3.〆の日を迎えて

49日の前日にその準備のために実家に帰りました。兄妹で駅から歩いて帰って来ると、時節柄か家の前の畑に母が勝手に生えてきたと言っていた大きくなったアジサイが花を満開にさせているのが見えました。あ〜母が迎えてくれているのだと感じました。

当日、親戚10人程と、顔は恐いが以外と気さくなんだと皆で言っていた僧侶に〆の法要を上げてもらっている最中でした…、母の祭壇から私にフワフワとかぶさってくるエネルギーのようなものを感じました。それは紫と白と銀色が重なった生地(着物)のような感じで、こちらに漂ってくるさまは、まるでゲゲゲのイッタンモメンのようでした。
それが私にかぶさり同化するような感じで、その後やはり耳が遠くなり、まるで水中にいるようにお経が遠く揺れながら聞こえているような感覚になりました。
はいっ じょうかとじょうしょう〜と思い、わたしは〜 と唱えた瞬間にボコ〜ンと母を感じ、急に走馬灯のように母の近況が頭の周りをぐるぐる回っているようでした。
身内が死ぬと遺影を探すということをすると思いますが、その折に久しぶりに手にするアルバムを見直してしまうということをしないでしょうか…!
2年前に倒れて約2ヶ月半程入院をしてあと、急に腰が曲がり弱々(おばあさんに)しくなっていく姿が私どもの母の近況でしたが、アルバムをしみじみと見たその後では、それより以前の若かりしころからその身の終焉を迎えるまでの容姿の変遷(記憶)が走馬灯の様に垣間みえていました。

あ〜これは多分、母が別れの思い(あいさつ)を伝えてきているのだな〜と感じました。
いや、その逆で私の感慨がそういう思いにさせているのかもしれません…。何れにせよ母の魂も次の段階へ進まなければいけないときが来ているのだと強く思われました。
やはり思い残すこと(実家やその生活のことなど)もあるようで、もともと積もり積もった我が家のドロドロ血(呪い)にまつわるものもありますので、それはともすれば引っ張られて強い恨みのようなものにもなるであろうことが分かります。
また、そこにつけ込むように私たち兄妹の思いの中にとらわされてもいけない、ということも往往にして理解出来ます。
やはり、お見送りをしてさし上げなければと強く感じさせられました。
が、私には、まったくその自信も資格もないと考えてしまうのです。そして、実は母の生き様を思い出されているのではなく、自分のこれまでの行き方を走馬灯のようにこの場の雰囲気を利用して思い出され我が身勝手な反省をしているだけなのだと分かり、遠くの経が聞こえながら、ただただ涙してしまっているだけだったのです…。

いわれているとおもいます「どこに行けば良いの〜、はやく〆(示し)てちょうだい〜」と…!


勝手に生えてきたアジサイ。

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