第21回

闇の処理

2022年9月 29日
編集:日戸 乃子(ひと のこ)

 

 

山の斜面で転び、手をついた下に朽ちた細めの切り株があり、左手の掌を突き刺しました。

それが、9月24日の土曜日の話で、刺創は深さが3㎝ほどあり、すぐに病院へ。レントゲンの結果、次には私の地元の県立総合病院へたどり着き、大きく掌を切開する緊急手術になりました。傷の奥には、苔むした木片が残っており、それをすべて取り去る必要があったのです。

あれから五日が過ぎて、毎日、抗生剤の点滴を受けながら過ごしてします。時たま、ドクターヘリが飛んできて屋上に着陸し、また飛び去って行きます。4人部屋なのですが、私のほかは膝の手術、大腿骨の手術、肩の手術のお三方で、80歳代2人と70歳代1人という構成です。(私が最年少の60代になります)毎晩、手術後のイタイ、イタイ…の声が充満している病棟です。(整形外科病棟ですからね)でも、ここで働かれている方は、医者も看護師もお掃除の人まで含めて夜勤でも日勤でも、いつも笑顔で前向きに接してくださって(中には例外の方もいらっしゃいますが)、久しぶりの入院ということもあり、いろいろと物思う時間ができています。

2016年に79歳で亡くなった実母は、この病院で定年退職まで看護師として働いていました。(間で県内を数回、転勤していました)私にとって、支配的で万事に厳しく、愛情表現のない母親は苦手で、反発心もあり、母親の死後もなかなか過去の思いが整理できなかったのですが、浄化上昇をすることで少しずつそぎ落としていったものがあります。

前回のブログで母親の弟である叔父のことを書きましたが、子ども時代の環境や人間関係から、私は常に自分が受けた闇を、次には自分の心の中でさらなる闇として吐き出し続けていたのだと思います。そう考えると、どれだけの闇を作り続けてきたことになるのでしょうか。この作業を、人間一人一人が、大なり小なり言葉として闇を生産して自分の外側に吐き出してきたならば、この地球が闇に覆われているといわれても納得できるのではないでしょうか。人のことをあれこれというのは、まさにこの闇の再生産にほかなりません。

実は、私の世界には、私だけしかいないということです。私に向かって闇を吐き出すものがいても、それは私には関係ないことで、闇を吐き出す人の問題なのです。ただ、それに反発してしまう、または反応してしまうと、その闇エネルギーの循環につかまってしまいます。横のつながりにつかまってしまい、人間関係のエネルギーの中で、人は闇をためて疲弊していきます。

大切なのは、上に向かう意識エネルギーで光の宇宙につながろうとする意志でしかないのです。地球は、人間が出す闇で覆われています。その闇に覆われた地球を個々の意識が抜け出すことが、すでに「聖書の時代」が終わったこの時代には不可欠なことなのです。

 

日戸 乃子(ひと のこ)

第15回目

安倍元総理の国葬に寄せて

2022年9月29日
語り:説諭士

 9月27日(火)14:00
日本武道館において営まれた国葬に、わたしなりの思いを記したいと思います。
賛否両論の意見があっても、国葬が行われている時間帯にもかかわらず、反対派のデモがおこなわれていたようですが、この光景は反対賛成に関わらず、せめて国民の一人として哀悼の気持ちを示すべきではないのだろうかと、少々悲しい気持ちになったのは、わたしだけでしょうか。
例え旧統一教会問題に関することが大問題となっていますが、今後にはかるべき課題として議論すべきであって、『たましい』を尊厳視する観点から、やはり「ご苦労さま」という労いと『タマシイ』が安らかでありますようにと、手を合わせる心を持ち合わせて欲しいと思いました。
この気持ちは、あくまでもわたし個人の気持ちです。
長年日本の国のために頑張って来られた方に、感謝の気持ちを、お届けしようと思う気持ちは当然だと…

テレビの画面では、全国から献花を捧げようと、長蛇の列が続いていると紹介されていました。
心から、献花をささげる多くの人たちの中に、10代や20代そして子供達が、「ありがとう」を言いたくて来ました。とインタビューに答えていました。

日本よ!
日本人よ!
世界の真ん中で咲き誇れ!
と安倍総理の口癖だったことが、菅前総理の送りの言葉にもありましたが、前代未聞の衝撃的な死を遂げた安倍総理のことは、一生心に刻まれることでしょう。
そうした子供達が、きっと必ずや、日本の未来を背負ってくれることになるでしょう。
安倍総理の死は、若者達にとって日本の未来に光を投じてくれることを信じて、安倍総理のご冥福をお祈りしたいと思います。

◎追伸:このチャンネルでは、今後『お悩み相談室』を解説させて頂くことをお知らせいたします。

第20回

決別というさようなら!

