町中大騒ぎした記憶が、わたしの脳裏に焼き付いています。
連日テレビのニュースが流れる中、犯人逮捕。
同じ団地に住む大学生だったことが、更にショックは大きく、二人の間に何があったのかは知る由もありませんが、想像を絶する残酷さに、恐怖におののき、身体が硬直し逃げることすらできなかった、そんな光景がわたしの頭の中で一瞬映像化(錯覚かもしれませんが見えたように感じたのです。)しました。
わたしは躊躇することなく、その小学生を『命の書』に登録致しました。
後日、その子のお父さんと主人が知り合いだった事。そして同級生グループの旅行で、バスの運転手さんがその子のお父さんだったこともあり、車中、子供の事件のことや裁判中であること、親としての辛い気持ちを、いろいろ聞かせていただくなんて、偶然とは思えませんでした。

以来、親からの虐待を受け、幼い命が消えた悲しい事件を知るごとに、どうしても『命の書』への登録が必要と思ったときは躊躇せず、登録致しました。
ある子供の時に、登録が少し遅くなったのです。
寝ていると、トントントントンと、子供の小走りに走る足音で目が覚めたのですが、「命の書の登録を早くお願い」という意を汲み、翌日『命の書』へ登録するということもありました。
何故そのような事を?と思うのですが、どうしてもそうしないと気が済まないと言う気持ちの前に、その子との魂が触れ合ったと言った方がピッタリなのかも知れません。

それと随分前の出来事ですが、新年を迎える元旦の朝、夢を見ていたのです。小学生くらいの子供達12人か13人が、暗いトンネルの中で向かい合って三角座りして、みんな顔を膝にくっつけて、目は虚ろで弱々しい。
「どうしたの?」と何度たずねてもみんな無言。
その内、一人の男の子が「僕たち生まれてこない方がよかったんだよ。」
また他の子が「楽しいことなんて何にもなかった」「友達もいないよ」「みんなが羨ましい」
と言い出したのです。
「みんなの気持ちわかった。おばちゃんと一緒にみんなのやりたいこと考えよう?」・・・・・しばらく沈黙が続く中「君たち、やりたかったことおばちゃんに教えて」すると一人の男の子が立ち上がって「僕いろんな夢持ってたよ。でも何一つできなかった」次々と子供たちが夢を語り始めた時でした。
子供たちの足元が明るくなってきたのを感じていました。
「よし、みんなの夢を叶えよう❣️❣️」「やりたい❣️」「ヤルヤル❣️」と言ってぴょんぴょん飛び跳ねる姿が、足元の光が子供たちの姿を捉えていました。

わたしは、「なんて明るい綺麗な光なんだろう❣️」と思いつつ子供たちの姿と光を見つめていた時、「おい、起きよ。テレビ見ろよ。」と主人の声がしたのです。
「何でこんな時に起こすの?せっかくいい夢を見てたのに」と、ぼやきながらテレビの前へ。
「アッ❣️と声が出てしまいました。テレビに映っている光と下からのぼってくる角度が全く一緒。
その光は『初日の出』富士山の素晴らしいシルエットを捉えていたのです。
一瞬感謝の心に変わりました。

それ以来、子供の元気と幸せを祈るようになりました。
私にとって、ただの夢ではなかったのです。
自分のお役目として、『たましい』までも救済できる『命の書』と出会えたことが、自分が求めてきた唯一の道だったのです。
「命の書」への登録によって、何の縁もゆかりもない子供たちから、『真の愛』を教えて頂いたのです。
因みに、夢に出てきた子どもたちは、この世の子どもたちではありません。

ここまでお読みいただき感謝しています。
これからも『命の書』の大切さを皆さんにご紹介してまいります。
また、人生のご相談があればこのチャンネルから、お申し込みください。
ありがとうございました。

第17回目

立派に逝った友へ

2022年10月13日
語り:説諭士

恩年62歳の早すぎる友の死。
その友の奥さんの言葉が忘れられない。

 その友との出会いは小学3年生の秋、父の仕事事情により現在の町に引っ越し、同級生となりました。
新しい学校で、転入生として先生からクラスの皆さんに紹介され、「よろしくお願いします」と不安と反面新しいお友達ができることにワクワクする気持ちで、皆さんに少々緊張気味でご挨拶したことをはっきりと記憶しています。
直ぐにクラスのみんなの仲間入りをさせて貰い、共に小学校から中学校へ進級。
友だちとの思い出もなつかしく、年老いても会えば00ちゃんと、いつ迄もその頃の呼び名で呼び合う間柄です。
最近、同級生とも音信不通になると、必ず訃報が届く年齢。
指折り数えても足りない人数の同級生が、この世を去っています。

その中の一人、同級生の中でも特に気が合い、それでいて恋愛感情でもなく、お互い結婚して家族同士でお付き合い。
子供達も姉妹のように仲が良く、とっても良いお付き合いでした。
その彼が「奥さんの前でも、この人転校して来た時、すごく可愛くて、白い服着て天使かと思った」ちょっとオーバーな表現だけど、何度も言うもんだから本気で言ってるのか冗談なのか本心はわからないまま。

