第158回 神を超えよ!仏を超えよ!Ⅱ『デス・トーク』 2021年6月30日(水)

(通算第229回)
お話し:積哲夫  聞き手:何田匡史
(20210130収録)

積先生:「天のスケジュール通りに物事は進んでいます。2021年は、大変な年になります。普通の日本人が思っているほど簡単じゃない。アメリカの時代も終わるし、中国の時代も終わる。その時に、今の日本じゃ世界を背負うことはできないので、日本国内も下手をすれば困難な時代になるかもしれない。

そういうお話しをすると、お金の不安に普通の人は苛まれる(さいなまれる)でしょう。だからもっと酷く(ひどく)なります。
しかし、その混乱がないと次の経済が始まらないのです。」

何田:「積先生は、『その混乱の中でこそ、志(こころざし)の高い人が次の経済の世を神様と作るのです』といわれていました。
“信仰”ですか? 人間に何が足りないのですか? 足を引っ張っている、ネックポイントは何なのですか?」

積先生:「『勇気(ゆうき)』です。人間に勇気がない最大の理由は『社会的な抹殺(まっさつ)』です。
お聞きしますが、『イエス様の十字架』はなぜ起きたのですか?」

何田:「イエス様を妬(ねた)んだ集団が、自分達の利益のためにイエス様を十字架にかけたのです。」

積先生:「妬んだ集団といっても、当時のほとんどのエルサレムの人々が、極悪人を処刑するよりも、イエス様を十字架にかけることを選んだのでしょ。」

何田:「当時ローマのピラト提督は、イエス様に罪がないので、エルサレムの人々に対し、極悪人を十字架にかけるか? イエス様を十字架にかけるか? を聞きました。
エルサレムの人々はイエス様を十字架にかけることを選びました。(新約聖書のイエス様のイエスの裁判の場面)」

積先生:「その時に『われらの血によって』というユダヤ人の叫びがあったので、それによって、ユダヤ人の歴史は2000年に渡って血塗られたものになったわけです。 (何田注:新約聖書マタイの福音書の中で、『その人 (イエス様)の血は、私たちや子どもたちの上にかかってもいい』というユダヤ人民衆の言葉。神様を拒絶した言葉。)

その時と今の世界は全く同じなのです。『それがやがて明らかになる』とお伝えしておきます。」

何田:「それだけユダヤの神様はイエス様より強かったのですか? その土地その土地の神様がお互いに戦い合って、強い神様が生き残るしくみとかでしょうか? 宗教的な争いとか・・・。」

積先生:「またそういう、あほな質問をするので、答えません。」

何田:「えっえっ、あほな質問でしたか? 失礼いたしました。」

積先生:「わたしにいわせればあほな質問です。
一番重要なのは、『イエス様を殺したものが、今現在も地球を支配している』ということです。

何田:「そういうことでしたか! イエス様の時代から今もずーっと続いて、世界は支配されているということですね!」

積先生:「そうです。イエス様がエルサレムで殺されなければいけなかった最大の理由は、『金貸し(貸金業者)を否定した』からです。
今の世界はみんな怖れている。お金がなくなることを怖れています。2000年前のエルサレムとまったく同じなのです。」

何田:「第二次世界大戦の引き金もそれ(お金)が理由ですか?」

積先生:「そうです。全部、同じテーマなのです。」

何田:「ヒトラーのユダヤ人虐殺とか、現在の中国のチベット民族の虐待とかも、同じ理由ですか?」

積先生:「ぜんぶ同じ理由です。要するに『悪魔業界にとっては、人間の恐怖心と、人間の血が必要』なのです。
『大虐殺と悪魔教はセット』です。人が死ねば死ぬほど、悪魔は力を強めるのです。」

何田:「それはなぜですか? なぜ悪魔は力を強めることができるのでしょうか?」

積先生:「それは自分で勉強してください。ネットで調べても、わたしが昔に調べたほどの苦労することなく、すぐにわかるでしょう。

聖書の神様(光)は、その悪魔を支配する元の暗黒(闇)の正体と、2000年以上戦い続けてこられたのですよ。そういう人間の邪悪の元たるものと。
その暗黒(闇)と長い時間戦い続けてきた神様に向かって、『私を助けてください』って・・・、向こう(神様)だって忙しいのです。

人類を不幸にしている巨大な悪と戦っているかた(神様)に向かって、『私を助けてください』なんて、間違っていると思いませんか?
『神様、どうぞ私を使ってください』と祈るのが筋でしょ。」

何田:「私達はそのために生まれて来たのですか?」

積先生:「そうです。そのことが書いてあるのです。『イエスの生涯(しょうがい)』とはそういうことなの。要するに、その神様の代理人として、人間世界で暗黒(闇)と戦って殺されてしまいました。『“その勇気”をあなたは持つことができますか?』
それは『愛と、勇気と、正義』三位一体の『勇気』です。だから『勇気が必要です』って書いてある。

『“イエス様の勇気”をあなたがたは持てますか?』 」

次回をおたのしみに!