2022年9月 22日
編集:日戸 乃子(ひと のこ)

 

※今回は、すこし私の内なる闇の話になりますので、現在、精神が不調の方は読まずに飛ばして、また後日、改めて読んでくださいね。

 

世間には、自分を中心に世界が動いていると信じている人が少なからずいます。

自分で自分をほめる自慢話と、人に対してマウントを取ることを生きがいとしており、誠実性は薄く、弱き者には強く、強き者にはだまり、得があると思えば口上手く強者に取り入り、自分を売り込みます。いや、お友達にはしたくないし、どうしても関係しなくてはならないなら、お付き合いは最小限にしたい相手です。

そんなひとりに定められるのが、母方の末子の叔父でした。

私の年齢分だけ、叔父とはお付き合いがあったわけですが、私と妹が小学生の時に母方の祖母が数年間、3日に1日ぐらい子守に来ていたことがあり、その分、母の実家が留守になっていたので、「お前を見るために、母親(おばあちゃん)が子守にいっていたから、中学生だった俺は寂しかったんじゃ!」と、70歳が近くなっても私の顔を見るといわないと気が済まない、精神年齢はまさに中学生ぐらいの叔父でした。過去に中学生の叔父から妬まれていた私は、その頃その母方の祖母にいじめられていたのですが、そんなことはまったく叔父は気が付いていなかったでしょう(ちなみに、実母も「ぜんぜん気がつかなかった」と当然のように言っていました)。正確には、祖母は私ではなく、4歳下の妹を見るために田舎から来てくれていたのです。そういう理由で、叔父は私に会うと過去の自分の幸せを無断でかじったものとして、私に意地悪な言動をすることを繰り返していました。子供にとっての9歳の年齢差は大きく、夏休みになって母方の実家に妹と一緒に預けられるたびに、私はいつもいわれのない理不尽な悔しさを感じていたのです。

その叔父が2022年9月14日にガンで亡くなりました。15日に、大阪に住む母親の妹の叔母から連絡があり、16日にこちらの地元でお葬式があったので、亡くなった母の代わりに出席して、最後を見届けました。疎遠になっていた叔父の40歳代の息子と娘(いとこたち)とも会い、いろいろと情報交換をしたのですが、叔父の行状は私が母親から聞いていたものよりひどいものでした。

結局、いとこたちが小さいときに、叔父は自分の不倫が元の離婚の末に、いとこたちを養護施設に預けて、それを見かねた祖母が引き取って育てていますが、その後も借金を重ね、それも祖母に支払わせて、祖母が亡くなった後は、成人した子供たちにもお金の無心をしていたことがわかりました。そのようなことから、ここ十年近くは子供たちとも絶縁状態になっていたのですが、自分の死期が近くなったこともあり後を頼む者がいないことから、ふたたび叔父からいとこたちに連絡を取ってきたということです。そして、まだ明らかにはなっていないですが、いとこたちの話ではいくらかの借金が残っている可能性もあります。

万事に手堅い私の母親とくらべると、兄弟といえどもまったく異なる生き方を叔父はしてきたようにみえますが、この自分中心の「俺が感」、世界の中心に自分がいるという万能感は、祖母を含めて母方に共通する思考で、それがある意味カルマ(業)的なものになっています。ピラミッド(ヒエラルキー)の頂点に上ろうとする人間の普遍的な欲望といえばいいのでしょうか、他人を支配しようとする意識面が強いのです。要は、人に向けて発する『念』が強い人間として存在することになります。私は、小さいときから、それらの親族たちを見てきて、またその影響を受けて育ってきたのですが、もちろん良い面よりもマイナス面の方が何十倍も大きかったです。私の人生は、この人間が発するマイナス面のエネルギーを浴びることからの出発でした。

