[31]【京都・石川】石神師と巡る御神業part2

みなさま、こんにちは😃アベのマスク届きました(๑˃̵ᴗ˂̵)
約2ケ月ぶりの投稿です(#^.^#)
何でこんなに「間」が空いたかって?
そうです「魔」に囚われていたからです(〃ω〃)

話は変って、最近全国的に季節外れの雨☔️がよく降ります。特に愛知県と岐阜県は強風と大雨によく見舞われています❗️
これも、この地域特有の罪ケガレを払うための清めなのでしょうか⁉️
不思議なことに、岐阜では、4月12、13日に降った大雨以降、武漢ウイルスの感染者数は、日毎に減りつつあります⁉️ 余り楽観的な事は言えませんが‥(*´-`)

🔳飛躍の時 (とても感慨深い投稿を見つけたので掲載しました)

今の自分の姿は、過去の自分の選択と行動の結果であると同時に、未来の自分の姿は、今日の選択と行動で決まります

 

いま私たちは、武漢ウイルス問題で急激に活動を停止させられている今この時こそ、ご自身の人生の目的や方向性など、熟考し直す良い機会ではないかと思います^_−☆

この動画は、そのきっかけになると思うので、投稿させて頂きました。

https://YouTu.be/qYuXOsEkN7Y

 

さて、この度(一月二十一日)の最終御神業地の永平寺は、曹洞宗の大本山であり、開祖道元禅師は、日本仏教界の重鎮の中の重鎮!と言われる程の高僧です。有名な『正法眼蔵』は、示寂する1253年まで生涯をかけて著した大著であり、日本曹洞禅思想の真髄が説かれています。

今回の御神業に際し、神霊士(霊視担当)の鳥羽先生に話ししたところ、『今がタイミングでは無いと思うけどな〜?』とのお返事でした(๑˃̵ᴗ˂̵)
とはいえ石神師にとってはとても重要な御神業地の一つなのです‥。

永平寺の正門に立ったその時、私の携帯が鳴りました。
電話の主は、神霊士(神視担当)の高田先生でした。
『前島さん、道元さんが直々にお出迎えしてくれるそうやで^_^良かったな』です。
出発に際して、鳥羽先生から受けた見解との相違に若干の戸惑いを感じつつも、入滅から約770年経つ今日に於いても尚、お働きになっている道元さんには頭が下がります🙇‍♂️

その事を、石神師に伝えたら『あっ!そう‼良かったね!』でした😅
石神師の反応を余所に、私は何かしら有難い高揚感に満たされました(#^.^#)

『吉祥閣』に入館した私達を、雲水(修行僧)が出迎えてくれ、館内での所作並びに注意事項を丁寧に教えてくれました。しかも私達二人だけのために!

今日まで連綿と続く曹洞宗の思想を厳かに観じながら随所を廻りました。
敷地には、70を超えるお堂と楼閣があり、なかでも「七堂伽藍」という修行に欠かせない七つ建物が回廊で結ばれています。
この長い回廊を毎朝雲水がピカピカに磨き上げます🙂

石神師は七堂伽藍の中でも特に気になった場所にライトシールを貼り祈ります。
途中、石神師は『此処は清まってるね❗️聖地と云われる由縁だな〜』と感慨深く頷いていました。

二人は法堂で祈りを捧げた後、西の回廊の先にある永平寺でもっとも神聖な場所と言われる『承陽殿』に向かいました。
此方には道元禅師の御神廟があります。日本曹洞宗発祥の根源であり、聖地ともいえるとても大切な場所で、永平寺歴代住職の位牌も祀られています。

そこでもライトシールを貼り祈りを捧げていたら、雲水の日課でもある行舞が始まりました。私達の存在に憚る事なく、真剣な眼差しで修行に励むその姿は、或る日の道元禅師を彷彿するかのようにも見えました。
永平寺での御神業は、雲水たちの厳しい修行の場を、ほんの少しだけ知ることができ、一層、日本曹洞禅思想の格式の高さを実感するものとなりました。

次回は、三月二十三日、住吉大社での御神業で起きたお話をします^ – ^
ではまた〜(^_−)−☆

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