その彼が、愛する奥さんや子供や孫を残して他界。
亡くなる1週間前に見舞った時は、足の裏やお腹に水が溜まり、素人目にもそう長くはないだろうことは察しがつく。
「ちょっと甘えていいかい」と言うので、「何なりとどうぞ」「足をちょっとさすって欲しい」「こんなに浮腫んでだるいよね」「もう一本中足があるんやけど」と会話しながらも冗談言って笑わせる。そばで奥さんも一緒になって談笑。
その翌日、容態が悪くなり病院へ行ってそのまま入院。
5日後には帰らぬ人となってしまいました。
ここまでなら普通のお話で終わるところですが、お葬式がとどこうりなく終わって後日、奥さんから聞いたお話が、なんて凄い人だったんだろうと・・・

癌の告知を受け闘病生活の最中、奥さんの実家である九州の五島列島まで行き、ご両親に「家内を幸せにしますと約束していたのに果たせず、皆んなを残し先に逝くことを許してください」と涙ながらに挨拶に行っていたんだと、お葬式の時両親から聞き、わたしが気づかないで闘病中に九州の五島列島までいつ行ったんだろう・・・
それだけでなく、子供達には財産分けまでし、自分のお兄さんとの間にあった問題も、その他の問題や今後のことについて、全て解決していたのだと・・・
覚悟を決めて、やり残すこともなく、私たちにまでもいつもと変わらない笑顔で、思い出話など交わしてくれる優しさが辛かったです。
自分の死を覚悟しながら、内心どんな気持ちだったのか計り知ることはできませんでした。
奥さんや娘さん達とは、今も家族付き合いが続いていますが、奥さんと時にはその頃の話をし、「自分がこの世をさる時、主人のように笑顔で死ねるだろうか?本当に立派な最後だったからね」と家族や周りの人達に、死に方のお手本を示してくれた友の最後を忘れないで、私たちもいつかはこの世をさる時が来ます。
自分の終活を、真剣に考えたいものです。
友に感謝

追伸:シンレイカイの最新情報をもとに、あなたの人生のご相談ごとをお寄せいただくフォームを設置させていただきました。

第16回目

人生について

2022年10月6日
語り:説諭士

 わたし自身が常に求めていたこととは、この世に生まれた限り、自分はどうあるべきか?どうありたいのか?
自分が幸せと思える生き方を常に考えていたように思います。
そして今、76年を振り返り自分自身を考察してみました。
先ず長女として生まれたわたしは、常に長女の自覚を持つよう自分に言い聞かせ成長してきました。
自分よりも妹や弟を優先に考えていたように思います。
だから妹や弟と喧嘩した記憶が、私たちの間ではないのです。
親から言われたわけでもなく、自分より他を優先にできる性格に育ったのは、我慢していた訳でもなく、見えない存在が常にわたしの近くにいて、自然と足りる心を持てるようになったのだと思います。
青春時代を振り返り思うことは、虚弱な身体で両親にはいつも心配かけていたこと。結婚しても子供を産めるような身体ではなかったにも関わらず、結婚後三女を授かり、その後は至って元気な毎日。
それでも一通りの苦労もあり、様々な問題を経験して来ましたが、それでも人として幸せな日々でした。

父は若い頃より、真言宗密教僧として、紫燈護摩により、無病息災と平和を祈念して全国行脚をしておりました。私はそんな父を尊敬し、許される限り父について行った記憶をはっきりと自覚しています。(右の写真の右端が幼少の頃の私です)

ただ、以前にも書きましたが、主人の父の姉である家庭に家族養子で入り、今までの生活では考えられないような養母の振る舞いが、わたしの穏やかだった心を、打ち消してしまったのです。
「我慢してお前が、黙って悪者になっていればいいんだ。世間はわかってくれる」主人がいつもわたしに言っていました。

数年経って養父が亡くなり、養父を『命の書』に登録致しました。
その時、養母も・・・と思ったのですが、まだその時点では養母をどうしても許すことができませんでした。
養父が亡くなれば少しは変わるのではないだろうか・・・その期待は見事に打ち砕かれ、さらに拍車がかかり、有る事無い事言いふらし、毎日毎日同じことばかり言ってるもので、とうとう近所の人たちから疎外されるようになった時、わたしの心の中で、許せないからと言ってる自分の気持ちが許せない。
相手を許すことは、結局自分自身の気持ちを許すことなんだと気づき、養母を『命の書』に登録しました。
その時点で、ある写真と同時に『許す』という天からの声が再び聴こえた気がしたのです。
現在認知になって97歳になる養母は今も健在ですが、
それ以来、養母のことが全く気にならなくなりました。

人生を楽しく生きる。幸せに生きる。出会いを大切にしたい。
そんな思いが強くわたしを突き動かせてくれます。
人生には無駄はありません。
『許しあえる心があれば最高の人生を生きることができる』
『命の書』の登録によって、死後の世界まで最高の幸せが続くことを、これからの自分のお役目としてお話しさせて頂く覚悟ができました。
『命の書』という強い味方を世の中に理解して頂くための活動が許されました。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