話を進めますが、私の中(小宇宙)には、私の年齢分だけの堆積された叔父への鬱積した思いがあります。

叔父の葬儀をきっかけにして、叔父との過去の記憶が次々と表面に浮かんできました。それらはほとんどナルシストの叔父が発する嫌なエネルギーをまとった記憶でした。それと同時に、私の中に怒りが再燃していきます。叔父は何を根拠にして、あれほど傍若無人で傲慢だったのでしょうか。なぜ、自分を大きく見せるという無駄なことに、まわりの肉親や他人を傷つけても、一生涯のエネルギーを費やしたのでしょうか。それは、うすっぺらな自己満足の虚構でしかないのに…。

「叔父が私の夢枕に立ち、自ら懇願するまでは『命の書』には入れない。いや、叔父は命の書に入れるほどの価値があるのだろうか? どうせ、生きていても死んでいても叔父からは感謝もされないのに、なぜ私がそれほどの愛を彼にあたえなければならないのか……」

憤懣やるかたなかったのですが、浄化と上昇をしているとだんだんと「こだわるのは、バカらしいなぁ~」と考え出したのです。叔父は生きている間、その叔父の発するエネルギーと言葉によって、私は子供時代から長年にわたり傷つけられてきました。しかし、叔父が死んでからも生前の叔父の言動や仕打ちにこだわれば(意識をすれば)、叔父のエネルギーは私の小宇宙にとどまり続けます。地獄へ行くしかない叔父を命の書に登録しないのは、いわゆる私の復讐になります。

過去の次元(聖書の時代)にあった『復讐』は、もう必要ありません。それらは卒業すべき感情であり、概念です。

本日、9月22日。叔父を命の書に登録して、代金も送金しました。

これにより、私の中にある、叔父に関しての過去の記憶とエネルギーを決別することができます。

 

日戸 乃子(ひと のこ)

第14回目

人間の意識が作り出した暗黒

2022年9月22日
語り:説諭士

 1995年1月17日、阪神淡路大震災のときでした。
ふと脳裏を掠めた想いは、一体この地震はどのようなプロセスで起きたのだろうか?
プレートの歪みが起こした自然現象なのだとは思いますが、どうしても納得のいかない部分があって、その思いのまま上昇(そのころはまだ瞑想と言っていましたが)しました。
すると右横の方から、頭のてっぺんに太くて大きな角を持った真っ黒な存在がスススーッと歩み出て、わたしの前に膝まずき、無言で頭を下げました。
その存在は、真っ黒で角が生えているが人間の姿でした。
一瞬のことなのでその意味が理解できていません。
「暗黒の世界を覗いてみよ」と言う言葉が降りてきました。
数日後「不安を抱くな、あなたはその世界を知る必要がある、恐れるな、不安と恐れは命取りになる、お役目だと思いなさい。」

数日後、わたしの心が定まったので、呼吸を整え向かいあいました。
部屋の中で風など感じる由もないのに、わたしのすぐ前で、風が起きています。
その後風がどんどん強くなり、両手を畳について身体を支えるのが精一杯でした。
次の瞬間、ゴーッという音とともに、地の底に瞬間移動です。
降り立ったところは真っ暗な世界で何も見えません。
わたしが立っている目の前が、暗黒の入り口だったのです。
いり口の黒い幕がスーッと下されました。
一歩前に進めようとしたその時、中に足を踏み入れることを拒否されました。
真っ暗な世界に目が慣れてきたのか、悪魔さんたちの姿が見えました。姿は人間です。中には妖怪のような存在もいました。
とんがった山の重なりあった所から、沢山顔を出しています。
どの目も鋭い目をしています。
一瞬わたしの足がすくみました。
「不安を抱くな、恐れるな」の言葉がわたしを勇気づけてくれました。
咄嗟にわたしが言ったのは、「怪しい者ではありません。あなた方の世界も私たちの世界も、元はひとつ」だと言いました。
瞬間に鋭い目が一瞬に柔らかい目に変わったのです。
どうやら受け入れられたのかと思い一歩前に踏み入れましたが、奥には入れないという無言の約束があるようでした。
奥の奥には大魔王が居る、そう思いつつその世界にも意識の層があり、わたしが見たのは本の入り口に過ぎないことを知りました。

このような体験から27年立った今、わたしの環境も変わり、精神学協会に唯一存在するタマシイの救済『命の書』というものがあり、その「命の書」の存在がわたしのお役目にとっての切り札的のものとなりました。
私たちは、全てが審判されるという前提で今を生きていますが、死んで審判されるより、生きているうちに審判を希求し、各々のカルマ(持って生まれたテーマ)を、少しでも早く卒業することが、この世での時間も楽しいものとなり、あの世でも光に導かれ「タマシイ」にとって、この上ない幸せとなります。
今後「命の書」の普及にエネルギーを注いでまいります。

