[12]小心細心

初荷は克雪の村での、大雪による洗礼でした。(積雪約50㎝)
この地域では、積雪50㎝位はまだ序の口です。しかし、ここ数年は気候変動により
よく降ったとしても1m止まりの積雪量だそうです。
この程度の雪なら、雪掻きが楽なので有難いと、茅葺宿の主人が言っていました。      
1月12日、私は大分にいました。
1年の計はカウンセリングにありというわけで、期待に胸を膨らませ、シンロジー・ラボに参じました。
以下は、カウンセリング内容の一部を抜粋したものですが、私の文章により、お読みになられる皆さまの気分を害することがありましたらばお許しくださいませ。
師は問いました。
師:今の君から出ている、根拠のない自信て何なの‥?
または。根拠のない高揚感も何なの‥?
私:自信なんてありません!強いて言えば精神学の学びにより今までの自分との違い
はあると思います。
師:今の君の高揚感は左翼的です。左翼というのは悪魔の化身。
今の日本人の殆どがそうなんです。
そして、戦前の日本人にあった変な高揚感にも似ている
師:今の君は、人生の総括ができていない。
精神学的な根拠がなければ同じ過ちを繰り返します。つまり失敗します。
これから経済が劇的に変わってきます。
その君の根拠なき自信の自分が『やっと俺の出番が来た』と思っている何者か
がいるんだけど、どうもそれは悪魔と違うか(笑い)
神を語っても悪魔、仏を語っても悪魔。何を語ってもその背後に悪魔がいるとい
うのが今の時代。
 
師:君の潜在意識の中に、信仰があったらお金儲けできるよ。信仰があったら健康に
なるよって、全て現世利益と言うことは、自分の欲望達成のために神様を使う人
間が、神に近ずけますか?今の社会は全てそうなのです!
師:生まれてくる人の数より、死ぬ人が多くなるこの時代には、お金よりも上位の価
値があることに人間はもう一度気がつかないといけない。
これからの時代は、必ずそっちに需要が向きます。
その事をお伝えするのが精神学であって、精神学のその出発点を誤らせるような
動機で、お金儲けをしてはならない!
 
師:君の魂の本体を探して下さい。
上昇の反対、下降しながらたましいの本体が何処にいるかと問い続けてください
私:下降‥ 気分が悪くなりました。目を開けていいですか?
師:どうぞ。今君は地獄を体験しました。
私の本体は何処にいるのでしょうか?地獄です!
多くの人が地獄を学ぶために、この世の中に生まれてきています。
生きても地獄、死んでも地獄。私が口癖のように言っているのは本当なのです。
以 上
今年の11月で私は58歳になります。
精神学の学びにより、人間の罪深さというものを知り、自らもこの世の中に、悪しき影響を及ぼしてしまったという自覚もありました。
それも精神学を学ぶ根拠であったはずなのですが、実際の自分は、本体の私と、たましいの私が乖離しているという現実でした。
これを知らされた時、私は「何を学んできたのだろう」、「何を考えてきたのだろう」‥。このまま、別府湾に飛び込みたい心境でした。(頭を冷やす意です)
学びを得たことで自信がつき、学びを深めて勇気が持てた、という想念が高揚感として現れたのです。
この想念は、自惚れた想いの自分であり、『魔』つきの自分だったのです。
私は、闇に浸かってしまった、私のたましいを救出しなければなりません。
その為には、本当の自分探しをする必要性に駆られました。
本当の自分とは、「自信もなく、勇気も持てない、小心者で、気が小さい人間です」
この自分を払拭する為に、相対的な手法を身につけて生きてきた結果、私は自分を見失いました。
そして紆余曲折ののち精神学と出会い、見失っていた自分を見つけることができたのです。
ところが、その私が、再び自分を見失ってしまったのです。否、見失ったことすら気づかなかったのです。
それに気づかせて頂けたのが、この度のカウンセリングでした。
私の魔の正体は、『増長魔』だったのです。
それをしっかりと認識できた、今回のカウンセリングには大変、大きな意味があることを感じました。
私の自分探しは、もう少し続くと思いますが、今回、師が言われたお言葉に、『今の君は、人生の総括ができていない』この言葉は、私にとって大変大きな気づきを与えてくれました。
『人生の総括』およそ考えるよしもない言葉でしたが、人生総括はしなければならない大切な行為です。
私たちは、言葉で自分を表現します。
しかし言葉は出力した時点で記憶から薄れていきます。
ならば、書くことで記録も残り、その時々の自分の心境を振り返ることができます。
人生総括はこんな小さな事の積み上げが大事ではないのでしょうか。
アートも、音楽も、映像も、そして文章も自分表現の手段です。
私のモットーは『小心細心』です。この言葉をたずさえ今後も精進します。
師の言葉にあやかるならば、書いても「魔」、描いても「魔」、語っても「魔」全てに「魔」が潜んでいます。
この文章にも『魔』が憑いているかもしれません。皆さまどうか心してお読み下さいませ。ではまた〜。