神を超えよ!仏を超えよ!

第121回

未来の可能性 その八
二十世紀はお金の時代だった

◇お話し:積哲夫 ◇聞き手:何田匡史
二千十九年六月五日 配信

:実は、現在の日本人の皆さんに問いたいことがあります。私が、問いたいことは、たとえばビジネスをして資産十兆円の道を歩みますか? もしくは政治闘争に勝ち抜いて、中国共産党の習近平さんの様に資産十兆円を得たいですか? あなたはどちらを選びますか? というお話なのです。現在の地球上における、お金というものについて問いたいわけです。ビジネスでもお金はつくれます。権力を握ってもお金はつくれます。この、お金の見方というのは、神様世界を知っていると地獄への切符だよね、どっちの道に行っても地獄への切符だよね、ということなのです。

何田:会社をつくったり、起業される人は、理念というものがよほどしっかりしていないとダメということですね?

:いまの時代、お金が欲しい人は起業せざるをえない。お金が欲しければ、お金になることをしなければいけません。それはそれで行動すればいいのです。それで行動して、お金が目的になれば人生は虚しくないですか? ということです。お金が欲しいというのは、ある目的を達成する手段であって、お金が目的になってしまうと地獄に行き着くという、道理です。人生を普通に生きていれば気がつきます。昔の人は偉かった、というのではなくて、昔の人はお金の限界を知っていたのです。昔の人は、一方でお金を儲けても、もう片方でお金儲けとは関係のない社会に対して何か良いことをいっぱいしてきたのです。それは、罪滅ぼしみたいな意識があったのだと思います。

何田:ああ、なるほどです。お金ですね。お金はとても大事だと積先生は以前にいわれました。大義、神様事、社会の貢献をしようとしても、お金が無ければそれはできないです。しかし、お金儲けが目的になっては地獄に行くだけです。積先生は、お金を使うことの大事さは崇高な目的の達成ためにある、といわれた様に思います。天はお金の使い方も考えなさい、といわれているということでしょうか?

:何田さん、現在の地球を取り巻く時代は、すでに世界がお金で買われてしまったので、お金が苦しみのもとなのです。お金が苦しみのもとだったならば、お金を苦しみのもとにした人間の歴史の中で、私達は何を学ばなければいけないのか? ということを精神学は教えているのです。精神学が教えている内容は、なぜお金が苦しみのもとなのでしょうか? という問いに対して、いまの世界の問題は、聖書の神様が自分の問題を解決するために起こった現象だということです。
どういうことかというと、聖書の神様が「私は妬むものです」といったから、聖書の神様をまねて、妬むことを実行したユダヤのお金持ちが世界のお金を自分の所に集めて、全世界のお金を自分の支配下に置いたのです。だから皆さんがお金で苦しむのです。それが現実の社会です。精神学が教えているのは、つまり妬みを実行すると苦しみが生まれる、妬むことは間違いであると証明された、ということです。

何田:なるほど、つまり世界の人間は、聖書に書かれていることが実現しているのですね。聖書に書かれている神様の内容をまねている、ということでしょうか。聖書は予言書、古事記も日本書紀も予言書といわれています。神話に書かれている内容に触れた人間は、現実世界でその内容を実現させてしまい、それは神様のされたことだから人間がまねて幸せになろうとするけれど、神様が間違っているから人間も地球世界も社会も苦しむ、ということですね。精神学は真実を教えていると・・・…。だから、聖書の神の問題を解決するために「最終知識」という書物が二千年に世に出されたということでしょうか。

:お金の前は武力だったのです。現在は武力を行使するにもお金が必要なので、お金がないと武力も行使できないので、お金がすべてになっています。それがアメリカ文明です。だから科学技術の出発点には、実をいうと、それらの価値観の転換があるのです。つまり、お金の文明なのです。ということは、宗教の文明ではないのです。宗教はとっくの昔に、お金にその座を明け渡したのです。現在の人類はお金を崇めているのです。

何田:お金を神様だと信仰しているわけですね。

:そう、お金の神様的性格というのは、ユダヤ人のカール・マルクスがちゃんと指摘しているわけです。

何田:それはマルクスさんが警鐘を鳴らしているということですか?

:マルクスがお金に対して警鐘をならしているようにみえますが、マルクス主義というものは、マルクス主義がなぜ生まれたのか? というと、ヨーロッパの王侯貴族を追放するため、に生まれたのです。そこに聖書の神様の、私は妬むものですという言葉の意味を読み解かないといけません。つまりヨーロッパの王侯貴族が所有していた富を庶民が妬んで、暴力で略奪したわけです。聖書に書いてある通り、神様も妬むものだから、自分も妬んでいいでしょうと都合よく解釈して、革命を起こしました。本当は、妬むことは間違いだから、妬んではいけない、ということを聖書は伝えているのです。
聖書のストーリーを、それこそ性格の悪い人間達が裏読みして、裏読みしたらこうなるよねと、それを基にわざわざ行動してつくったのが現在の地球世界です。だから、現在の地球を取り巻く世界は、悪魔の世だよと私がいっている根拠は、聖書を裏読みしたらこういう時代がくるよと聖書に書かれていました、とお伝えしているだけなのです。そういう風に考えたらものすごく解りやすいのです、この時代は。この前の光文書に私が書いたことは、私の人生のテーマであった、この地球はマネーの支配から解放されるのか? という答えがみえてきたと書きました。
私の中では、ああこれで私は勝ったと思いました。

何田:それはマネーの衰退ですか?

:マネーというか、現在のマネーのシステムの衰退です。それを私が生きている間に、一般の人が解るようにして、新しい経済というものはきっとこっちの方向だよ、というのを指し示して、死ねたらいいな、と思っています。