第17回目

農に学ぶ

2022年9月18日
語り:たずさえ社

左折禁止の標識に、迷う赤トンボが揺れているのを、信号待ちの車窓から見ました。
移り変わる季節の中で、彼の心も揺れ、喧騒の日々に埋もれてゆく。そして孤独な悲しみを、セピアカラーに染めていく。
彼は道づれ求めて、人海を漂う。彼らは安らぎ探して、これから何処へ行こうとしているのか。

このところ、人の入れ替わりで、心身が痛みます。淡々と消化できない己の非力を恥じます。
百姓をやっていますと、癒されもしますし♪諭されもします♪ 自らの働き方に、驕りはないか、慢心はないかと…♪
先ほど逝去された稲盛和夫氏は『大善は非情に似たり、小善は大悪に似たり』と、言って、京セラのみならずKDDI並びにJALの再生など数々の偉業を成し遂げたました。農にも言えることです。良い菜を作るためには、適切な時期に大胆な剪定が大切です♪ 我が、たずさえ社も、そのタイミングが来ているような…(^^♪

大型台風14号が日本列島を直撃しそうです。できるだけの備えを畑にします。さて、今日も生き活きと働くぞ~♪ 農耕も楽しむぞ~♪、そして自分磨きに勤しみま~す♪

第13回目

祈り

2022年9月15日
語り:説諭士

 精神学協会積会長より伝言がありました。その内容は「ユダヤの人たちの意識体が、高田さんに集まっています。その人達のために祈ってあげてください。」と言う内容でした。
咄嗟にわたしが返事を返したのは「ユダヤと言ってもアブラハム、イサクの血をひく純粋なユダヤの人達とユダヤ経を信仰しユダヤと言っている人達が居るようですが、」と返したら、「どちらにも良い人と悪い人がいます。とにかく全てのユダヤの民だと信じている人たちのためにです。」というお話でした。
わたしの『タマシイ』に刻まれた六芒星が関連しているのだと理解したので「わかりました。お祈りいたします」とわたしは、お返事いたしました。

ユダヤ問題は、世界のタブーだと言う人もいます。
昔は、ユダヤの血を引く者と分かれば一族皆殺しにあったと言う人の話も聞いています。
わたしの祈りというものは、すべての人に対して愛を持って祈りをするものです。
ユダヤの民だと信じている人たちのために、平穏な日々と愛の光が届きますように、そして平和な世界が訪れますように!
ただそのことを真剣に祈ることが、平和への方向性が示されるのだと、自分が信じている神に祈れば良いとの結論を得ました。

今わたしがやるべきことは、聖書はある宗教の経典ではなく、神の預言書(神から預かった言葉)としてのものであること。そしてメッセージをくださっているモーセ様やイエス様を信じること、更には空海様や道元様もレビ族であるというメッセージが降りたことも含め、わたしはそれらを信じ、自分にしかできない祈りをさせていただきます。
その気持ちには、宗教的なことや民族的なこと、さらには政治経済のことは一切関係ありません。
ユダヤの人たちが日本に来ているという真実もある程度理解しています。

以前「世界の雛形は日本、日本の雛形は和歌山です。頑張ってください。」と積会長から言われた言葉の意味には、色々な意味があるのでしょう。
『全てが自分のための学び』だと受け止めています。
今後ユダヤのことに関しては、祈りを通して感じさせていただいたことを書いていくつもりです。
しかしまだどのような内容になるのか、今はまだわかりませんが、空海様、道元様もユダヤの血を引くものであると言うことも伝えられていますし、モーセ様やイエス様からのメッセージがあれば、お伝えすることがあるかも知れません。

第19回

シンレイカイからの情報発信!

