新盆なので…

昨年、10月22日の早朝に母が他界しました。享年84歳でした。
この8月が初盆になります。
母を偲び、ここまでの約1年間を回想してみました。

昨年6月下旬、入院中の病院から母の容体が悪化したため、緊急連絡が主治医から入りました。
早々に仕事を切り上げ病院に向かう途中、『おふくろは、まだ死なない』。と言う確信が持てたので、父や弟には連絡をせず私だけで病院に行きました。
病床の母は苦しそうではありましたが意識はしっかりしていました。
母の病は、肝臓癌です。
腹水が溜まり、お腹は『ぱんぱん』な状態です。煩悶する母の耳元で、お腹をさすりながら、『おふくろ、まだ大丈夫、大丈夫だから』と声をかけた自分がありました。
そして、主治医からは『余命3週間ももてば良い方です』と宣告を受けました。
その後、父親宅に向かい現状を報告したところ、うつむきながらすすり泣く父親を前に、励ます言葉も見つからず『一杯飲みに行くか』と声をかけたら、『うん』とうなずく父親と近所の居酒屋へ行ったのは、梅雨も明けない蒸し暑い夜のことでした。
そして数日後、積先生にその旨をお話したら、後悔したくないのなら『命の書』に登録したほうが良いよ、とおっしゃられたので、早速、母親を『命の書』に登録しました。
約1週間が経ち、命の書が届いた頃に母親を見舞いに行った時、驚きの光景を目の当たりにしたことを今も鮮明に覚えています。
それは、介助されながらも一生懸命、昼食をとっている母親の姿でした。
まるで離乳食を始めたばかりの赤ちゃんが、生きる力をふりしぼり夢中で口を開けている
様子。
びっくりしている私に、介助している看護師が言いました。
昨晩から腹水が無くなり、血色も良くなっていたので、今朝、多慶子(母親の名)さんに確認したところ、お腹が空いたと言われたので、約2週間ぶりに食事を始めてみました。との事でした。
私は思わず、『頑張ったな、おふくろ、良かったな、おふくろ』と声をかけました。
そして母親は、私の目を見て『私、頑張った。私、良かった』と返してきたので、思わず大笑いをした事を思い出しました。
その後、主治医にも尋ねたところ、自らの持つ生命力の力でしょうね。なんとか延命したみたいですね。今のところ数値も良好ですが安心できるわけではありません。との見解でしたが、それにしても、久しぶりの母親の笑顔と、大笑いをしたあの日の出来事は、今でも私の脳裏に焼き付いています。

追記 初盆とは言え、学び終えて、光に去った母親は、私たち家族のもとへ、盆だからと
帰ってくるのでしょうか?
父は、盆には、おっかあ~が帰ってくる。
必ず夢枕に立つ!と酔いしれながら話してました。(笑)
毎夜、熱帯夜故、私の寝室は常に網戸にしています。
迎える準備はできているのですが…?