第87回 神を超えよ!仏を超えよ!Ⅱ『デス・トーク』 2020年2月19日(水)

(通算第156回)
お話し:積哲夫  聞き手:何田匡史
(20191222収録)

積先生:「現在は決定的に、時代は変わり目に来ています。」

何田:「御国の世の到来とはそういうことなのですね。」

何田:「積先生、ファシズムの時代、第2次世界大戦の時間帯ですが、国の立場は違えど軍事による奪い合い殺戮が当たり前と考えられていた時代でした。あの時間帯は地球上、人類にとって必要な時間帯だったのでしょうか?」

積先生:「先の世界大戦の強烈な反省の元に私達は今生きています。あの時に日本は戦争を始めました。それはある種の“相互作用”(日本と世界は)です。その結果として日本は貶められて、世界からずっと犯罪者のように扱われています。本当にそうだったのでしょうか?とそろそろいいかげんに私達は考えてもいいのではないでしょうか。そういう時代に来ています。」

何田:「積先生、“平等”という言葉は?どういう歴史でしょうか?」

積先生:「“平等”という言葉は“フランス革命”からです。」

何田:「フランス革命から平等という言葉が叫ばれましたがでも実態は・・・・」

積先生:「実態は大虐殺でした。その後ナポレオンがでてきて軍事侵攻し始めます。(何田注:王侯貴族の財産を民衆が奪い取って別けて自分達の物とした。その後植民地も何もかも欲しいものを手に入れるために奪い、殺し合ったらよい、という考えが正義となって地球が奪い合いの世界になりました。)

現在の地球の世界の価値観というものはせいぜいそれくらいのものです。
“自由”“平等”“博愛”も含めて、私達のイデオロギー的政治的立場の精神性は本当に高かったのか?というところから考え直し、スタートしなければ本当の正しいものを得ることができない。もしかするとその当時の精神性ってそんなに高くなかったかもしれない、ということです。」

何田:「日本は大日本帝国の時代、世界に対して奪い合い殺し合う植民地の奴隷のような扱いは、それは正義でない、というところから世界に宣戦したのではないでしょうか?」

積先生:「精神学協会の出発点は“明治維新は正しくなかった”といっています。明治維新の時に“精神学”はありませんでした。せいぜい“吉田松陰”でした。
だからこうなったのも仕方がないのです。でもここで“精神学”によって補正すれば、“正しい日本の軌道に戻る”のです。
“正しい日本の軌道に戻らなければ日本の存在そのものが世界に対して説得力がない”ということを理屈で教えているのが“精神学”です。だから学問、“学”なのです。

それを現実の人間世界でどうやって、例えば経済活動に結びつけるか?政治活動に結びつけるか?は今生きている“あなた方のお仕事”なのです。
だから“精神学は実学である”とお伝えしています。」

何田:「なにか責任重大のような気がしてきました。」

積先生:「だからあなた方は責任重大なのですよ。あなた達は精神学を学ぶ立場の、責任の重さに対する自覚があまりになさすぎる。というお話しをさせていただきました。」

何田:「ああ、ありがとうございます。」

積先生:「だから、神様がとか、宗教がとかというお話しではもうないのです。」

何田:「これは人間だけでは“本当の正義”には至らない、ですね。」

積先生:「だから人間だけでは本当の精神進化は無理です。進化のためには“神様”が必要なのです。でも“悪魔”という名の“にせ神様”がいっぱい存在するので、“本当のことは人間の頭の論理回路を使って検証し続けない限り解明されない”というのが“精神学”です。
ですから“考え続けなさい”“行動しなさい”とお伝えしています。
行動すれば間違っていれば苦しくなるから、答えはでます。
頭の中で考えている間は答えはでない、のです。」

何田:「お金儲けもそうですか?」

積先生:「お金儲けもそうですよ。人間世界ではやってみないとわからないでしょ。(もちろん頭脳で論理的によく考え続けることも、とても大事です)
どうですか?おもしろかったですか?」

何田:「はい、積先生、とてもおもしろかったです。楽しいお話をどうもありがとうございました。
また、どうぞよろしくお願い申し上げます。」

次回をお楽しみに!

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