[9] 【たましいのカタチ】Iさんからの聞き書き・・

この投稿は、東京都在住のIさんより寄せられた話を、聞き書きしたものです。
Iさんのお父様は、3ケ月間の闘病生活の末、昨年の夏、ご逝去されました。
死因は、白血病併発肺炎でした。
生前お父様は、大手企業の重役の任務にお付きになられていた、叩き上げの辣腕商社マンでした。お酒とゴルフを、こよなく愛した人でもありました。
昭和 13 年、九州の宗像市は玄界灘で生まれ育ったお父様は、実質剛健な気性で、家族には、やや厳しい存在でもありました。また、典型的な唯物論者でもあるため、神だとか霊または占い等の類は、信じるどころか、大っ嫌いな方だったそうです。
そんなお父様も、入院により気弱になったある日、病床を見舞うIさんと奥様(Iさんのお母様)に向かって、既にお亡くなりになられているお母さんが見えた。とか、見舞いに来たとか、『ホトケさんが来た』‥と呟き、手をあわせて懸命に拝んでいる姿を見て、Iさんとお母様は、不安と切なさに苛まれました。日に日に衰弱するお父様を見兼ねたIさんは、お父様を『命の書』に登録しました。
1週間前に登録した『命の書』がIさん宅に届いたその日、お父様は天に召されました。享年79才。(棺には、最終知識を入れました)
葬儀は盛大に執り行われ、生前のお父様を偲ぶ方々が多く参列された葬儀だったそうです。
悲しむ間もなく、一通りの儀式を終えたIさんとお母様は自宅に帰ってきました。
帰って間もなく、お母様の気分が急に悪くなり、その時、咄嗟にお母様は、家中の窓を解放しました。(とても不思議な光景だったそうです)
肉親や家族との別れの寂しさは、後から押し寄せてくるものです。
特にお母様は、ご主人との別れの辛さから、一時、心身が喪失した時期もあったそうです。
そして今年の7月19日、お父様の一周忌法要が営まれました。
その法要の席で、お母様が親近者だけにそっと告げられた言葉に、Iさんは衝撃を受けました。
それは、葬儀後自宅に帰った時の話です。
お母様は帰宅直後、息が苦しくなったので、咄嗟に家中の窓を解放しましたが、気分が治らず、最後に玄関を解放してみました。その途端、お父様の部屋から、雲のような塊が出現しました。その雲の塊を見た瞬間に、ご主人である事を直感したそうです。
その雲は、一メートル位の大きさで、お母様の前をゆらゆらと通り抜け、玄関から外に出て行ったそうです。
その雲を見送った後、気分が楽になったとの事でした。
Iさん曰く、『母はその時、父のたましいを目撃したのだと思います。
母も、父同様、全て考え方の基準は唯物的でした。
私とは真逆の価値観を持っていたので、多分その時には、それが言えなかったのだと思います。
今思えば、その体験があったからこそ、母は私の話にも、何かと耳を傾けれるようになったのでしょうね。
また、父の死後は、多くの皆様から色々なお心遣いをいただきました。
とても感謝しています。
そして、前島さんからは、岐阜の東白川村に誘っていただい事で母の正気が戻り、気持ちに整理がつき、父への依存心や執着もなくなり、今では、父が生きていた頃よりも、元気になりました。
東白川村が無かったら、母は気がおかしくなっていたか、病気になり入院していたと思います。
母は多くを語りませんが、あの体験を一周忌まで封印していたのは、自分が見たものは幻想なのか、現実なのかの分別がつかなかったから言えなかったのでしょうね。
でも今の母を見ていると、娘の私が言うのも変ですが、精神的に強くなり、大きく成長したと思います。
それも、精神学の学びの賜物です。今では、母も維持会員として勉強会に参加しています。』
以上が、Iさんからの投稿です。
私の母も、今年の10月22日が一周忌でした。
母に先立たれた父は、寂しさのあまり、一時は、放蕩三昧の日々を過ごしていました。
その荒廃しつつある生活ぶりを見兼ねてた、弟が苦言を呈すると、「俺の生き方に文句を言うな!それが嫌ならいつでも親子の縁を切る」とまで言い出す始末。
そこで私は、母の一周忌を機に、父を『命の書』に登録することにしました。
ある意味賭けです。光が出るか‥?、闇が出るか‥?
3週間ぶりに父親と会いました。(電話では、始終安否確認はしています)
父は、会うや否や、「俺、酒やめた!」と一言!
詳しく聞けば、やめてから3週間が経過しており、体調もすこぶる良好だとのことです。
それを聞いて『命の書』の偉大さに、今更ながら感銘を受けました。
親の人生を背負うことは、子としての義務だとは思っていましたが、父親のこの変貌ぶりには驚きました。
それまでは、体たらくな父を眺め、亡き母に、そろそろ親父を迎えに来てくれないかな‥と何度も、心の中で呟いていた私でした。(笑い)
『命の書』は、私たちが想像する以上に、その対象の運命転換に大きく寄与するものです。
『命の書』は、精神学を学べなかった人達のために用意された、光の世界へのパスポートなのです。
以前、師が言っていたことを思い出しました。
師)人が死んだ時に、一つ信号があります。「ありがとう」と言ってくれたような気
がしたら、それはいい所に往けている証拠。
それがある種のバロメーター。騙されたと思って『命の書』に登録してごらん。
ある日突然、「ありがとう」というメッセージが届くかもね?
師の言葉に当てはめると、Iさんのお母様が目撃した雲は、お父様なのでしょうね。
その雲を見送って、身体が楽になったのは、お父様からの感謝の証でしょう。
しかも、お母様にだけ、目に見えるカタチで、お別れを告げたのは、最愛の妻への、最期の愛情表現だったのだと思います。(粋ですね〜)
Iさん、この度は、貴重な投稿を寄せて頂きましてありがとうございます。
                                                                           平成最期の年、師走の十五日