第1回 神を超えよ!仏を超えよ!Ⅱ『デス・トーク』 2018年06月21日(水)

 お話し:積哲夫  聞き手:何田匡史

積先生:「なぜ今になって『死んだらチャンネル』を作りなさい、と天から指示が出たかの説明をします。精神学協会はこの世に2000年にスタートしてもう18年経っています。
そして、2006年の3月で、日本人のたましいのもとたる神格が、すべて人間に降りました。もう、12年も経っているわけです。
ところがこの6月に、人間に降りた神格から、このままでは、自分たちも、人間の霊界に閉ざされる危険があるとの連絡がありました。
2000年にスタートして、6年で、人間に降りた神格が、さらに、6年プラス6年で、大問題に直面したのです。」

何田:「神様方が、人間の霊界に閉ざされるなんて、起きるのですか。」

積先生:「起きようとしているから、問題なんです。人間は神の容器であり、審判の容器ですから、審判後に、暗黒面へ去るというたましいが多く存在しています。
さらに、これが最後であるという自覚のない多くの日本人の意識こそ、問題だったということです。」

何田:「それはもしかすると、イエスの時代の人間が、イエスを十字架にかけたのと同じように、自分のなかに降りていただいた神様を殺してしまうという行動を普通の日本人がしているということですか。」

積先生:「いま起きているのは、イエスの十字架の物語のくり返しではありませんよ。いよいよ、その次の段階に入ろうとしているから、いままでの知識にはないことが起こります。それが、問題なんです。
ところで、何田さん、あなたは精神学協会に入られて、いろいろありましたが、きちんと導かれて、この場におられます。その間、あなたが抱えてきた経済的問題も奇跡のように解決してきました。それらのことも天の配剤だということに気づいていますか。」

何田:「はい、とてもありがたいです。感謝しております。」

積先生:「いや、ありがたいじゃなくって、その分働きなさい!ということなのです。
天が心置きなく働ける用意をしてあげたからね、働きなさい、ということなのです。
わかりましたか?
そう言われたでしょ、上昇したら。」

何田:「はい、その通りです。『浄化上昇』したら頭に『あなたの残りの人生の時間と他すべてを天に委ねなさい』、みたいな言葉で伝わってきました。」

何田:「積先生、質問です。これからの時代『人は死んだら、どうなりますか?』」

積先生:「死んだらどうなるか?ではなく、どうなりたいか?ではありませんか。
『人はどこへ行きたいか?』が重要です。
『どこへ行きたいか?で死んだ後の霊体の行方が決まります。』
死んで、行く場所を想定していないから、行く所がないわけです。
それで行く所がないから20世紀の霊は墓場にへばりついていました。
いまは、そこにはいません。居場所がありません。」

何田:「自分は死んだ後、どこへ行きたいのか!を想定していないと迷うのですか?
これは重要ポイントです。現在、“終活”などをして自分が死んでいく準備をしている方々は死後どこへ行くのか、はちゃんと考えているのかどうかわかりません。
一番大事なのは終活でなく、死後自分が行く場所だということなのですね。
それができていないと“霊”として迷うことになる。
その人達はどう考えているのでしょうか?」

積先生:「かつての知識では、単純に、仏教徒なら極楽、キリスト教徒なら天国、みたいな所に行ければいいな、感じでしょう。
イスラム教の変なテロリストの人達は死んだら天国に行って何でも出来るよ、と言われて信じて自爆テロをするわけです。
しかし実際はそんな天国はありません。時代が変わったのです。」

何田:「しかし先生、生前に無い世界を想定しているとすると、死んだらそこに自分の都合の良い世界でも現れてそこに行けるのではないのですか?」

積先生:「行けますよ。でもそれは自分だけの想いの世界だから、その想いの世界に閉ざされます。
小さくなって、小さくなって、そうなったらもう転生はないから消滅します。」

何田:「ああ、そこに後悔は生まれますでしょうか?」

積先生:「後悔はあるでしょうね。こんなはずではなかったって。
こんなはずではなかったと後悔しているから、人に取り憑く時代が来るよ、って私は言ってきました。」

何田:「その人に取り憑く時代が現在、今であるということですね。
“あなたは死んだ後は何処に行きたいのですか?”
この『死んだらチャンネル』は丁寧に、結構皆さん思い込みの中で生きていますから、論理的というか、理屈で説いていかないと・・・。」

積先生:「だから“全て理”です。全て論理的に理解できます。
そう考えたら反論の余地はないでしょう。
“そんなことはない”と、理を無視して考えるの勝手ですよ。
しかしそのうちに沈静化します。ただ皆さんは“知らないだけ”なのです。
知り始めたら、『あっ、どうもそういうことなのか。ああなるほど、納得!』となります。
そこから先は“精神学”を勉強するかしないかは、その人の勝手です。
ただ、“死”というものは常に生きている間にちゃんと考えておいた方がよいのです。」

何田:「これから、宗教が伝えてきたのとは別の、大変なお話しがはじまるのですね。」

次回をお楽しみに!

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