第24回 神を超えよ!仏を超えよ!Ⅱ『デス・トーク』 2018年12月5日(水)

(通算第93回)
お話し:積哲夫  聞き手:何田匡史
(20180930収録)

何田:「積先生は先に自分が躓いた(つまずいた)問題が、その人“たましい”の問題(テーマ)なので、次のビジネスモデルもその中にある、と言われました。
それはその人の天から与えられたテーマですね。」

積先生:「そうです、そのテーマは人それぞれ違います。」

何田:「それではテーマが人それぞれ違うということはそのゴールも違う。
では人によってゴールの形も違うということは、幸せの形も人それぞれ違うということでしょうか?」

積先生:「ぜんぜん違うと思います。家族がいると幸せだっていう人もいれば、自分に家族は要らないという人もいます。最後までひとりでいいよ、という幸せもあるでしょう。
だって価値観を共有する家族なんて滅多にいないのですから。」

何田:「そうですね。今や家族で同じことを共有し分かり合えることは難しいです。高度成長期から個人主義を推奨して発展してきましたもの。
しかしその個人テーマが自分はこうだからこのテーマが自分の人生、“たましい”のテーマだと自分で決めることが出来ればいいのですが。」

積先生:「自分の人生の目的と“たましい”のテーマが早く発見できればいいのですが、実際はそうではありません。
しかも、自分自身で選んだ人生のテーマが、実は生まれる前から天から与えられたテーマと違うことがほとんどです。」

何田:「その自分の天のテーマやお役目が解るようになるには、どうすればいいのでしょうか?」

積先生:「そこが解るようになるために、人生は失敗するように作られているのです。
ああ、こんなはずではなかった!とあとで後悔して気付くのです。」

何田:「大分の鷲尾さんところの“シンロジカル・カウンセリング”に行けば自分の“たましい”のテーマは解るようになりますか?」

積先生:「そうです。“シンロジカル・カウンセリング”を始めたおかげで、皆さん自分のお役目に目覚めて働き始めています。」

何田:「“シンロジカル・カウンセリング”、“シンロジカル・ボディー・メソッド(SBM)”、“神霊士”、“マツリヌシ”、“死んだら・チャンネル”、“アーストラスト”、天の働き口が次々とできあがっています。」

何田:「積先生、次の質問です。積先生のところに“人が天のお役目を果たさないから、神様方が怒っておられる”という情報が伝わっているというのは本当でしょうか?」

積先生:「私のところにではなく、大分の鷲尾さんのところにくる神様方のメッセージでしょう。
ただし、現実的には、神様方の前に私が怒っています。」

何田:「皆さんが働いていないからでしょうか?」

積先生:「違います。そうではなくて、要するに、人間世界からは神様世界に対する凄い妨害エネルギーが出ています。
それに対して私が怒っているので、合わせて神様方も怒っておられるのです。その情報が鷲尾さんの所に来て、たとえば、シンロジーマガジンの”神知と人知”(シンンロジーラボ往復文書)に載ります。
(”神知と人知”https://www.godbrain.com/gb/shinlogy/magazine_3/)」

何田:「積先生は昔、若い頃はとても怖かったと何人もの人から聞いていますが・・・。」

積先生:「昔若い頃は“瞬間湯沸かし器”と言われていて怒っていましたね。それで怒らなくなって初めて、神様に呼ばれて神様業界に引っ張り出されたのです。それもまた仕組みでしょう。」

何田:「お年を召して、人間丸くなられましたのでしょうか?、または忍耐強くなられたのでしょうか?」

積先生:「年を取って忍耐強くは成りました。けれど、神様事をはじめて怒っていると失敗すると気付いたのです。つまりね、怒って神様事をやると悪魔の思う壺にはまるのです。
悪魔ものの映画(エクソシストなど)を観てわかるでしょう。
悪魔は相手を怒らせる。そうすれば悪魔の勝ちなのです。」

何田:「よく悪魔に対峙した時は“冷静に冷静に”と伝えられています。」

積先生:「“怒り”は悪魔に“たましい”を売る最大の近道なのです。」

何田:「ええー、それはでも世の中、皆さん“怒り”で満ちています。
積先生、世の中で“怒り”というものは必要でしょうか?」

積先生:「“怒り”は必要です。これ間違っているよねという怒り。
でも怒りに任せて、物を壊したり、暴力をふるったり、暴言を吐いてはいけません。
“怒り”にも二タイプあって、いわれのない自分本位の怒り、これはダメです。自分が悪魔界行きです。
もう一つ、私の場合は単に不条理や不正義に対して怒っているのです。
これは天の正義に反しているよね、という場合で怒りを持ってキチンと正義のために戦うためには、怒りも必要なのです。
キチンと戦うには、“理性が怒りを制御できなければいけません。”
“理性がその怒りを制御するのです。”
それは私の人生の中で訓練されたのだと思います。」

何田:「積先生、“怒り”とは何でしょうか?仕事でも“怒り”を含んで叱られる・・・。怒る必要があるのか?とも思います。むしろ喧嘩になって話し合いにもならない・・・。
そんな気がして“怒り”ってこの世の中に必要なのだろうか?といつも考えています。」

積先生:「何田さんの体験した、そんなパワハラの内容を私に聞かれてもわかりません。
私が怒っていたのは天の正義に対する周りの行いに対し怒っていたのであって、パワハラで怒ったことはないのでね。
しかしわからないと言っても、仕事の中で怒られるのは、自分の役割が解っているのにやっていない、とかあるでしょ。それって変なお話しですが、能力が無いことをやれって言われているわけではないでしょ。できる能力があるから、仕事をやれって言われて、それでもやらない場合は誰が考えても怒られるでしょう。なぜやらないの?って。
もっと言えば、仕事に対してね、私情が入る人がいます。自分の好き嫌いで仕事をする人、これが一番ダメです。
仕事は仕事です。好き嫌いは関係ありません。
自分の好き嫌いや都合で仕事をしてはいけません。」

何田:「プロジェクトやチームの役割の一人として・・・。」

積先生:「そう、100点を目指して120点に取ればすごいことですが、最低でも70点(及第点)をくらいは取らないといけないでしょ。50点しか取れなければ、それはみんなに対する裏切りになってしまう。
あれのせいでできませんでした。これのせいでできませんでした。と仕事をする時間より、言い訳をする時間の方が長い人はたまにいます。
そういう人を仲間に入れてしまった責任はチームのリーダーや責任者にあります。
そんな人を今怒るべきか、後で怒るべきか。一番のタイミングで怒る、叱る、注意することはプロジェクトを成功させるためには重要なポイントになります。」

何田:「ああ、なるほどよく解りました。」

次回をお楽しみに!

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