何田匡史がつなげるシンダラ情報

第3回目

「命の書」について

2022年7月4日
語り:説諭士

今回は、私自身長年いろんな方と巡り合い、そんな中特に末期癌の方々との出会いで、沢山の体験をさせていただきましたことの一部を、ご報告させていただきます。

余命宣告を受け、あとどれだけの時間が残されているのか?それを考えながら闘病を続ける日々、自分の現状を受け入れるまでには相当な葛藤があったことと思われます。
お会いする時には、相当気を遣いながら言葉を選びお話ししていたのですが、何度か回を重ねるごとに、覚悟を決めた人は本当に強いと思いました。
当初、気を遣っていた私が、逆に励まされたこともありました。
普通におつき合いさせてもらうことが、相手にとっても楽なのだと教えられました。
死を覚悟した人の強さには、本当に頭が下がる思いでした。
その体験を、順次このコーナーで、お伝えさせていただきます。

話は変わりますが、ここ最近、数多い友達との会話や、私と同年代(団塊の世代前後)の方達と接触して思うことは、殆どの方が同じことを呟きます。
中には「癌告知を受けて、療養中だけれど今は元気。」
又は「ここ最近体の調子が思わしくない、これも高齢になれば誰でもどこか悪くなるものや」と、年のせいにして半分は諦めなのでしょうか?
「あとどれだけ生きられるのか?もう片足棺桶に入った状態やもんなぁ」と言いつつも、「まだまだ大丈夫や!」と自分に言い聞かせているのでしょうか。
「だからどの様にして自分の死を迎えたい?」という私の質問にははぐらかせてしまう。
人は切羽詰まってからでないと真剣に考えられないらしい。(これは友達の中でも少数派のおはなし)
こういう方々も、いずれは死を覚悟する時がくるはずです。

できるだけ早い機会に、『死』と言うことについて考え、『死後の世界がある』と言うことを認識すれば、また『命の書』という登録の必要性も理解が進むはずです。
私たちは必要があって、この世界に生まれ、人生を経験してさまざまな学びで意識を高めます。
同時に魂の成長にもつながり、その人の意識によって、死後の世界が想定されます。
『命の書』は、私たちの『たましい』にとっての救世主となるはずです。