第149回 神を超えよ!仏を超えよ!Ⅱ『デス・トーク』 2021年4月28日(水)

(通算第220回)
お話し:積哲夫  聞き手:何田匡史
(20210130収録)

何田:「“意識化する”ということは『“たましい”が“光ばかりになる”』ということですか?」

積先生:「“たましい”が光100%になったらね、この宇宙なんか必要ないのです。
この宇宙が(正式に)完成したら、物質はいらない。時間もいらないのです。
この宇宙は“学びの場”です。
この宇宙は“物語の場”でしかない。
この宇宙は“神様の物語の場”であってあなたたち“人間は神様の子供だから苦しむ” のです。
いつになったら私のお伝えしていることが、あなたたち人間が理解してくれるのでしょうか?

“たましい”を持っているということは、神様の子供だということです。
あなたの苦しみは神様の苦しみなのです。
神様が苦しまないと思うな。
神様は苦しんでいるから、人間の歴史に関与してる。

わかっていただけましたか?」

何田:「はあ、神様は苦しんでおられるということ・・・です。」

能登はるみさん:「何田さんは神様が好きで、今まで読んで勉強してきた本の影響が強すぎて、積先生の説明されている内容が理解できないのよ。」

積先生:「それが“宗教の人”といわれる由縁(ゆえん)です。
“神様が好き”なのはよい事ですが、“神様って何?”といわれると、“神様は遠い存在だと思っていることが、まちがい”です。
“神様はあなたの中にいらっしゃる。”

宗教というのは、どこかに神様がいらっしゃって、人間はその神様の支配下にあると宗教では教えています。実際、それは“まちがい”なのです。」

何田:「“たましい”の中の闇が、100%光になったら人間は“苦しみ”から解放されるのでしょうか?」

積先生:「何田さんが一番勘違いしている点は、『闇の中にも神様のようなものが存在して、その存在が地球を支配している』という視点が欠けているのです。
最終知識には『この世は魔界です。地球を支配しているのは“魔王様”です。』と書いてあります。
何田さん、あなた魔王様と出会ったことないでしょ。」

何田:「はい、出会ったことはありません。」

積先生:「普通の人にとって、“神様”というのは“魔王様”なのです。
だから神様を怒らせると人間は滅ぼされる。
つまり地球の人間の“たましい”の元(もと)は“神”といってもいいし、“魔王”といってもいいのです。」

能登はるみさん:「積先生、イメージ的に神様は良い存在で、魔王様って悪い存在のイメージで考えてしまいます。」

積先生:「それはそれでよいと思います。
要するに魔界の王というものは、魔界には魔界の法則(ルール)があって、例えば今のアメリカを支配している人達は、悪魔に“たましい”を売っている人達だから、小児性愛者が多くて、子供達の血を啜(すす)らないと生きていけない。
生きていけないのは、その人間が生きていけないのではなく、その人間の背後にいる存在が、なのです。

聖書にはこう書いてあります。『すべての人間は死にます。死後、裁かれます。』
これが人間の規定なのです。
その人間の規定を裏切ろうとするものたちがいて、人間が死なない方向を目指している。
それはまさに悪魔に“たましい”を売った人達が目指している文明の形なのです。

でも、聖書の約束は『すべての人間は死ぬのです。死んだ後に裁かれます。』と書いてあります。これが普通の日本人にとっては常識的なことを、それは世界の常識では、“まだない”のです。その戦いが今アメリカで起きています。

いま現在、地球的レベルの波動の層でいえば、私の感知するところでいえば、阪神大震災の時の日本の波動とほぼ同じです。あの時(阪神大震災時)なにが出ました?オウム真理教が出てきました。
オウム真理教の教えと、悪魔教の教えと、どこが違いますか?同じでしょ。
つまりこういうことです。オウム真理教の麻原彰晃に取り憑いていた存在というのは、彼を支配していました。彼の信者も支配していました。彼らは現実的に殺戮行為を行いました。

人間の歴史に視点を変えると、殺戮行為はナチスドイツのヒットラーもやったし、ソビエト連邦のスターリンもやったし、麻原彰晃も、殺戮行為はみんな同じ事でしょ。
“生きている人間を崇めるという行為”は、最終的に“殺戮行為を生む”ことになるのです。

それを隠れて、過去2000年間ずっとやってきた人達が、いま光が当たって、裁かれようとしています。
そうすれば『“神”とは何であったのか?』ということがわかります。
私は知っていますが、たぶんあなた方には理解できない世界です。

“神”って何か?
2000年にわたって苦しみ続けた存在(神様)って、何田さん理解できますか?
その苦しみ続けてきた存在を“神様”と呼んでもいいし、“魔王様”と呼んでもいいのです。
つまり2000年の長きに渡って闇と向き合って、戦い、苦しみ続けてきた存在が“神”とも“魔王”とも呼ばれてきました。
それは同じ存在の“表(おもて)”と“裏(うら)”だから。

どちらにしても、光と闇を分離して別なステージに行きます。ということが、一番最初(宇宙の始まる前)から約束されていることです。

その神の苦しみから比べたら、何田さんあなたの人間の苦しみなんて、小さいものだと思いませんか?」

何田:「なぜ“苦しみ”というものがこの宇宙に存在するのですか?
なぜ、神様や魔王様も含め、人間も苦しまなければならないのですか?
その理由が知りたいのです。」

積先生:「それは、たぶんあと2、3ヵ月もすればわかるはずです。」

次回をおたのしみに!

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