死んだら人はどうなるのだろう?

このトピックには1件のコメントが含まれ、2人の参加者がいます。3 ヶ月、 3 週間前 mezzamine さんが最後の更新を行いました。

  • 作成者
    トピック
  • #222 コメント

    それはある意味、人類共通のテーマです。しかし、死んだ後のことは生きている人にはわからないことばかりのようです。
    例えば、家族や身内が亡くなったときに強く思ったり、闇多く巣くう地場での体験をしたときに強く感じたり、また夢や無意識のなかで故人や何等かのコンタクトを受けたときに強く意識するなど…。
    挙って皆様の経験をここに記(投稿)してください。そしてご意見も忌憚なくお寄せください。

  • 投稿者
    コメント
  • #243 コメント

    mezzamine

    父は2017年12月に約2年の入院生活の末、他臓器不全で亡くなりました。

    享年85歳でした。

     

    今から思えば父の意識は、入院生活をしている時からふと私の元を訪れ、離れて暮らす娘の様子を伺いにきていたのですが、葬儀前日に霊安室で寝る私の意識に出入りして、人の意識に乗ればあちこちへいけることを知って楽しんでいるようでした。

     

    すぐにそれと分かるのは、胸が重苦しくなり、父の様々な思いが伝わってくるのと、薬が気持ち悪く、それを体が排出しようとしていた事、病院で手足を拘束されて怒っていたこと、そういう状態が私の体にうつるからです。亡くなってから散骨するまでのこの半年の間にも、私にグレープフルーツが食べたいと伝えてきたり、私が疑問に感じたことに対して答えてくれたりと、近くに存在を感じる事がありました。

     

    頑丈な体をしていた父のお骨の半分以上は火葬場で処分されたために、骨壺に入るわずかな遺骨を半年ほど自宅で見守り、母の「そろそろ」の合図で散骨の準備を始めました。

     

    父は生前、お墓には入りたくないと同年代の方達の間ではめずらしく散骨を希望していました。私たち家族は父の希望通り、遺骨の一部は手間暇かけて作っていた菜園の近くに、

    残りを海に散骨する方向で確認しあっていました。

     

    2018年7月16日。

    骨壺に入っている遺骨を細かく砕き、その一部を持って、菜園近くに出かけ、マツリ主を務める主人の下、散骨をしました。お爺ちゃんに別れの挨拶をする幼い孫に「ほら、かずま、ここにおるがな」と存在を知らせようとする父は私の胸の内にいました。

     

    2018年7月17日。

    残りの遺骨を持って、和歌浦港から船に乗り片道1時間半程かけて太平洋まで運び、海に帰しました。神霊士として太平洋上で送りの儀を行って下さった和歌山の高田さんには、5年前にも義父の散骨でお世話になりました。

     

    船は高田さんのご友人で、高倉健さんの映画で散骨のシーンを見て、自分も協力したいと申し出て下さった方です。5年前の義父の散骨にも立ち会い、その時の光景を今も覚えていらっしゃいました。遺骨が太陽の光に乱反射して、海中に渦を巻きながら吸い込まれていく様子に感動されたそうで、今回も船を走らせて下さいました。

     

    船上で送りの儀を終えた時に、父の気配は感じられなくなりました。父が元気なうちに、命の書に登録をしてありましたので、本人の納得した時がこの世から去る時なのだろうと思います。

     

    みなさんにご協力頂きましたおかげで、父の希望を叶えられた事が、家族にとって心おきなく前を向いて生きるための一つの区切りになりました。今となっては、海を見る度に、自然に帰った父を思い出すことこそが一番の供養なのだと感じています。

     

コメント先: 死んだら人はどうなるのだろう?

プライバシーポリシーに同意した上で、コメント投稿を行ってください。

あなたの情報: