第66回 神を超えよ!仏を超えよ!Ⅱ『デス・トーク』 2019年9月25日(水)

(通算第135回)
お話し:積哲夫  聞き手:何田匡史
(20190311収録)

何田:「積先生、人間は悪魔の乗り物に変わっていったら、本人は自覚ができるのでしょうか?」

積先生:「自覚はできますよ。人間が悪魔に乗っ取られると、だんだん苦しくなっていきます。(生活も身体も精神も心も、悪魔の手先になるまで)」

何田:「ああそうですか!そこを日本人は勘違いするのでしょうか。
つまり修行しているように、自分以外の家族や他人様が苦しくて困っていたら、自分が苦しくても頑張れば、光の方向に進んでいると自分で思い込んで、我慢して、最後は悪魔の乗り物に変容していく。
自分の周囲とその反応を、客観的で論理的に、理性の目で見ないから、自分の闇を見据えられない。結果は悪魔の手先というのは、なんて悲しいことになるのでしょう。」

積先生:「何田さん、それは少し違う、出発点が間違っています。
たとえば苦しんでいるお子さんがいたり、ご家族の方がおられるとしたら、助けてあげようと思うとあなたはおっしゃったけれど、私達ができるのはせめてそれらの人達のために『祈る』ことだけなのです。
物理的に例えば、お金をあげるとか、手を差し伸べて面倒をみてあげるとかはありますが、それはエンドレスでできないでしょ。
その時にその人の『たましい』がよかれと思っていることしか、普通の人はしなくてよいのです。
私はもの好きだから、もしくは頭がかってに考えてくれるから、その人がより良く生きるためにはどうしたほうがいいのかを考えて行動していますが、あなた方が同じようなことをすれば、あっという間に自分の人生が破滅しますよ。」

何田:「闇のエネルギーを取ってあげたり、苦しんでいる人に寄り添っていっしょに苦しんだら、悪魔から解放されるだろうと、手伝う、助けてあげたい、みたいな人間的思考で安直に考えて、手を差し伸べることはいけないのでしょうか?」

積先生:「その覚悟があったらやればよいのです。ただ手を差し伸べる方も、手を差し伸べられた方も、どちらも幸せにはならないから。
いっしょに地獄に行くことになる可能性が高いから、その覚悟があったらやればよいのです。
私はおすすめしません、とお伝えしています。」

何田:「天の働きを自分も担いたいと宣言して、天と働きはじめると自分も、自分の周辺も良くなってくると聞きます。これは間違いではないのでしょうか?」

積先生:「人生や周囲が良くなる前に『試練』があります。
その試練で皆さんは“くじける”のです。『試練』というのは『学び』なのです。お勉強というのはつらいものでしょ。それを(お勉強を)宗教的にいえば試練といいます。
試練を克服しないと能力はつかないのです。
その試練を人為的に作り出してやるのが修行というものです。
私がお伝えしているのは、そんな(人為的に)修行なんかしなくたって、人生なんて試練がいっぱいあるのだから。
そんな修行をするくらいだったら、第一に自分の人生に向き合った方が早いですよ!って、お伝えしています。修行なんて人生の現場では、ほとんど役に立たないからね。」

何田:「積先生が今言われた試練は天から与えられた試練であって、人為的につくられた試練は意味がないということでしょうか?」

積先生:「人為的につくられた試練も無駄ではないのですが、ただよく考えてください。
お山で修行して護摩炊きの時に、護摩木に念力で火を付けられたからといって、この世の中で何か役にたつことってありますか?
見世物として見せびらかしてお金を集めるってこともありますが、そういった場合、そういう(超)能力って多くの人間が見ている時は失敗するのです。
ああいった能力は一人の時にやるから火がつくのであって、何十人と見ている時に、“そんなの火なんて付くものかい?”って思っている人がたくさんいると火は付かないのです。
念力でできる現象は、見ている人が念力で邪魔もできるってことになるのですから。」

何田:「ああすごいですね。」

積先生:「すごくなんてなんでもない、これは理屈です。
コンサートとか集会とか人間が集まってみんな一斉に同じ方向にむけば火は付くかもしれませんが、しかし好奇心だけで集まっている人は疑いの力が働いて火はつかないことになるでしょうね。
その人の信者だけを集めれば火は付くかもしれませんが。」

何田:「すると積先生、現在の地球は地球全体が魔界なので、この魔界地球の中で『慈悲心』を保つのはとても大変ですね。」

積先生:「なぜ大変なのですか?この地球が魔界にあるからといって、『愛』、『慈悲心』というものは人間だけのものではありません。
『愛』や『慈悲心』が人間だけのものだっていうのが、宗教がつくった傲慢です。
動物だって『愛』があるし、動物だって『慈悲心』はあります。
私にいわせれば・・、仏教が教えています、『すべてのものには仏性がある』って。
それは言葉を換えたら、『この宇宙のエネルギー、粒子は“意志”を持っている』ってことです。
その『意志』って何なのでしょうか?それはわかりやすく説明すれば、
『生命の目的はきっと “愛” にいたることでしょう。』
ですから、その進化に反するものたちが地球をいま支配しているので、その意味において私は楽観主義なのです。
悪魔がいくら行動したって、決して悪魔は勝つことはない!(生命は進化の道筋から外れた行為やその種はすべて滅亡するしくみだから)
文明的に勝つかもしれませんが、その文明的に悪魔が支配する未来というのは、私の知っている未来ではないから、私にとって関係がないのです。
(何田注、この文章は重要であり、未来の自分の行く世界は、現在の自分が関心している時空に行ってしまうということ。
悪魔やお金や勝負が支配する世界が当たりまえと考えていれば、あなたはその未来の世界に行ってしまうということ)」

何田:「『弱いものをいじめるのは卑怯である』、とか、『助け合うのがすばらしい』、とかいうのは・・・。」

積先生:「そのような価値観を持って生きている人ってどこにおられますか?
(卑怯とか恥とか助け合いのため生きるというのは、)それは日本人の認識です。
世界は邪悪だって昔から私は説明しています。
日本人のほとんどはもともと“いい人”です。それが、いまは悪魔に支配されている“いい人”なのです。
“いいひと”って一番悪魔に支配されやすいのです。」

高田弘子 神霊士 WEB サイト 神霊士.com
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次回をお楽しみに!