7.初盆を迎えて

精霊馬というものがあります。それは精霊棚に供える物のひとつで、祖先の霊を迎えるためのものだそうです。割り箸でキュウリやナスに足をつけ、それぞれ馬・牛とみなすそうで、これには「祖先の霊が来るときは馬に乗って素早く、帰るときは牛に乗ってゆっくりと」という願いがこめられているそうです。
墓・か・ら・墓・へ?
今まではそんなこと一度もしたことがなかったのですが、やはり母のことは特別であるらしく、精霊棚にはやはりということで、キュウリと茄子と芋に爪楊枝を刺して飾りました。

生前、母が家の前の小さな田んぼを畑代わりに冬野菜と夏野菜を欠かさず作っていたことを思い出します。
私たち兄妹は、母の作った野菜で育ったようなもので、何故か買ってくるそれより味が違うと思ったものですが、母が田舎料理のレシピを描いたノートが有り、それを見ながら、夏場によく食べたキュウリの酢モミなどを作ってみるのですが、やはり不慣れなこともあり味が違うのです。それは、やはり母のキュウリではないことが大きな原因なのでしょう。
まさに同じ野菜でも、我々が育まれた地で育ったものが私たちの血肉となっていたのだとつくづく感じる今日このごろですが、かすかに残っているこの味の記憶も、やがては忘れて思い出せなくなるのでしょう。
母は、いつも多く出来る野菜を近所の人や親類に分けて、喜ばれておりました。
次のシーズンの野菜をまく時には、畦を作る為に私がよくトラクターで耕していましたが、今となっては、雑草取りの為にこの猛暑の中でも耕しているだけなのですが、その度に「こんな暑いなか田んぼなんか鋤かんでええ〜」と聞こえるような気がして母を身近に感じます。だから私自身、田を鋤くことを思い出したかのように、また始めたのかもしれません。
何も作らなくなった田畑にこれを繰り返していると、さぞ土だけは肥えることだろうと思いながら…。

母の兄妹など親戚を招いての初盆は、にぎやかに出来て皆さん喜んでくれました。
母の病床での最期の1ヶ月程は胃瘻処置をして殆ど何も口に出来ませんでした。それでも、あれを食べたいこれを食べたいと食欲だけはあった母を思い出すと偲びなく、この度は近隣の料理屋を借りてにぎやかに食事会をしましたが、沢山でてくる料理を母の分もと皆さん残さず食べてくれました。
その折に、やはり墓にいつ骨を入れるのかと言う話題になりました。
骨壺は二つあり、一つは宗派の総本山へ、一つは墓に入れるのですが、墓へは初盆も終えるとなるべく早く入れてあげた方が良いと皆さん言われます。
分かってはいるものの、しかし何故かそのことに抵抗があります。それは、生前母がこの家の墓には入りたくないとよく言っていたこともあり、また何よりも、墓に入れることに何の意味もないということを実感しているからなのでしょう。
されど、このママにしておくのも良くはないことも分かっているので、さ〜どうしたものかと考えあぐねているのですが、妹などは「私がずっと持っています」などと言い出すしまつですが、当の母は、やはり入りたくないと思っているのか、それともそんなことはもうどうでも良いのかのどちらかだと感じられます。
墓へは親族の手前入れた振りをして、一部は地元に流れるきれいな河原へ、そして一部は何れ植えるであろう桜の木の下へなどと何となく考えてはいるのですが、いずれも生きている側の者の気持ち(気にしている)だけなのだと分かってはいるのですが…、それでも「それでいいよ」と母に言われているような気もします。

母はいまのところ我々兄妹の身近に居らっしゃるようです。
実家に帰ったときにはそこで感じ、我々が住んでいる部屋にいるときは、やはりその存在を感じます。
しかし、実家に帰ると母以外のそれも感じてしまいます。それが早くに死んだ父なのか、88歳で無くなった祖母なのか、はたまたご先祖様のようなものなのかはあまり考えないようにしていますが、何れの方々もこの実家にまとわりつかれているようで、当然ですが、もうお墓に居らっしゃる訳ではないということの証しのようです。
お盆も終わりに近づいたころ、この暑さの所為か、爪楊枝を差したキュウリと茄子と芋もフニャフニャになってしまいました。さすがに、これに乗っては帰らんだろうと思いながら、脚の爪楊枝を抜いて田んぼに捨てました。

お盆も終わり、改めて考えさせられることがあります。それは自身が未熟者と分かっていながらでも、なるべく早く送りの儀をしようと強く思っているということです。
できることなら母の魂は、後腐れなく未練も残さず、私たち子の存在など一切関係がなくなるであろう段階へと、なるべく早く行かれるべきなのだと思うようになり、これまでの母の生き方なら、必ず上へのベクトルに進めるのだろうと信じています。
願わくは、魂が次の段階へ進めるようにお創り頂いた道筋に沿って、一度も振り返らずに、この世を去っていかれる母の後ろ姿をみてみたいものです。

そういえば、芋 は何の代わりだったのでしょうか…?

主旨にも違わず拙い文章にも関わらず、お読み頂きまして有り難うございました。
これにて一旦この投稿を終わらせて頂きます。
機会があれば送りの義がどうなったかなど改めて報告さて頂きます。

One thought on “7.初盆を迎えて”

  1. 投稿拝見させていただきました。私事ですが今年4月の終わりに糖尿病で人工透析や手術を繰り返していた義理の母(家内の母)が急きょ84で他界し8月は初盆でした。同様に生前、家のお墓には入りたくないと言っていたため数年は家内の妹が残って暮らす実家に骨壷は置かれたままになりそうです。
    精神学協会やshindara-channel.comのサイトを知って拝見するようになり、自分の70代の両親の今後、そして自分たち夫婦の今後を考えるようになり「死んだらどうなる?」「死んだらどこへ行く?」と考えるようになりました。若いころはそんなこと考えもしませんでしたが。
    しらお様の投稿を拝見し既存の宗教的な死後の世界観の話などではなくもっと身近なこととして魂が「死んだらどうなる?」「死んだらどこへ行く?」と考えるようになりました。
    ぜひ送りの義がどうなったかご投稿ください。拝見できることを楽しみにしております。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です