第50回 神を超えよ!仏を超えよ!Ⅱ『デス・トーク』 2019年6月5日(水)

(通算第119回)
お話し:積哲夫  聞き手:何田匡史
(20190309収録)

積先生:「実は、現在の日本人の皆さんに問いたいことがあります。
私が、問いたいことは、例えばビジネスをして資産10兆円の道を歩みますか?
もしくは政治闘争に勝ち抜いて、中国共産党の習近平さんの様に資産10兆円を得たいですか?、あなたはどちらを選びますか?、というお話しなのです。現在の地球上における“お金”というものについて問いたいわけです。ビジネスでもお金はつくれます。権力を握ってもお金はつくれます。
この“お金”の見方というのは、神様世界を知っていると“地獄への切符(きっぷ)”だよね、どっちの道に行っても“地獄への切符”だよね、ということなのです。」

何田:「会社をつくったり、起業される人は、“理念”というものがよほどしっかりしていないとダメということですね?」

積先生:「いまの時代、お金が欲しい人は起業せざるをえない。お金が欲しければ、お金になることをしなければいけません。それはそれで行動すればいいのです。
それで行動して“お金が目的”になれば“人生は虚しくないですか?”ということです。
お金が欲しいというのは、ある目的を達成する手段であって、お金が目的になってしまうと地獄に行き着くという、道理です。
人生を普通に生きていれば気がつきます。“昔の人は偉かった”っていうのではなくて、昔の人は“お金の限界“を知っていたのです。
昔の人は、一方でお金を儲けるでしょ、もう片方でお金儲けとは関係のない、(社会に対して)何か良いことをいっぱいしてきたのです。
それは“罪滅ぼしみたいな意識”があったのだと思います。」

何田:「ああなるほどです。“お金”ですね。お金はとても大事だと積先生は以前にいわれました。大義、神様事、社会の貢献をしようとしても、お金が無ければそれはできないです。
しかし、お金儲けが目的になっては地獄に行くだけです。
積先生は“お金を使うことの大事さ”は“崇高な目的の達成ためにある”、といわれた様に思います。
天はお金の使い方も考えなさい、といわれているということでしょうか?」

積先生:「何田さん、現在の地球を取り巻く時代は、(すでに)世界がお金で買われてしまったので、“お金が苦しみのもと”なのです。
“お金が苦しみのもと”だったならば、お金を苦しみのもとにした人間の歴史の中で、私達は何を学ばなければいけないのか?ということを“精神学は教えている”のです。

精神学が教えている内容は、なぜお金が苦しみのもとなのでしょうか?という問いに対して、いまの世界の問題は、(聖書の)神様が自分の問題を解決するために起こった現象だということです。
どういうことかというと、(聖書の)神様が『私はねたむものです』といったから、(神様をまねて、ねたむことを実行した)ユダヤのお金持ちが世界のお金を自分の所に集めて、全世界のお金を自分の支配下に置いたのです。だから皆さんがお金で苦しむのです。それが現実の社会です。
精神学が教えているのは、つまり“ねたみを実行すると苦しみが生まれる”、“ねたむことは間違いである”と証明された、ということです。」

何田:「なるほど、つまり世界の人間は、聖書に書かれていることが実現している、聖書に書かれている神様の内容をまねている、ということでしょうか。
聖書は予言書、古事記も日本書紀も予言書といわれています。
“神話”というものはその内容に触れた人間は、現実世界でその内容を実現させてしまい、それは神様のされたことだから人間がまねて幸せになろうとするけれど、神様が間違っているから人間も地球世界も社会も苦しむ、ということですね。精神学は真実を教えていると・・・。
だからそれを解決するために“最終知識”という書物が2000年に世に出されたと・・・。」

積先生:「お金の前は武力だったのです。現在は武力を行使するにもお金が必要なので、お金がないと武力も行使できないので、お金がすべてになっています。
それがアメリカ文明です。
だから科学技術の出発点には、実をいうと、その“価値観の転換”があるのです。
つまり、『お金の文明』なのです。ということは“宗教の文明ではない”のです。
宗教はとっくの昔に、お金にその座を明け渡したのです。
『現在の人類はお金を崇めている(あがめている)のです。』」

何田:「お金を神様だと信仰しているわけですね。」

積先生:「そう、お金の神様的性格というのは、ユダヤ人のカール・マルクスがちゃんと指摘しているわけです。」

何田:「それはマルクスさんが警鐘を鳴らしているということですか?」

積先生:「マルクスがお金に対して警鐘をならしているようにみえますが、“マルクス主義”というものは・・・。
“マルクス主義”がなぜ生まれたのか?というと、ヨーロッパの王侯貴族を追放するため、に生まれたのです。
そこに聖書の神様の“わたしはねたむものです”という言葉の意味を読み解かないといけません。
つまりヨーロッパの王侯貴族が所有していた富を庶民がねたんで、暴力で略奪したわけです。聖書にかいてある通り、神様もねたむものだから、自分もねたんでいいでしょと都合よく解釈して。
本当は、ねたむことは間違いだから、”ねたんではいけない”、ということを聖書は伝えているのです。

聖書のストーリーを、それこそ性格の悪い人間達が裏読みして、”裏読みしたらこうなるよね”って、それを基にわざわざ行動してつくったのが現在の地球世界です。
だから、“現在の(地球を取り巻く)世界は、悪魔の世だよ”って私がいっている根拠は、聖書を裏読みしたらこういう時代が来るよと聖書に書かれていましたよ、とお伝えしているだけなのです。
そういう風に考えたらものすごく解りやすいのです、この時代は。

この前の光文書に私が書いたことは、私の人生のテーマであった、“この地球はマネーの支配から解放されるのか?という答えがみえてきた”と書きました。
私の中では“ああこれで私は勝った”と思いました。」

何田:「それはマネーの衰退ですか?」

積先生:「マネーというか“現在のマネーのシステムの衰退”、です。
それを私が生きている間に、一般の人が解るようにして、
『新しい経済というものはきっとこっちの方向だよね』、というのを指し示して、死ねたらいいな、と思っています。」

次回をお楽しみに!

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