2022年9月 14日
編集:日戸 乃子(ひと のこ)

 

2022年9月11日(日曜日)の午後に、『第63回シンロジカルセミナー』が大阪にて開催されました。

私はセミナー前に、何田匡史(本名:増田匡史)さんが積哲夫氏の聞き手(対談者)として登場する新刊本「神を超えよ! 仏を超えよ! 積哲夫の言葉【一の巻】」の紹介と、申し込み受付のお話をさせていただいたのですが、やっぱりここはご本人から一言いただきたいと思い、死者の通訳(代弁者)ができる方に、彼の言葉を伝えてもらいました。何田さんもうれしかったようで、当日は会場に早くから来てくれていたようです。以下が、彼の言葉になります。

———-

皆さん、増田(何田)です。

この度は、積先生と私の対談本である『神を超えよ! 仏を超えよ! 積哲夫の言葉』というまことにたいそうな本を出していただきまして、ほんとうにわたくし、感無量でございます。

出来れば皆さんにも、積先生のありがたいお話とかを知っていただきたいので、ぜひぜひご購入下さい。

おねがいいたします。

———

と、ご本人が通訳を通じて、おしゃっておりました。何田さんの、生前の生真面目な人柄がにじみ出ていました。

ナンダ師として、シンレイカイで働いている何田さんには、ぜひともシンレイカイの様子や、シンレイカイで出会った死者の方のお話などを伝えていただければ…と、私は個人的には考えております。『命の書』に登録してほしいシンレイカイにいる死者の方も、何田さんのところにご相談にいらっしゃっているようです。まあ、死んでしまうと、あちらとこちらの距離は遠いので、どうせならば生きているうちに、自分で自分を登録できるうちに『命の書』のことを、知りたかったことでしょうね。

でも、死んでしまった皆さん。あきらめないでください。家族の方の夢枕に立ち続けたら、いつかは気が付いてくれるかもしれませんから。実行あるのみです。がんばりましょう。

もうひとつ、心に残った記事がWEB掲載されていました。

以下、神戸新聞からの転載になります。


タイトル「45歳の死、生きざまに反響 別れの動画再生200万回 緩和ケア医関本さんの言葉に「励まされた」

緩和ケア医としてがん患者約千人を看取り、自らもがんのため今年4月に45歳で亡くなった関本剛さん。生前に収録し、自身の葬儀で上映した「別れのあいさつ」の動画が注目を集めている。遺族の了承を得てユーチューブの神戸新聞チャンネルに掲載すると、半月ほどで再生回数が200万回を超え、高評価も3万に達した。「励まされた」「希望をもらった」-。コメント欄には感謝の声があふれている。(津谷治英)

関本剛さんは神戸市東灘区出身で関西医大卒業後、病院勤務を経て2018年、母雅子さん(72)が開業した緩和ケア専門の関本クリニック(同市灘区)院長となった。翌19年に末期肺がんと脳転移が見つかり、抗がん剤治療を受けながら、亡くなる1カ月前まで患者の診療を続けた。

動画は病状が落ち着いていた2年前に収録され、遺言通り通夜、葬儀で流された。今年8月には、母校の六甲学院中学・高校(同市灘区)で同窓生らが開いたお別れ会でも大画面で紹介された。

「いささか短い人生ではありましたけれども…」。動画の中で、剛さんは話し始める。自らの死を念頭に置きながら湿っぽさはなく、カメラを見つめる瞳も言葉も落ち着いている。家族や友人に恵まれ、目標にしていた仕事に従事した生涯を「最高の人生」と振り返った。妻と子を残していくことだけが気がかりと明かし、「よろしくお願いします」と頭を下げた。一方で「あの世に行って、先に逝かれた先輩たちとおそらく宴会三昧の日々だと思う」と視聴者を和ませる配慮も。「後から来られる皆様のために、いいお店・いいお酒を手配してお待ちしております。そんな日が、少しでも遅くなりますことを」。笑顔で手を振り、別れを告げた。

     ○

再生回数は9月10日正午時点で216万回を突破。視聴者は中高年の女性が多いとみられ、コメントも830件以上が寄せられた。「死に直面していながら、この冷静さと穏やかさ、さすが緩和ケアの先生」「全く存じあげない方なのに涙が止まりません。生を無駄にしてはいけないと、勇気をいただきました」

励まされたという医療従事者も。「看護師です。今まで患者様のために走ってきた人生だと思います。私も先生の分までこれからも頑張っていきます」末期がん患者からの言葉はひときわ重い。「緩和ケアが始まるところです。…いかに生き切るかが良き死を迎えることだとしたら、この方の生は誠にそういうものだったのでしょう。うらやましくも希望であります」

母の雅子さんも反響の大きさに驚いた様子で、次のようなコメントを寄せた。

 「剛のメッセージがお役に立てているのを喜んでいます。将来、天国であまりに多くの方々から声をかけていただくことになり、剛もびっくりすることでしょう」

●関本剛さんの動画記事

—————–

多くの人を見送った緩和ケアの医師だからこそ、現場でたましいの存在を確信していたから、関本剛さんはこのような死後も存在し続けることを前提としているビデオ・レターを残されたのだと思います。死んでも意識があり続けると知ったら、現在をどう生きるのかを真剣に考えると思いませんか?

