第166回 神を超えよ!仏を超えよ!Ⅱ『デス・トーク』 2021年8月25日(水)

(通算第237回)
お話し:積哲夫  聞き手:何田匡史
(20210211収録)

何田:「積先生、積先生はどんな感じの子供でしたか? 青年時代はどんな感じでしたでしょうか?」

積先生:「わたしは若い時は気が短かったの。精神学協会の会長になってから、反対に、気が長くなったの。わたしは、若い時は馬鹿が嫌いでした。子供の頃は、はっきりいって過激でした。
わたしのうちは男3人兄弟で、兄が2人います。小学生の何年生かの時に『兄弟は平等であるべきだ。お小遣いは平等にすべきだ。』と親に言って、わたしはハンガーストライキをして、(それを)通したのです。」

何田:「通ったのですか?」

積先生:「はい、通ってお小遣いは均一になりました。しかしわたしの兄2人は、わたしをだまして、そのお小遣いをわたしから借りて返しませんでした。今でも同じようなものです。ははは。」

能登はるみさん:「小さい時から!? まあ!どんなお兄さま達でしょう。」

積先生:「何田さん。それが質問のテーマではないでしょう?」

何田:「いいえ、積先生はいつも『最終知識と精神学を学べば、わたしみたいになれるよ。』と言われています。では実際、積先生は子供の頃から超能力的なもの、能力があったのか? なかったのか? を知りたいのです。」

能登はるみさん:「今若い人達は主張しないで黙っている人が多いと思います。“自己主張”ということを教えるのには、積先生の主張は格好の良い材料ですね。兄弟で後から生まれて来たからって、年下だからって、金額が別々なのはちょっと違うのではないか? おかしい? と思ったら主張することは、子供の成長にとってはすごく必要なことではないでしょうか。」

積先生:「こういうお話しは書かなくてもいいけれど、要するに、ある種の『原理主義』なのです。『原理はこうじゃないの。』っていうことと、『世俗の常識』は必ずしも一致しない、ということです。『世俗の常識が末の子の分配が少ないのが当たり前だ』に対して、『原理では分配は平等であるべきだ』という例えです。

『でもこうじゃないの?』っていう“問いかけ”を社会に対してする“勇気”があるか? ないか? です。」

何田:「世俗の常識は横の繋がりが強く、情とか助け合いが一番だという考えが当たり前になって、横の繋がりが広がっていくのだろうと考えます。それが良いかどうか? 正しいかどうか? を疑うことは必要だと思います。」

積先生:「『すべての人間が情に溢れた人間ではない』ということを学ぶために、人間世界があるのです。
わたしにとって『ああ、世間の人はわたしと同じように考えないんだ!』って、気がついた時の衝撃っていうのは1週間ほど眠れなかったものです。」

何田:「それはお幾つの歳だったのですか?」

積先生:「小学生の高学年くらいだったでしょう。」

何田:「そんな若い時、11、12歳から世間の常識とのズレを自覚して眠れないほどの衝撃を受けるなんて・・・。世間が・・・。」

積先生:「世間の人ってちっとも心優しくないでしょ。」

何田:「そうなのです。そこはよくわかります。世間の人が心優しくないってわかります。それはなぜですか?」

積先生:「なぜか?って、例えば、わたしは子供の頃、池袋に住んでいました。池袋の地下道には、当時、傷痍軍人(しょういぐんじん:戦傷を負った軍人のこと)の人がいつも立っていました。うちの親父(おやじ)も傷痍軍人だから、いつもわたしはお小遣いから10円もらって、傷痍軍人さんに(差し)あげに行ってたのです。
ある日、『あれは本当の傷痍軍人じゃないんだけどね。』って、うちの親父(おやじ)はわたしに言ったのです。
そんなお話しをしたら、『えっ!そんな人にお金をあげる積君って変わっているな。』って、ご学友(達)にいわれました。
わたしは、『えっ!可哀想(かわいそう)だと思わないの?』って思って、『この人達(ご学友達)は、わたしと同じような行動はしないんだ。』って気がつきました。
『みんなが心優しいわけではないんだね。』」

何田:「お父様に言われるまで、本当の傷痍軍人でないと知らなかったのですか?」

積先生:「知りませんでした。貧しい人に対する知識が世間の人にはあって、決して貧しい人達ではないということを子供は子供で、庶民の親からそういう風に学んでいたのですね。」

何田:「積先生の子供の頃のその行為は良いのか?悪いのか? 正しいのか? 正しくないのか? の判別なんて・・・。」

積先生:「いやだからさ、お釈迦様(の人生)と同じです。『世の中はいろいろあるんだ。大変なんだ。僕って普通じゃないんだ。』って考えつくのです。」

能登はるみさん:「積先生がやさしいのは幼少期からやさしいのですね。小さい頃に自分と人は違うんだなって気づかれたわけですね。」

積先生:「だから若い頃のお釈迦といっしょでね、『世の中は生きにくいな』って、その時気がついたの。それはもう“感受性”の問題です。」

何田:「するとその、感受性の強い子供(積先生)が思春期を迎えるとどうなりましたか?」

積先生:「思春期の感情の動きだったら、極めて過激になりますし、上がったり下がったりで、自分でも(コントロールが)大変だったですね。
ですから、知りたいことがあったら、『一生懸命自力で調べるという訓練』が子供の頃から身についたのです。」

能登はるみさん:「今の教育に必要なことですね。子供達は目の前に与えられることばかりで。それこそ“与える”“教える”ばかりが教育でないと思います。」

積先生:「本当は『子供の『たましい』(のレベル)に合った教育をしなければいけないのです。』
『今の子供達がほとんど“発達障害”って烙印をなぜ押されるか?』
教えてあげましょうか?」

次回をおたのしみに!