第130回 神を超えよ!仏を超えよ!Ⅱ『デス・トーク』 2020年12月16日(水)

(通算第199回)
お話し:積哲夫  聞き手:何田匡史
(20200723収録)

積先生:「何田さん、人間が不幸になる元凶は“たましい”の中の闇なのです。
闇が穢れを生んで不幸を作ります。
闇というものは、精神学を学んで、闇と日々戦い続けて、身体の中で焼く尽くす能力を高めていけば、外にでてきちんと他の人の面倒も見られるようになるし、戦えるようになります。
その先に人間世界でいくならば、人間世界で求めてもいい、お金だったり名誉だったりというのが“光の領域”で待っています。“光の領域”には“光のお金”や“光の名誉”がちゃんと用意されて待っています。

“プロセスが大切”なのです。 (プロセス:経過、過程、工程、手順、進行、成り行き、手続き、といった意味。)

闇のお金をいっぱい持っている人のところにいって、“あなたを光の世界に導いてあげるからそのお金を出しなさい”って言ってきたのが過去の宗教なのです。
その過去の宗教ではもう上手くいかないのです。
闇のお金ははっきり言って“光の領域”“光の世界”では何の役にも立ちません。
“しるし”がついているからです。」

何田:「“しるし”はお金にですか?」

積先生:「そう、“お金にしるし”がついています。『これは正しい方法ではない方法で得たお金だよね、君!』って、最後に問われるのです。」

何田:「ははあ、積先生なんとなくわかってきました。この宇宙は最初からやり方も自分で考えて、しくみも作って、プログラムして、実行して、失敗すればやり直して、正しい成功まで自分力で到達するようにできているのですね。失敗はその途中の成果である。」

積先生:「そうです。ですから人間の歴史は失敗の歴史なのです。でもそれでいいのです。
それを繰り返すことによって『次は失敗しないよ』と学んで進化するのです。」

何田:「それは積先生をつかさどる存在様が外宇宙からやって来られたから、今このタイミングで光と闇をわけて、闇を消滅させられたから、進化が進んだわけですね。
もし積先生をつかさどる存在様が来られなかったら、宇宙は闇のままでしょうか?」

積先生:「宇宙が生まれた時にそれは約束されていたことだから、その質問には答えられません。
それを象徴しているのが“精神学協会のマーク”です。『この宇宙の○マルに対して1本棒が真っ直ぐ○マルを突き抜けている』でしょ。
『始まりの前を知り、終わりの後を知っている存在』を名付けていいか知らないけれど、皆さんが知っている神様ではないよね。とりあえず“わたしをつかさどる存在”と呼んでいます。

わしたちは物語宇宙の中にいるのです。『(自分の)“人生”という物語を“完成”させたらよい』のです。
人生というものは小説みたいなものですから。
ほとんどの人は人生を中途半端な終わり方をして人生を“さよなら”します。
きちんと一つの小説として、“ああ、いいお話しだったね”と本が閉じられたら、もう人間なんかやらなくていいのです。」

何田:「積先生、『最終知識』には“愛”というものはいかなる場所、そこら辺に溢れ出ていて、その愛は形となって、その人に必要な時に必要な形をとって現れる、これは積先生をつかさどる存在様は“愛をベースに宇宙を創られたから”ですか?」

積先生:「愛をベースというより、“光は愛そのもの”なのです。光と愛はイコールです。」

何田:「自分の“たましい”の中にある“光”は“愛”なので、その光と愛を活用することによって、自分で自分を光の領域で育てるのですか?」

積先生:「そうです。あなたの“たましい”が本当の愛に目覚めたら、“他の人にも愛のエネルギーを送ることができる”だろうし、“地球全体の愛の光のエネルギーが少しは強くなる”でしょう。
もし、地球全体が愛のエネルギーに溢れるならば、今の人間の不幸は無くなるでしょう。
つまり“愛は無限にある”のです。“愛のエネルギーは奪い合う必要なんてない”のです。

光は愛ですが、光が無ければ闇は生き残れないのです。それは光が愛であるから。
光の特性が闇を生かすのです。その結果として光の人は、これまでの時代では、不幸になるのです。」

何田:「だから闇や悪魔は光の人に出会うと『わたしを殺さないでね』と交渉してくるのですか!」

積先生:「そうそう。」

何田:「闇や悪魔に情けを出して、改心すると思って、『殺さないで一緒に頑張ろう』と言った瞬間、光の人は闇や悪魔に取り憑かれるのですね。なるほど。」

積先生:「そう浄化力が無ければ光の人は、闇と悪魔に取り込まれます。そのあとで“後悔する”のです。」

何田:「なんかゲームみたいですね。ドラゴンクエストとかファイナルファンタジーとか。自分が参加するゲームを作ったら、光と闇の戦いで、おもしろいゲームになりそうです。」

積先生:「だから神様のゲームというのは、めちゃくちゃ面白いのです。神様というのはゲームみたいなものなのです。」

何田:「光と闇の戦いの中で、自分は光の人としての立場で動き、しかし闇や悪魔に同情して情けをかけると、実は自分が取り込まれるルールに気が付いていない。
良かれと思ってがんばって、自分が光の人から闇の人に変化していることに気が付かないで人生を終えるのですか!
闇や悪魔のほうが賢いから、光の人も賢くならなければいけない!ということですね。
よくわかりました。」

積先生:「『情けは人の為ならず』という言葉があります。これは情けを人にかけることによって、それは良い報いとなって、やがて自分に返ってくるよ、という意味です。」

何田:「相手の闇を生かして、自分も闇を持っていて、お互いの闇の存在を許してしまえば、地球上に闇を蔓延らせることになる。この闇の情けの行為は間違いですか?」

積先生:「いや考え方によります。精神学を学べば、相対的にいろんな立場から考えられるようになります。
つまり相手の闇の存在を許して生かしたとしても、その相手の人の“たましい”が光に目覚めて、“たましい”が光に変わった時は、あなたにも光の配当がかえってくるのです。

だから、面白いのです!
“光の人で働くことは喜びに変わるから”です!
“これが楽しく、明るい人生を生きるコツ”です!
“これが精神学の知識なのです。“

次回をお楽しみに!

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