いま生きているその生き方が、死後にも問われるということになるのですから。

日戸 乃子(ひと のこ)

第16回目

命の書

2022年9月10日
語り:たずさえ社

7月の大阪セミナーで、私を見るなり、師が言いました。『なんで君そんなに妬まれているの?しかもおっさん達に…』余りにも唐突な問いかけに、私、『特段心当たりはありませんが…?』それからと云うもの、師からの問いかけが脳裏を離れません。そして数日が経ち、ある三名を特定しました。
その内の二名は、今年、私の元を去った二人。あと一人は、私に百姓を進めたGさんでした。
特にGさんとは、週に二回は酒を酌み交わす程の関係でもありました。
そして三名を回想し『命の書』への登録を決意しました。

『命の書』が、私の元に届いた翌日、何時ものようにGさん宅を訪ねました。
いつになく怪訝な表情で私を迎え、開口一番『私は精神学が嫌いだ!』と、語りだすのです。しかもこのタイミングで!
『毒』吐くGさんを淡々と見つめながら『命の書』による反応を強烈に目の当たりにするのは、初めてではありませんが、今回は最強でした。そして『毒』を吐き終えたら、『憑物』が落ちたかのように、いつもと変わらぬ柔和なGさんが、そこに居るのです。当分、このサイクルは繰り返されますが、私の経験上、人にもよりますが一定の期間が過ぎると、心穏やかになります。父も義母もそうでした。

後日奥様より、『このところ主人の体調も悪く、気分が高ぶっていて、何かの拍子で前島さんを思い出すと、挑戦的で激高します。私も困っています。当分の間は、我が家に立ち寄らないで下さい』と、メールが入りました。このまま、Gさんとの関係が、遠くならないよう祈る限りです。

今を生きる人に『命の書』への登録がもたらす変化(反応)は、怒りを受けたりもしますが、最後は登録した側、された側への学びが実感できます。後で後悔しないためにも、気になる方への『命の書』への登録はお忘れなく♪

そう言えば、随分前に家内を『命の書』に登録しましたが…♪ ず~っと『毒』吐かれてま~す(^^♪ 
違うか~♪

さて、今日も生き活きと働くぞ~♪ 農耕も楽しむぞ~♪、そして自分磨きに勤しみま~す♪

第12回目

たましいと肉体の神秘

2022年9月8日
語り:説諭士

 精神学協会会長 積哲夫著「最終知識」より引用
人間の知る物質的宇宙は、無が揺らぎ、ビッグバンによって生まれた。
それを偶然と認識する道もある。
どちらの道を選択するかは、一人ひとりの人間の完全な自由意志にゆだねられる。
それが唯一の神の意志である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
唯一の神の道とは、単にこの物質的宇宙に目覚めのペクトルを認め、全てを知りたいという意志が働いていると直感する人間の道である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
神界を学び、知ることから担うことに役割が変わった時に、次のようなビジョンとともに送られてきた。
『まず、暗黒の地球が見え、その地を覆う人間の想念が無数の層を形成しているのが理解された。』と記されています。
※注 わたしが見た『タマシイのプール』の中のタマシイが、黒い意味の説明が一部分証明されました。

現在の私たちは、過去の地球の滅びの責任を背負うために生まれているという説も、わたしは輪廻を繰り返すことを知っているからこそ、その節を信じるのです。
私たち人間の想念はとっても強く、貪欲な悪の想念ほど真っ黒です。
人間は過去の歴史の中で、支配するための殺戮を繰り返してきました。
そして、それらの負の遺産として、地球に渦巻く黒いエネルギーを残してきました。
そのエネルギーの処理と、もう一つはその働きをするための準備として、一人ひとりの選んだテーマを卒業するために『タマシイ』磨きをしなければなりません。
自分自身に目覚めを起こすことです。
そのために、光の道筋を上昇して浄化する方法を、唯一精神学協会に示されていますし、誰もが自由に学ぶことができます。
それを今回紹介しておきますので、以下の※のところを、目を閉じてリラックスし、声を出して行なってください。

