第36回 神を超えよ!仏を超えよ!Ⅱ『デス・トーク』 2019年2月27日(水)

(通算第105回)
お話し:積哲夫  聞き手:何田匡史
(20181228収録)

何田:「積先生、なぜ現在の日本人は、日本国に生まれれば与えられる特権を行使しないのでしょうか?
一部の人々に文句も言わずに仕えることが美徳という、間違った認識で生きているからでしょうか?」

積先生:「日本国民の意識が戦争に負ける前の意識そのもので、国家権力が何かを言えば、国民は唯々諾々(いいだくだく)と従わなければいけない、という勘違いのまま、まだ生きているのです。」

何田:「ああ、先生、そういえば第2次世界大戦の開戦時も、敗戦直前の沖縄戦も、本部の指令をそのまま鵜呑みにしなければいけない、という意識が強すぎて、国は道を間違った方向に進めた意識レベルと同じでしょうか。」

積先生:「だから、明治から今日までの歴史をキチンと、左翼の用語の言うならば、この日本国はまだ『歴史を総括』していない、のです。」

何田:「あああ、『覚醒』とは意識が気付いて、反省して、歴史の総括をしなければ、何事も始まらないということですか。」

積先生:「あなた方に、『最終知識』が(天から)与えられたということは、人は『神の子』としてその権利を行使してもいいよということです。天が用意が調ったから『知識』をあげるよ、と許可が天から出されて、『あとは責任を持ってあなたたちでやりなさい』、ということなのです。
それなのに、なぜ、人間は動かないのですか?
もう日本国民が天からの特権を行使できる条件はすべて整っています。」

何田:「はい。そうします。」

積先生:「にも係わらず、江戸時代の百姓一揆のごとく、文句ばっかり言っている。
そういう政党しか出てこない。
ちゃんと理屈をわかっている人が政治家の中にいないからですね。
ちゃんと覚醒したらそこから新しいムーブメントが生まれてきます。その覚醒なしに次の文化とか科学技術は生まれてこないのです。」

何田:「日本は明治憲法以降から『呪い』みたいなものが日本にかかっているのでしょうか?」

積先生:「つまりこういうことです。
西洋の近代の法体系というのは、実は『悪魔に奉仕する法体系』なのです。
それでもその半分には『光の部分(神性)』があります。それを光の方向に運用するには、たぶん日本人しかできないのです。『性善説』だからです。

『性善説』で法体系を運用すれば、それは光の法になるのです。
西洋の法体系というのは人間が悪いことをするものだから、法律で契約で縛ります。というものです。それで悪いことをすれば罰則が与えられる。」

何田:「ああそうですか、西洋では性悪説だから、人間は悪いことをしないように罰則がある。日本は性善説だからルールや規制があっても罰則の概念が甘い、ということでしょうか。」

積先生:「日本人が法律を作ると、まず、全て禁止にするのです。それが『明治の大失敗』なのです。現在の日本も、原則禁止の法体系でしょう。
それに対して、アメリカは問題が起きるまでは、全て自由なのです。
その日本の法律の代表が、自衛隊法でしょう。自衛隊法は何でも禁止で、許されることだけ書いてある。」

何田:「なるほど、そうなのですね。アメリカは自由度が大きいですか。」

積先生:「アメリカは問題があってから、法律で規制しましょう、となります。
日本はスタートの時から原則全部禁止です。それが明治以降からこの日本国の『支配システム』なのです。
でも、その明治以降の支配システムは第二次世界大戦の敗戦によって崩れました。」

何田:「積先生、アメリカも性善説だから、初めはルールだけ作って規制しないのでしょうか?」

積先生:「アメリカの法律は、性善説は関係はありません。社会的に問題になれば、法律で規制せざるをえない。
ヨーロッパも考え方は同じです。
日本の法の不思議さは、ヨーロッパを真似したからではありません。
明治の人達が作った日本の法体系ともいえる原則禁止、それはこの日本国の『国是』ではないのです。明治の支配層がはっきりいって、自分達が悪いことをしたので、国民につつかれたくないから、『国民よ、おまえ達は黙っておけ』という法体系にしたのです。」

何田:「ああ、そういうことでしたか。明治維新で悪いことをして、明治政府を立ち上げたものですから、国民を黙らすように、全てを禁止にして、国民が勘付かないようにしたのですね。」

積先生:「その間違いが骨身に染みて今、日本国は現在でも苦しんでいます。」

何田:「何でも禁止の法体系は江戸時代からではなかったのでしょうか?」

積先生:「江戸時代からではありません。明治維新からです。明治維新が間違った扉を開いたからです。

私が知らされているところでは、孝明天皇を暗殺した者達が自分達の罪を二度とひっかぶらないで済むように、『天皇は神聖にして侵すべからず』という一項を『大日本帝国憲法』の中に入れたのです。
『神聖にして侵すべからず』って何を言っているのか、わからないと思いませんか?」

何田:「わからないです。」

積先生:「明治維新の法律を作った人達が、自分達が『罪を犯した』から法律に隠すために、その一項を入れたのです。」

何田:「そういうことでしたか!天皇の神聖と侵すべからずは、江戸時代はなかったのでしょうか?」

積先生:「そんなものは江戸時代もありません。明治維新の時のように天皇の首をすげ替えようなんてことは、信長は考えたかもしれませんが、実行した歴史はありません。
だから、現在の日本にいたる、明治、大正、昭和、平成の時代はその大きな罪の贖罪(しょくざい)を天から担わされていて、これに成功しないと日本国の復活はないのです。」

次回をお楽しみに!