Mackeyの「命の書」通信

Vol.3

「日本語ってやっぱり変わっていて」

2024年10月31日

Mackey

(2024年10月30日収録)

マッキー:こんにちは。「命の書」通信のお時間です。

ナンダ:ナンダでございます。皆様、今週もお会いできて光栄です。

マッキー:衆議院選挙が終わりました! すっごく難しい選挙でした……。

ナンダ:お疲れ様でございました。大変だったでしょう。

マッキー:誰に入れよう……って、毎回悩みますよね。普通の人は、公約とか見て選んでいるんでしょうけど。私はうわべというより、党の中の人たちの思いとか言動を重視するので……ていうか、今の政治って嘘ばっかりじゃないですか……いえ、もうこの辺で愚痴は終わりにしておきます。不毛なので。

ナンダ:そうしましょう。今は日本がどうなるか、固唾を吞んで見守っています。

マッキー:え、それはシンレイカイも、って意味ですか。

ナンダ:そりゃそうですよ。ご親族やご家族を残して来られた方がほとんどなんですから。日本はダメだねぇ、って外国の方は仰いますね。

マッキー:あ、言葉、通じるんですね……。

ナンダ:暇やからですかね、最初は日本語をよう話しはらへんかったんですけど、神界語が日本語だってこと、シンレイカイでは日本語を学んだ外国人の方が伝えはって、なら、勉強してみよか、って人も増えてはる印象ですわ。

マッキー:死んだ人は物わかりがいいんですか?

ナンダ:やっぱり、実際死んでみて、ああ、こうやったんか!って納得しはる方も多いですね。でも、精神学のことは、やっぱりにわかには信じられん!って人も多いです。しばらくしてから、もう一回教えて、って言う方も居はりますけど。

マッキー:日本語ってけっこう難しいのに、よくやりますよね……。それを母国語にしてる私たちは何なんだ、って感じですけど。

ナンダ:思ったのは、やっぱり日本語を使っていると、頭の構造が変わるんですよね。非常に繊細な感性を持ち合わせていないと、日本語というのは使いこなせない。外人さんは、日本語を使い始めると、頭の使い方や考え方がどんどん変わっていって、昔の自分がものすごく攻撃的で直線的だった、って言いはるんです。丸くなるというか、生きていく時になんだか肩肘張らなくて楽になる、って言うんですよね。

マッキー:ああ、そういう変化はよく聞くことですよね。会長なんかは、日本語は言語として論理的思考ができるから~って話されていますし。

ナンダ:その辺はね、意外に思われるみたいです。日本語は柔軟に変形できるので、情報量がたくさん扱えるのがその要因なんだろう、と。世界では英語で論文を書かないといけないのに、日本語圏では日本語の論文もたくさん面白いものがあるみたいに言いはります。これだけ日本語で完結できるのはすごいって言いはるんですよ。英語じゃないとすんなり書けないことが、日本語でも多少ぎこちなくはなるけど書けないってことがないと。

マッキー:へぇ、そんなものなんですかね? 今まではノーベル賞も日本人が多く出ていましたが、たぶんこれからはちょっと変わってくるかも知れませんね。

ナンダ:あら、そう思われますか。

マッキー:日本がここまで落ちてきたので、もしかすると、研究分野も世界的に何か変化が出てくるような気がするんですよね。

 

続く。

 
 


 

『いま、生きている人間のほとんどは、死んでいくべきところを自ら想定することなしに死んでいきます。』
『日本の死者のたましいは、行き場も知らず、祈りによっておくられるわけでもない』

今、日本にはこれまでの宗教的世界観とは無縁の、新しい霊界が生まれています。
あらゆる死者は行くべき場所も知らず、また、これまでのどのような祈りや弔いも無効化しているために、どこにも行けず、ただ暗闇の中にいるものがほとんどです。
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