何田匡史がつなげるシンダラ情報

第10回目

総本山

2022年7月23日
語り:たずさえ社

諏訪大社本宮での御神業を終え、私たちは上田城跡に向かいました。
真田信繁(幸村)の父、真田正幸によって築城された上田城は、徳川軍を二度にわたり撃退した難攻不落の城として知られています。
本丸跡のお堀を左回りに三週廻ったところで石神師が、此処には、よどみがないね♪と、言いました。
そして真田神社を見学して上田城を後にしました。
翌日、松代にある旧前島住宅を訪れました。~松代に現存する最古の武家屋敷~

私的に、この度のご御神業で一番重要だったのが、此処、旧前島住宅なのです。
3年位前から訪ねたい場所だったのです。

二代作左衛門一之は、真田昌幸・幸村父子が九度山蟄居の際、家臣十六名の一人として供奉しています。
昌幸が死去した後『大阪の陣』には加わらず他十三人と、上田に帰郷しました。その後、元和8年(1622)年に、真田信之が上田より松代への移封の際お供し、屋敷を現在地の松山町に拝領されています。その後昭和初期まで居宅として使われていました。

管理人さん曰く、古文書には、前島性の発祥はこの地から始まっています(^^♪ 
ここは前島性の『総本山』ですよ‼っと、『全国の前島性の総本山なんです‼』と、力強く云われました❕ 因みに管理人のおじさんは近藤さんでした(^^♪

家系図には『治』・『作』・『一』の付いた名前が多いのが特徴です。因みに、私の祖父は『治作』、父は『正一』です。
此処に来て、芯のない空洞化現象を止めるきっかけになれたような気がしています🎶
心地の良い場所です。縁側に座して、池を微睡みながら浄化上昇を楽しみました(^^♪

さあ~♪明日も生き活きと働くぞ~♪ 農耕も楽しむぞ~♪、そして自分磨きに勤しみます♪