第129回 神を超えよ!仏を超えよ!Ⅱ『デス・トーク』 2020年12月9日(水)

(通算第198回)
お話し:積哲夫  聞き手:何田匡史
(20200723収録)

何田:「“素直は美徳”とよく言われます。けれど、精神世界の関係では、何も考えないで素直につい行くと、知らずに自分は闇の方へ向かって悪魔の手先になってしまっていた!
なんてことになりかねないです。
ということは“素直な人も地獄行き”もあるということですね。
人生は、自分の脳でしっかり考えて、光の方向へ行動を向けることが、その人の“たましい”が光を放って輝くことになる。
本来の自分の課題を乗り越えることになるのですね。

『人生は光の宇宙という“たましい”に刻印された“約束された場所”への旅である』ということは本当のことでした!
自分が身体を持って生きている間に“たましい”の覚醒した人と、覚醒しない人の死後は、予告通り“天国”と“地獄”に分かれるということだったのですね!
昔からいわれていたことは本当のことでした!」

積先生:「今の宗教団体の説く内容を盲目的に信じている人達は、光の世界にたどり着けないよね。もっと、はっきりいうと、宗教団体、政治関係、マスメディア情報関係、教育関係、いま生きているほとんどの日本人の“たましい”は光の世界に行けないでしょう。」

何田:「では医療関係者とか、困っている人達のために自分から奉仕する活動をする人達はどうでしょうか?死んだ後“たましい”はどうなりますか?」

積先生:「同じです。人生の行動の出発点にその人の“たましい”が持っている光の部分、神の性“神性”といいますが、神性が発動したとしても、人間社会で生きている限りにおいては、ちゃんと“たましい”を清めていますか?闇を祓えていますか? ということ、を確認し続ける必要があります。
“たましい”の“神性の確認”し続けない限り、光と繋がり続けることはできないでしょう。

何田さん、“不幸な人のお世話をする”ということは“強烈な穢れ(けがれ)に出会う”ということなのです。
“不幸は穢れ(けがれ)”と同じと考えてください。人間世界自体が穢れなのです。
人は穢れていると不幸になります。自分が不幸だと気付いている人は自分の“たましい”が穢れているのです。穢れているから不幸になります。全部理屈(りくつ)なのです。」

何田:「えっ、そういうことでしたか!」

積先生:「気が付かなかった?」

何田:「気が付きませんでした!自分の不幸と、自分の“たましい”の穢れが等しいなんて考えが繋がらなかったです!」

積先生:「 “不幸な人間”というのは神様から見たら“穢れのかたまり”です。
なぜ不幸になったのか?を考えてごらんなさい。」

何田:「自分が穢れているから不幸になるのですか?」

積先生:「そうです。」

何田:「なぜ気が付かなかったのでしょう?“大祓のりと”とか奏上すると確かに人生の流れが良くなるのはわかっていましたのに・・・。
穢れを祓うと人生が良くなるのはそういう理屈でしたか。」

積先生:「理屈というか、神様の立場で上から下の人間を観察していると、闇の底に沈んでいる人間達があくせくもがいて行動をしていても、“たましい”の神性の光しか神様に届かないので、皆さんが何しているのか?わからない状況です。
人間達は闇の底に沈んでいるし、神性は光っていないでは、上におられる神様にはあなたという人間の存在がわからないのです。
だから手助けしようにも穢れた人間を認識できないのです。」

何田:「では、“穢れ(けがれ)”って何でしょうか?」

積先生:「穢れは、ケガレです。」

何田:「日本神話にはイザナギの神様が黄泉の国から帰ってきたときに、五十鈴川で身体を洗って、穢れを落とされました、と書いてありますが…。」

積先生:「黄泉の国からイザナギ神がお戻りになられた時に身体についていたのは“死”そのものです。
黄泉の国におられたので“死”です。それは穢れです。
加えて、人間の邪悪な思いって、すべて穢れです。
人間というのは邪悪な思いで98%くらい生きていませんか?
“おいしいものが食べたい”“お金がほしい”“綺麗な人と付き合いたい”とか人間的欲望のかたまりでしょ。
これはすべて穢れです。

その穢れの状態で生きているということで、身体が病気になり、不幸やトラブルが起きたりするので、神道でいえば“祓い給え、清め給え”と日本語で唱えて、言霊で穢れを落とすのです。
これは精神学的にいうと“浄化と上昇”をして闇を浄化する方法になります。

何田さん、人間というのは、穢れをいくら祓っても、またすぐ付くのです。何度でも何度でも穢れは祓って、生きていく必要があるということです。
それだったら人生は同じことの繰り返しになるでしょ。
そこの領域を抜け出すために“浄化と上昇”があるのです。
“浄化と上昇”をすれば、同じ失敗を繰り返さなくてもよくなります。人間は成長できます。
“浄化と上昇”をおこなうことは、“たましい”に神性の光が宿るということです。
これが “精神学の知識”です。」

次回をお楽しみに!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です