[5] マツリヌシとして… 第1話

 

私は、9月中旬のある日、大阪在住の女性からマツリヌシの依頼を受けました。
内容は、昨年末に他界された、愛知県名古屋市の大伯父さんの家にある、仏壇などの清めと処分に関するものでした。
早速、現地の立地状況等などの確認のため、大伯父さん宅を見分したい旨をお伝えしました。
そして、9月下旬に現地の実地踏査をすることになりました。
当日は、積先生にも立ち会っていただく事になりました。
閑静な住宅街に佇む、大伯父さん宅は、一人住いには大きく感じる建物でした。
家の中に入り、色々なお話を進めるうちに、依頼者の知覚センサーが何かに反応して、咳き込みました。
そして一つの結論に至りました。仏壇、神棚の清めとお祓いはもとより、遺品整理並びに、墓じまいまでを依頼者が主体となって執り行う為には、祖母と大伯母さんの意識がしっかりしているうちに、法的手段を講じないと、後々親族間の諸問題が生じる可能性があることを知りました。
ただ純粋に、学んだ精神学の方法で最愛の大伯父さんを光へ送りたい‥。
その気持ちが、法律の壁に阻まれる結果となりました。
このまま依頼者が何もしないと、祖母と大伯母さんの価値観で、既成の宗派による宗教行為並びに僧侶達の言うがままに全てを処分する事になります。
大伯父さんの寵愛を受けた依頼者、ご先祖様からの期待を受けている依頼者、姓は違えど
一族の出口を担う事になった依頼者は、この日を境に、目には見えない親族の期待と、目の前にいる親族の価値観との狭間で、一大決心を決する時期も、それ程先のことではないでしょう。
別れ際、依頼者は、『わたし、既成の宗教者に大伯父を送って欲しく無いのです。何故なら、
既成の宗教者は、大きな金額を要求してくるから‥と』

一連の流れを終えて、最後のあいさつを交わし、改札をくぐった依頼者の背に『ガンバレ』とエールを送ることしかできない私でした。

うら若い20代の依頼者には、荷の重い現実ですが、『知ることは担うこと』を学んでいる、彼女は、その壁を越え、学びを検証して、いずれマツリヌシとして親族を光に導くことでしょう。

私ごとですが、マツリヌシとしの役割と心得を、実践の場で、師より承った1日でもありました。

 

⭐️この投稿は、依頼者の許可を得て、配信しています…