新盆-2

 

〜2度目の奇跡〜
昨年7月、大阪セミナーで、母に訪れた奇跡を積先生に報告しました。
そして、日頃より親交のある神霊士の高田・鳥羽姉妹にも、母の身に起きた奇跡を伝えました。

その後、安定した入院生活を送っていた母親でしたが、病はそれを許してはくれませんでした。また、腹水が溜まり出したのです。
只、以前とは違い、母の精神状態は前向きで、食欲もあり、会話もしっかりしていました。私が、出張に行くと告げれば『しっかりやりなさい』と返してきました。
次の見舞いは5日後になると言えば『来るまで死なん』とも言ってました。
今思えば、母を励ましに行っているはずの私が、反対に母に励まされていたような気がします。

腹水は容赦なく溜まり『パンパン』張ったお腹は各臓器を圧迫し、母を苦しめます。
ついには、食欲も無くなり、意識が朦朧とする母は、点滴で延命するだけの状態になりました。
主治医は、胃瘻と言う方法で延命する事も選択技として提案してくれましたが、私
それを断りました。
何故なら『命の書』に登録した以上、『生きるも、死ぬも』それが母の天命だと思えたからでした。勿論、父と弟の同意はもらっています。

母は意識が朦朧としながらも必死に生き続ける、7月も下旬のある日、私は高田・鳥羽姉妹と東白川村に行く用事がありました。その前に母の病状を見舞って頂けませんかと懇願しました。
お二人は、これを快く承諾していただきましたので、母の病床へとお連れしました。
母の状態を見るや否や、お二人は秘跡オイルを使いながら、お腹、背中、足等に塗布
しながら祈りを捧げてくれました。
およそ20分位が経った頃でしょうか、『パンパン』に張ったお腹が段々小さくなり、浮腫んでいた足も細くなったように見えました。
そして高田さんが『もう大丈夫』と言いました。鳥羽さんも頷いていました。

私たちは病院を離れ、一路東白川村へ急行しました。
到着間際、高田さんの体調が悪くなり急遽、商業施設のトイレに入りました。
トイレから出てきた高田さんが『お母さん本当に大丈夫やで』と言いつつまた、トイレに駆け込みました。
その時私は知りました。高田・鳥羽姉妹が、母の身体溜まった闇?負のエネルギーを一身に受け浄化してくれたのだと。
神霊士とはいえ、並の人にはできないその姿勢に感服した瞬間でした。

私たちが病院を去った後、父と弟が母を見舞ったそうです。
そして弟は、東白川村にいる私に電話をしてきて、母のお腹が小さくなった事や
血色も良くなってると喜びの内容を話してくれました。
勿論、父と弟は、私と高田姉妹が、二人が見舞う前に病院に行っている事など知る由もありません‥。

2度目の奇跡を感受した母なのでした。