第10回 神を超えよ!仏を超えよ!Ⅱ『デス・トーク』 2018年08月29日(水)

お話し:積哲夫  聞き手:何田匡史
(20180715収録)

何田:「他人様や世間様や世界や地球が良くなるように、自分以外のことを祈ることは大切ですが、現実世界に結果や効果をもたらすためには、誰か、または何ものかこの時空に影響を及ぼさなければ、現状は変わらないと思います。
祈ることで何か見えない力が働いているのでしょうか?」

積先生:「例えばガラの悪いところに生まれ育って、小さい頃から周辺で暴力的なイジメが頻繁にあった人生を生きてきた人は強くなろうとしますね。空手やろうかなとか、ボクシングやろうかなとか考えてそれを習うとしますね。
空手やボクシングを習得して、強くなって、それで他人を脅すようなことを実行すれば、それでその人の人生は終わりますね。
スタート地点は志も高く人生を歩んでいても、自分が強くなってくると自己欲を実現するためにその力を使う。それは、暴力を行使する側の考え方に自分も染まったということです。力が欲しい。金が欲しい。という欲望の奴隷ですね。」

何田:「志(こころざし)高く祈ることは良いことですが・・・。」

積先生:「この世を良くするために祈る前に知っておくべきことがあるのです。人間は力によって支配されてきたのです。
なぜ、いいかげんに気が付いて、暴力から解放されるルールを作らないのか!

何田:「『最終知識』に記載されている “支配と被支配”という言葉ですね。」

積先生:「 “支配と被支配”の間にあるのは極論すると“暴力”なのです。

何田:「暴力ですか!言葉の暴力も含めて全部ですね。」

積先生:「暴力を社会的にソフィスティケート(趣味、考え、態度などが都会的に洗練されていること)したのが“民主主義”といわれるものに過ぎないのです。
ということは、 “民主主義”という言葉の大前提に“平和主義”は無いのです。
民主主義という言葉は暴力を礎(いしずえ)にしているから、“平和”という言葉を無条件に受け入れることは出来ません。
なぜ、間違ったことを日本の学校は教えるのか?なぜ、教育は正しいことを正しく教えないのか?間違って教えているのか?
民主主義の出発点にあるのは、暴力をルール化して、あまり無謀な使い方をしないようにしましょうね、ということなのです。」

何田:「民主主義は悪いことではないのですが、暴力をルール化して世の中を治めようとすると、国会(衆議院、参議院)がそうであるように、数のルールを適用すると、皆さんで意見を出し合って協議しても、最後は多数決で数の多い意見が必ず勝ってしまいます。
そこに少数派の大事な意見は取り入れることなく消されてしまいます。
多数決は民主主義のルールですが、多数決はある種の暴力ではないのでしょうか?」

積先生:「民主主義のいうものは権力があまりにも横暴であったから、それを制御するために生まれました。西洋において。
西洋においては、人間というのは領地と同じで、君主の所有物でした。
人間の生殺与奪権は王様が持っていたのです。その上には教皇がいました。その世界のルールです。
その意味では、歴史的に日本は世界とは違った時空の世界なのです。
そのことを皆さん、忘れています。
暴力を制御するために民主主義が存在する、にもかかわらず、日本という国の民主主義は暴力を制御が出来ているでしょうか?

何田:「暴力の制御は出来ていないと思います。」

積先生:「日本国は民主主義の暴力を制御する機能を正しく使えていないのです。
民主主義という名の下に、使われている暴力というのはものすごく多いのです。
現在、日本国において、無神論者が全国民の2から3割程度存在します。
その2から3割の無神論者の主張が、マスメディアの主張の8から9割を占めています。
今の日本国の現実社会が正しくならない理由は、ここに原因があります。

何田:「上手にマスメディアに本題をすり替えられて、視点をずらされています。」

積先生:「社会で何が起きているかというと、民主主義という言葉をさも良さげに宣伝してきた人達は、それによってメリット(利益)を得ているわけです。
しかし、その民主主義を宣伝する人達は決して心根が優しいとか、正義の人ではありません。
自分の利害のために行動していることを見抜かなければいけません。
彼らは自分の利害のために、例えば人権という言葉を使ったりしています。」

何田:「えーそうなのですか。先生、“ジャーナリズム”、“ジャーナリスト”という言葉があります。大衆に真実を伝える志を持ったお仕事や人達だと認識しています。」

積先生:「何田さん、あなたが言っている“ジャーナリズム”や“ジャーナリスト”は良い側、つまり、光の側面のことです。
闇の側面で言えば、ジャーナリズムは社会的プロパガンダ(宣伝。特に、特定の主義・思想についての(政治的な)宣伝)の機関です。
出発点から違っていて、最初から闇の手法として支配者はジャーナリズムをプロパガンダとして使用しています。
手法が同じものだからといって、使用する方向が違えば、神の手法にも、悪魔の手法にもなります。
意志の方向がどこを向いているかが、とても重要になります。」

積先生:「結局のところね、あなたたちはそうやって生きたことによって(闇の味方)、あなたたちは死んだら地獄行きになりますね。ということが、私がお伝えしたい内容です。
一見、正義の主張をしているように見えます。
けれどそれが本当に正義ですか?
それが本当に正義であるかどうかということは、人間が判断すべきかどうかは別にして、一生懸命考えなければいけない。
それは歴史から学べるのです。
だから日本も世界もキチンと、正しく歴史を補正しないと、人間は精神状態も良くならないのです!

次回をお楽しみに!