追伸:このチャンネルでは次回の投稿より、シンレイカイの最新情報をもとに、あなたの人生のご相談ごとをお寄せいただくフォームを設置させていただきます。

第15回目

安倍元総理の国葬に寄せて

2022年9月29日
語り:説諭士

 9月27日(火)14:00
日本武道館において営まれた国葬に、わたしなりの思いを記したいと思います。
賛否両論の意見があっても、国葬が行われている時間帯にもかかわらず、反対派のデモがおこなわれていたようですが、この光景は反対賛成に関わらず、せめて国民の一人として哀悼の気持ちを示すべきではないのだろうかと、少々悲しい気持ちになったのは、わたしだけでしょうか。
例え旧統一教会問題に関することが大問題となっていますが、今後にはかるべき課題として議論すべきであって、『たましい』を尊厳視する観点から、やはり「ご苦労さま」という労いと『タマシイ』が安らかでありますようにと、手を合わせる心を持ち合わせて欲しいと思いました。
この気持ちは、あくまでもわたし個人の気持ちです。
長年日本の国のために頑張って来られた方に、感謝の気持ちを、お届けしようと思う気持ちは当然だと…

テレビの画面では、全国から献花を捧げようと、長蛇の列が続いていると紹介されていました。
心から、献花をささげる多くの人たちの中に、10代や20代そして子供達が、「ありがとう」を言いたくて来ました。とインタビューに答えていました。

日本よ!
日本人よ!
世界の真ん中で咲き誇れ!
と安倍総理の口癖だったことが、菅前総理の送りの言葉にもありましたが、前代未聞の衝撃的な死を遂げた安倍総理のことは、一生心に刻まれることでしょう。
そうした子供達が、きっと必ずや、日本の未来を背負ってくれることになるでしょう。
安倍総理の死は、若者達にとって日本の未来に光を投じてくれることを信じて、安倍総理のご冥福をお祈りしたいと思います。

◎追伸:このチャンネルでは、今後『お悩み相談室』を解説させて頂くことをお知らせいたします。

第14回目

人間の意識が作り出した暗黒

2022年9月22日
語り:説諭士

 1995年1月17日、阪神淡路大震災のときでした。
ふと脳裏を掠めた想いは、一体この地震はどのようなプロセスで起きたのだろうか?
プレートの歪みが起こした自然現象なのだとは思いますが、どうしても納得のいかない部分があって、その思いのまま上昇(そのころはまだ瞑想と言っていましたが)しました。
すると右横の方から、頭のてっぺんに太くて大きな角を持った真っ黒な存在がスススーッと歩み出て、わたしの前に膝まずき、無言で頭を下げました。
その存在は、真っ黒で角が生えているが人間の姿でした。
一瞬のことなのでその意味が理解できていません。
「暗黒の世界を覗いてみよ」と言う言葉が降りてきました。
数日後「不安を抱くな、あなたはその世界を知る必要がある、恐れるな、不安と恐れは命取りになる、お役目だと思いなさい。」

数日後、わたしの心が定まったので、呼吸を整え向かいあいました。
部屋の中で風など感じる由もないのに、わたしのすぐ前で、風が起きています。
その後風がどんどん強くなり、両手を畳について身体を支えるのが精一杯でした。
次の瞬間、ゴーッという音とともに、地の底に瞬間移動です。
降り立ったところは真っ暗な世界で何も見えません。
わたしが立っている目の前が、暗黒の入り口だったのです。
いり口の黒い幕がスーッと下されました。
一歩前に進めようとしたその時、中に足を踏み入れることを拒否されました。
真っ暗な世界に目が慣れてきたのか、悪魔さんたちの姿が見えました。姿は人間です。中には妖怪のような存在もいました。
とんがった山の重なりあった所から、沢山顔を出しています。
どの目も鋭い目をしています。
一瞬わたしの足がすくみました。
「不安を抱くな、恐れるな」の言葉がわたしを勇気づけてくれました。
咄嗟にわたしが言ったのは、「怪しい者ではありません。あなた方の世界も私たちの世界も、元はひとつ」だと言いました。
瞬間に鋭い目が一瞬に柔らかい目に変わったのです。
どうやら受け入れられたのかと思い一歩前に踏み入れましたが、奥には入れないという無言の約束があるようでした。
奥の奥には大魔王が居る、そう思いつつその世界にも意識の層があり、わたしが見たのは本の入り口に過ぎないことを知りました。

このような体験から27年立った今、わたしの環境も変わり、精神学協会に唯一存在するタマシイの救済『命の書』というものがあり、その「命の書」の存在がわたしのお役目にとっての切り札的のものとなりました。
私たちは、全てが審判されるという前提で今を生きていますが、死んで審判されるより、生きているうちに審判を希求し、各々のカルマ(持って生まれたテーマ)を、少しでも早く卒業することが、この世での時間も楽しいものとなり、あの世でも光に導かれ「タマシイ」にとって、この上ない幸せとなります。
今後「命の書」の普及にエネルギーを注いでまいります。