第157回 神を超えよ!仏を超えよ!Ⅱ『デス・トーク』 2021年6月23日(水)

(通算第228回)
お話し:積哲夫  聞き手:何田匡史
(20210130収録)

積先生:「人はそれぞれ、心がその人の精神世界の時代を映して、自分の人生を生きています。それは例えれば、日蓮宗を信じて生きている人にとっての心、精神世界を映しているのは、日蓮様が生きておられた時代のルールでしかない。つまり日蓮様の知識を最新情報として、その精神世界で2021年を生きている、ということです。
だから“最終知識”という最新情報に、人の知識情報を書き換えない限り、精神世界つまり心は“昔のまま”だということです。
『今(現在)の精神世界を心が映さない限り、“精神学”には興味を示さない。』ということです。」

何田:「『“精神学”は宗教ではない』ということは、どういうことでしょうか?
“宗教”と“精神学”の違いについてです。“宗教を知らない”という人の方が“精神学”がわかるのでしょうか?」

積先生:「それは関係がありません。宗教を知っていても、知らなくても関係がない。
それは『“たましい”に書き込まれているから』です。
“精神学”に興味を示す人は“たましい”に『神様のお仕事がある』と記されている人なのです。

何田:「積先生、もうひとつ質問です。『未来がわかりたい』のです。
人は日ごとに未来に不安を大きくしながら生きています。少し未来が見えれば、安心すると思うのです。どうしたらいいでしょうか?」

積先生:「わたしがなぜ予言をしないのか、わかりますか?
わたしは未来を知りたいなんて思っていないからです。」

何田:「そうなのですか?」

積先生:「そうです。だって『未来は確定している』からです。
精神業界における未来はもう確定しています。だからわたしは予言者ではない、といっています。時間とか事象のずれはあると思いますが、『闇が光に勝つなんてありえない』のです。
なぜ未来を知りたいのですか?皆さんの未来の不安感の元(もと)は、『(皆さんが)闇のお金に支配されているから、不安になる』のです。
闇のお金に支配されないようになったら、未来の不安はなくなって、そんなこと(未来)を知りたいと思わないようになります。愉しく生きていけます。

地球上の人はみんな不安です。でもわたしは何の不安もないし、“おもしろいな”と思って世界をみています。それだけで君、『“精神学”をやっていてよかったな』と思いませんか?」

何田:「私もそれは思います。“精神学”で人生と未来の不安がなくなりました。」

積先生:「何田さん、わたしが何をおもしろがって世界をみているか?というとね、『本当に、わたしが生きている間に“最後の審判”がみられるんだ!』ってことなのです。
わたしが(積先生をつかさどる存在様から)教えられたことが現実になっていくので、『ああ、やっぱりそうなるんだ』って、実感しています。」

能登はるみさん:「積先生は、積先生をつかさどる存在様から指示されたことを、素直に実行されてこられたのですか?『人間ごとの葛藤(かっとう)』って、なかったのですか?」

積先生:「人間ごとの葛藤をもったら、『潰される(つぶされる)』ことを一番先に教えられました。」

能登はるみさん:「それを先に積先生をつかさどる存在様からいわれたのですか?」

積先生:「いわれたんじゃないです。『強烈な試練(きょうれつなしれん)が続いた』のです。」

能登はるみさん:「積先生の経験値を聞くだけで、私達の勉強になるから、ありがたいですね。」

何田:「積先生のお言葉(お話し)も最初のシンロジー・マガジン掲載の『神を超えよ!仏を超えよ! 積哲夫の言葉』から通算228回になりました。
初めの第1部71回分は、書籍とか電子ブックかにすればいいでしょうか?」

積先生:「時がきたら、紙の本にすればいいと思います。何田さんとわたしの対談の第1部は、わたしの知り合いのしらさわさんの出版社さんに依頼してあります。誤字脱字をチェックして、校正してください。あの内容は、現在でも初めての人が読めば、とても勉強になると思います。」

何田:「わかりました。ご配慮をいただきまして、ありがとうございます。感謝いたします。」

積先生:「前の(神を超えよ!仏を超えよ!積哲夫の言葉)内容は、何田さんみたいな宗教中毒の20世紀型の人間にとっては、あのあほな質問に価値があるのです。ははは。」

何田:「えっそうなのですか?皆様のお役に立つことができるなら、とても嬉しい限りです。ありがとうございます。」

何田:「積先生的には、最後の審判も、最後の一厘も、スケジュール通りに進んでいるということでしょうか?」

積先生:「わたしのタイムスケジュールは『2022年に“おふだ”は作れなくなります』って、一番最初に(積先生をつかさどる存在様から)伝えられて、完全にそれ(スケジュール)に対応しています。今年は2021年です。来年2022年ですね。
わたし的にいえば、ひと時と、ふた時と、半時の間です。

1991年9月リンゴ台風で日本中の神社が壊れて、次の10年後2001年9月11日アメリカ同時多発テロ事件のツインタワーの崩壊、次の10年後2011年3月11日に東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)がありました。次の10年後は今年の2021年です。あと半時、あと5年ですね。あと5年くらいは、わたしは生きているでしょう。」

何田:「あと5年って、いつから数えてでしょうか?」

積先生:「2022年から数えて5年。それが最後のタイミングで、その5年くらいの間に、『おお、本当に地球で“最後の審判”が起こっているぞ!』とおもしろがるというのが、わたしのこの世でのスケジュールです。」

次回をおたのしみに!

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