信仰というかたち その二
九十九(論理)と一(創造性))1
◇お話し:積哲夫 ◇聞き手:何田匡史
初回 二千二十年一月八日 配信
何田:自分のやりたいことや夢を実現するには、熱意が必要だと思いますが、いかがでしょうか?
積:いくら熱意があったって、その行動がお金に変換されなければやっていけないでしょう。どうやってその熱意や夢をお金に変えるのですか? あなた達は、やりたいことをお金に変えるにはどうするつもりですか? 今の世には、あなた達にとっての自分のやりたいことや夢を、お金に変えるシステムはない状態です。たとえば、私の若い時の話ですが、私はコピーライターとして独立した時に、雑誌広告だったら一行のコピーであったとしても三万円以下の仕事はしないと決めていたのです。十文字三万円は、普通の人には想像できないと思います。
(広告文の)コピー十文字を三万円にするためには、たとえば、それが一年間のキャンペーンだったら、A4用紙でいえば二十枚程度の企画書を書く能力がなければ、お金にはならないのです。A4用紙の企画書二十枚なんてとんでもない量です。これをしないと一行三万円、一行十万円でもいいのですが、継続的にそのお金は得られません。ではそのためには何が必要なのでしょうか?
◎きちんと他人に説明できるプレゼンテーション能力があること◎論理的な説得力があること
◎このビジュアルとキャッチフレーズであるならばこれだけの価値を生じます、という数値(コスト、利益説明)化が示せること
この三点を備えた上で、企画書をきちんと書ける人間でなければ、一言をお金に変えることはできないのです。
何田:企画書を書いたり、他人に説明したりできる才能がなければお金に変えることはできないのですね。
積:いいえ違います。それは才能ではありません。それは、学識なのです。(学識:学問と見識。また、学問上の知識と見識。) つまり論文を書く能力と全く同じ能力が必要なのです。
何田:え、え。それは学べばだれでもできるということですか?
積:企画書は学べば誰でも書けます。ただし、高いお金に変わるコピーが書けるのは才能です。才能をお金に変えるためには、それをお金に変えるための論理回路が頭の中になかったらお金にはならないのです。それが精神学の出発点なのです。だから精神学をお伝えしている私は、精神界が育てた神のコピーライターなのです。実をいうと、私はコピーを書くことに悩んだことは一回もないのです。コピーというのは打ち合わせの時にあって、頭の中に出てくるのです。あとは企画書をいかなるプロットで作るか? というのが私にとっての最大の問題なのです。ですから、私は仕事で悩んだことはありません。
それは、才能なのです。それらの才能のない人間には、高価値のコピーは書けないのです。フロック(まぐれあたり)で一回くらいは書けるでしょう。しかしそれを十年、二十年にわたって続けることはできません。これは、ビジネスです。
一つの言葉を価値あるものとするためには、
◎ビジュアルも必要
◎全体のキャンペーンテーマも必要
すべてを総合して、お金に変わるのです。
何田:他人に説明できるプレゼンテーション能力・・・…。
積:プレゼンテーション能力とはね、例えばiPhone(アイフォーン)を売る能力と全く同じです。また、iPhone(アイフォーン)を作る能力と全く同じです。九十九%が、全部論理回路なのです。最後の一欠片(ひとかけら)だけに、創造性が必要なのです。その最後の一欠片(ひとかけら)の創造性がなければ、すべての論理構成は無価値なのです。それが人間社会のルールだと私は学んだから、神様業をやっています。神様業も、また同じなのです。九十九%論理回路と一%の次の時代の神性(創造性含みます)。過去にある神性は必要ありません。すでに世に出ているからです。九十九%の論理回路と一%一欠片(ひとかけら)の次の時代を作る神性が必要なのです。何田さん、このことを皆さんに伝えてほしい。これは科学技術と同じなのです。創造というジャンルでは、仕組みは全部同じなのです。
九十九%が過去の蓄積の論理回路の延長上に、やがてこうなりますよ、という内容をきちんと論述できる能力がなければ次の何かを作り出す能力は生まれないのです。ですから現在の日本の芸術大学で教えているカリキュラムは私にいわせると無価値なのです。あなたの個性が…とか、あなたの才能が…とか、オリジナルの何かを作り出しなさい…なんていうのは、はっきりいえば無価値なのです。そうではなく、完全なる論理系を持っている人間以外は最後の一%の創造力(創造性)を発揮できません。科学と同じなのです。創造性というのは。
何田:ああ、なるほど、納得できました。科学も最初に気づきがあり、「あれ、なぜだろう?」から始まります。その最初の気づきは創造性がなければ発見できないです。一%ですか? かなり、少ないですね。
積:一%以下です。
何田:それは、ほかの芸術の分野である、絵画も音楽も同じでしょうか?
積:全部、同じです。九十九%の論理系は学校で学べるのです。でもあと一%の創造力(創造性)、全体の一%程度ですが、その創造力(創造性)がない人間はお金を得ることはないのです。それは、九十九%はだれでもできるからです。もうすぐくる次の時代でいえば、九十九%はAI(人工知能)でできます。でも、「最後の結論は、これです」という結末、それらが文章であるのか、絵なのか、写真であるのか、という芸術の種類が違っても、結末(方向性)を選び取るのかはその人の才能(能力)です。それこそがお金になるのです。