第105回 神を超えよ!仏を超えよ!Ⅱ『デス・トーク』 2020年6月24日(水)

(通算第174回)
お話し:積哲夫  聞き手:何田匡史
(20206013収録)

何田:「モチベーションも含めて、どちらの方に向いて行動を起こせばいいのでしょうか?」

積先生:「単純に“光の商品”だけ集めて『光の奇跡のお店』を作りますって、闇のネットマーケットの何パーセントかの人を対象に『光の世界に行きませんか!』っていう活動をするのだったら誉めてあげます。」

何田:「ああなるほどです。その考えは頭の片隅にありました。メインの部分にはなっていませんでした。なるほどそうですね。確かに積先生の言われるのが本筋でないと光の経済にはできません。
光のそれは志(ここざし)の中心にあります。」

積先生:「その“光のこころざし”をメインに、おもて(表)に出して、その中で(世間様から)叩かれようと何されようと、
『精神学的なことをしていた方がいいですよ。この世界(地球)は闇ですけれど、こっちの方(精神学)がいいですよ!』
って、主張し続けて“お客様が取れるか取れないか”の試しをするんだったら誉めてあげるよ、っていうお話しです。」

何田:「それはやります。『精神学の超入門』みたいな資料を作って、小さい子供達や大人にも“やさしい精神学”として興味を持ってもらえるようにしたいです。能登はるみさんからも“早く行動をしなさい”って急がされています。」

積先生:「何度もいいますが、『一般社会は“闇の世界”なのですよ。』というところからスタートしなかったら“足下をみられる”だけです。その時、何田さんの人の良さは“負の側面”にしか発揮しません。

一般社会はね、(闇の世界だから)“いい人だからこの人にお金を払ってあげよう”なんてことはだれも思わないの!
『いい人にお金を払ってあげようと思う人は、“光の特性を持っている人”だけなの、です!』」

何田:「ああ!そうだったんですか!いくら上品な人でも闇を持っているので、光の製品や光のサービスにお金を払って手に入れようとしないのですね。自分に闇があるから。
それはお金を払わないだけでなく、労働も提供しないのでしょうか?」

積先生:「はいそうです。」

何田:「『光の特性を持つ人々』ですか。皆さん自分は光を持っていて、闇の方が多いということを自分自身では自覚している人は少ないのかもしれません。なぜならひとりの時は反省して認めていても、他人から指摘されれば怒り出すからです。積先生、忘れないようにメモしてきました。まず精神学協会の“おふだ”が欲しいのですが、私の“おふだ”は2枚とも死んでいます。(光のエネルギーがなくなった状態)
“おふだ”が新しくなると精神と身体が元気になり、不思議と運勢がよくなるのは経験済みです。あと質問は『苦しむのはなぜですか?』という内容です。」

積先生:「苦しむのはアホなところで悩むからだよ!ははは。お金が無かったらお金がほしいでしょ。お金がほしいからこの世の中のお金で手っ取り早く儲けられる方法を調べれば調べるほど、お金儲けには繋がらないネットワークビジネスの情報しか出て来ないのさ。
なぜ自力で(光の事業、光の労働、光のネットワーク構築)で稼ごうと思わないのですか?」

何田:「そうですね。積先生のおっしゃるとおりです。あと質問は『真剣に天に祈ること』と『人を呪うこと』は根は同じですか?
つまり人を妬んだり、羨んだり、呪ったり、することにたけている人は、祈ることにもたけていますか?」

積先生:「その何田さんの質問が一般の拝み屋さん(ちまたの霊能力者)のことだったら、当たり(そのとおり)です。
一般の拝み屋さんがお祈りして問題を解決してあげます、っていうので使う力は、ほとんど“闇の力”だからです。」

何田:「そうだったのですか。祈りって、つまり“闇の人”は祈れないのですか?」

積先生:「“闇の人”は祈る方向が違います。悪魔様に祈っているといってもいいでしょう。
『たましいを売っても、どうぞ私にお金を稼がせてください』って祈るでしょ。」

何田:「そのお金を稼がせてくださいって、祈っている人は実は悪魔様に祈っていると自分では思っていない、のではありませんか?」

積先生:「思ってないですよ。」

何田:「その辺は見極めが難しいです。たぶん人は神様や仏様は“助ける存在”と考え違いをしているので、神社やお寺で自分の生活の保障や夢の実現を神様や仏様に祈るのです。
でも繋がる先は“悪魔様”だということで、前にもお聞きしましたが、その結果人は“悪魔の手先”になって人生をいきているのですね。

では積先生、『人は苦しまなければ、精神エネルギーを最大限に活用できませんか?』」

積先生:「うん、できません。」

何田:「できませんですか! 普通日常で“ニコニコして日々を暮らそうとしている人達”、“セレブや裕福な人達”、毎日楽しく暮らそうとワイワイやっている人達”は精神エネルギーを活用できない、のですか?」

積先生:「“試練”がなかったら“闇のエネルギーをどうやって処理するのか“、っていうことを身体が覚えないからです。」

何田:「では人はずっと苦しみ続けなければいけないではありませんか?!」

積先生:「『人間として生まれるってことは“苦しみをマスターする”ということ』だよ。」

何田:「精神学協会に入ったら苦しみから脱出できると思っていました。」

積先生:「苦しみから脱出しているでしょ、ほとんどの方は。まだ、学びの途中で苦しい人もいるでしょうが…。」

何田:「でも皆さん、さらに闇のエネルギーを受けて苦しみが増していませんか?」

積先生:「そのぶん丈夫になっているから、それでいいのです。」

何田:「えー!?」

積先生:「小学生の苦しみと、中学生の苦しみと、高校生の苦しみは違うのです。
20歳の苦しみと、40歳の苦しみと、70歳の苦しみは違うのです。」

何田:「“喜び(よろこび)”というのは生きている人生の中でどこにありますか?
10個苦しみがあっても、0.1個の喜び(よろこび)があれば耐えられると思うのです。」

積先生:「0.1個どころではありません。10個の苦しみがあったら、10個の喜び(よろこび)があるのです。
だって苦しみをひとつ(1個)克服するだけで、喜び(よろこび)に変わるのですから。
苦しみを多く経験した人ほど、喜び(よろこび)も多いのです。
“正しい神”は“どんな人に対しても平等である”からです。」

次回をお楽しみに!