第148回 神を超えよ!仏を超えよ!Ⅱ『デス・トーク』 2021年4月21日(水)

(通算第219回)
お話し:積哲夫  聞き手:何田匡史
(20210130収録)

積先生:「光の者が闇の商品を売ろうと思っても、売れるわけはないのです。例えば、トランプ前大統領のツイッターを掲載しないことを企業が実行した動きから、ビッグテックの背後に中国共産党がいる、ということがもうはっきりしました。

だから前からお伝えしている通り、日本のマスメディアも死んだし、アメリカのマスメディアも死にました。それに今回のアメリカ大統領選挙でビッグテックも死にました。
最新のテクノロジーは残念ながら、闇の世界のものでした。
(最新のテクノロジーは)闇のマネー(お金)にすでに買われているのです。

そのアメリカで、我が日本の神々は(闇の勢力と)一生懸命戦っておられます。日本の神々は勝つでしょう。」

何田:「光のものが勝利する、ということでしょうか。」

積先生:「そうです。それなのに何田さんは何を悩んでいるの?
あなたの借金も今現在生きている人間の典型そのものだから、それでいいのです。要するに闇のマネー(お金)を稼ごうとしてジタバタしてどうしようと、何田さんは悩んでいるのだけれど、私から見たら、とりあえず天がここまであなたを生かしてくれているのだから、死にはしないだろうと思っています。

そして何田さん、あなた自身が最大の商品なのです。マネー(お金)を稼ぐためには、あなたが売るべきは、精神学協会の知識とツール(商品)だけなのです。
闇のマネーに対抗できる光のマネーをつくれるのは、いまのところ精神学協会のツールだけなのです。
また、今の日本人の男性のダメな典型を何田さんは示しています。日本のサラリーマンのダメな生き方の典型です。」

何田:「なにが原因でしょうか?」

積先生:「原因は“過去の宗教観”が頭の中にいっぱいあるからです。
何田さん、あなたは宗教にとらわれているのです。」

何田:「そうだったのですね。よくわかりました。ありがとうございました。」

何田:「積先生、ご質問です。
よく数学で習う、“集合”と“補集合”の関係です。つまり“A”という集合が“光”だとすると“Aでない”集合が補集合になります。それは“光ではない”と集合です。

今生きている人間は『あなたは“光の人間”ですか?』という質問に対して、自分自身を“光の人間”とは自信がなくて、“光でない人間”と答える人間がほとんどだと思います。
逆の質問で、『あなたは“闇の人間”ですか?』という質問に対して、今度は“闇の人間”になりたくないので、“闇でない人間”と答える人がほとんどだと思います。
つまり、自分が“光でない人間”と答えるなら、その人間はイコール“闇の人間”だと思うのです。

積先生、“光”と“闇”なら“光以外は闇”でしょう? 光を求めるのに自分は光に自信がなく、闇に関心ばかりしていて、いくら闇を浄化しても光を切に求めなければ自分は“光の人間”になれないのではないか?と考えています。

つまり、光の人間、光の経済、光の御国を自分で考え、意識して想像しなければ、闇ばかりに関心を寄せていては、光の人間にはなれないのではないか?と思うのですが、いかがでしょうか?
積先生、単刀直入にお伺いいたします。
“光”ってなんですか?」

積先生:「精神学でいえば“光はひかり”、“闇はやみ”なのです。
宗教好きの何田さんに逆に質問します。
“神”って何ですか?」

何田:「“神”は“光と闇の合体物”です。」

積先生:「それは“精神学”の説明している内容でしょ。何田さんの考えはどうですか?」

何田:「5回地球型の星の惑星文明が滅んで、今回で6回目の地球だとすると、ひとつ手前の地球型の意識体は“爬虫類”系だと思います。だから龍神とか爬虫類の神が存在し、また宇宙からのメッセージや宇宙人が爬虫類系で表現されているのは、人類が恐竜時代を経験しているからともつながっていると、私は考えています。」

積先生:「恐竜の成れの果ての“レプテリアン”という爬虫類が地球の支配者だという説もありますね。」

何田:「“最終知識”で勉強しました。“神”は“光と闇の合体物”であり、神を精製されたものが“精神(せいしん)”であると。
つまり神を光と闇に分けて、光の部分が“神性”と呼ばれるものでありこれが“光の精神”だということを知りました。
浄化と上昇は“たましい”の中にある光と闇を分けて、闇を浄化する行為である、ということを知りました。残った光が神性という“光の精神”です。
それで“光”とは何でしょうか?」

積先生:「 “光”って何ですか?って、答えは“光(ひかり)”です。
何田さん、私達は『物語宇宙』に生きています。“光”と“闇”がなければ“物語”は“進行しない”のです。“闇”だけでは何も起きません 。闇に光が当たるから、物語が始まります。
人間の心も同じです。感情だってそうです。」

何田:「“光”があたるから、あきらかになって・・・。」

積先生:「“あきらかになる”ということは“意識化する”ということです。
例えば手を切れば痛いでしょ。“痛くなる”ってことは“意識化する”ということです。
“意識化する”ということが“光があたる”ということです。」

次回をおたのしみに!

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