※わたしは光につながり 光にみちびかれるものです
 わたしの意識の光に反する力
 わたしの身体の光に反する力
 わたしの意識と身体を去りなさい
 わたしは光に上昇します 意識に光 身体に光
 わたしは光に上昇します 意識に光 身体に光

光によって浄化され、意識を上昇させていくと、明るく光に包まれた心地よさがあり、邪悪な想念が侵入でき得ない意識の層があり、きっと清浄な心に導かれるでしょう。

人間は苦境に立たされてしまうと、占いや宗教などに頼って、盲目に信じてしまう弱い部分も持ち合わせています。
他人に頼っても真実の答えは、あなたの中にしか答えがなく、一時は良くなって問題解決したように見えても、本当にあなた自身が気づいて、目覚めなければその問題を解決したことにはならないのです。
あなたを救えるのは、唯一あなたしかいない、『あなたの救世主はあなた自身』だと言うことを忘れてはなりません。
真っ黒な『タマシイ』の中に、光り輝く『たましい』が存在していることを忘れないで下さい。

そこに気づくための学びとして『精神学』が存在しています。
輝かしいあなたの未来のために・・・・・光はすぐ手の届くところに存在するのです。

第18回

人間の可能性

2022年9月 7日
編集:日戸 乃子(ひと のこ)

 

 

大型台風11号が通り過ぎていきましたが、事前の予想に反して被害は少なかったようです。

今年は、例年よりも大型の台風がやってくるという予測もあり、これから台風本番シーズンなのでまだまだ油断はできません。集中豪雨による被害も、今ではまったく珍しくなくなりました。

ところで、私の身体には首から左肩甲骨にかけて、筋肉痛とは別の鈍い痛みが出てきています。

「パソコンのやりすぎですよ。原因はわかっています!」と家族には怒られたけれど、そうかもしれないしそうでないかもしれない、のです。闇の深い場所に行ったことが原因の、エネルギー作用的なものかもわからないので、11日の大阪セミナーに参加して状況を見てから、それでも変化がなければ、診察を受けようと考えています。

頭の中(脳)にもエネルギーが詰まっているようで、うまく浄化と上昇に集中できません。すぐに別のことに意識が向いてしまうのです。そこで思い切って、浄化と上昇の時に使うお札を新しいものに交換しました。それで上昇してみたのですが、10分も立たないうちに寝ておりました。久しぶりです。上昇中に気持ちよくて寝てしまうのは…(寝ていたというか意識が途切れていました)。

大陸の中国は、全体的に渇水らしく植物の育ち具合も悪いようで、不作からの飢饉が予想されます。また大都市・北京などでも、銀行に預けてあるお金が引き出せずに、銀行前に長蛇の列ができている映像などがネットに上がるようになりました。住宅バブルが本格的にはじけてきているからです。一方で、アメリカ合衆国のニューヨークやロサンゼルスの街角の映像も、一派市民からネット経由で提供されているのですが、道路の両脇にごみがたまり、ゾンビのようにのろのろと歩く大勢の薬物中毒者の方たちの様子が映し出されています。最初は、「なんなの? 作り物の映像!?」と思って見ていましたが、それが現実のアメリカの大都市の風景の一角だと知ってこちらも唖然としました。この話を、知人に伝えてみたのですが、信じてもらえませんでした。そうですよね、この日本の平和さ、日常の変わらなさから比べて、世界の大国はすごいスピードで崩壊していっているのかもしれません。まさに悪夢級です。世界同時経済崩壊危機……これは十文字熟語に認定できますか。

世界の混乱が来た時に、現在の人間の能力と精神性で、それらの未曽有の危機が乗り切れるというのでしょうか。

これまでの歴史を踏まえて、未来志向の選択をすることができるのかはなはだ疑問ではありますが、『人間の可能性』が外付けでも何でもいいので、飛躍的に向上すればどうにかなるのかなぁ。まあ、七番目の文明に移行することは決まっているので、悲観的に考えても仕方ないですが、私個人としてはあと宇宙二つ分くらい賢くなりたいと願っております。(笑)

宇宙二つ分向こうのお話として、新刊『神を超えよ! 仏を超えよ! 積哲夫の言葉【一の巻】』が、すでに印刷にかかっております。9月中旬には、お手元にお届けできますので、ご期待ください。

日戸 乃子(ひと のこ)