第126回 神を超えよ!仏を超えよ!Ⅱ『デス・トーク』 2020年11月18日(水)

(通算第195回)
お話し:積哲夫  聞き手:何田匡史
(20200723収録)

積先生:「あなたの“たましい”にあるテーマは、この宇宙のテーマと同じです。
“あなたはどこから来て、どこへ行くのですか?”というテーマ(宿題)です。
このテーマの答えを自分自身で、何にも無いところから、考えて、試行錯誤して、論理的な行動が、正しい結果に辿り着く、のです。

人間のテーマと宇宙のテーマは同じなのです。
だから人間は“小宇宙”なのです。そう考えると人間存在というのは如何にスゴイものか!って、わかるでしょ。

そのすごい人間存在が、きちんと働いたら、奇跡の一つや二つ起こせるのです。
そう思いませんか?」

何田:「“最終知識”には、『神は、人間に、まず、愛を教えた。次に、神知に近づくために、勇気を教えた。ただ、神は人間を試すために、神の正義だけは教えられなかった。』と書いてあります。
この内容は“愛”を持って、“正義”に到達するために自分で考えなさい、ということでしたか!
その正義に到達するために“勇気”が必要になる。」

積先生:「 愛 を持っていても、 勇気 が無ければ、 正義 なんて知っていても、生きていく意味が無いでしょ。
戦えないからです。」

何田:「なるほど!そうでしたか。
やっぱり“戦い”は必要ですか?」

積先生:「生きることは日々、戦い、です。
日々戦いなさい。」

何田:「戦いから逃れることはでき・・・。」

積先生:「できません。生きている間は人間は戦うように作られています。
女であれ、男であれ。

精神的エネルギーの場において。“浄化と上昇”して闇を焼き尽くすというのは、戦いです。」

何田:「そうですか、人生、生きることは闇との戦いですか。」

積先生:「人生は戦いです。戦うのですよ。
光の戦士として、闇と戦いなさい。あなたの人生が終わるまで。」

何田:「神と悪魔、神と神、人と人、国と国、スポーツも、競技も、組織も、生きることも、ぜんぶ“支配するものと支配されるもの”に分かれて、いす取りゲームのように、勝ち残った者が良いみたいな、無駄な争いのしくみの中で人間は踊っているだけ、のような気がしてなりません。
“支配と被支配”の世界なんて、つぶれる気がします。“最終知識”にも記されていますが。
積先生、“戦い”“争い”“競争”“勝ち負け”の世界から、逃れることはできないのでしょうか?
“戦う”というテーマをはずすことはできないのでしょうか?」

積先生:「今の人間の たましい のレベルだと、戦うことによってしか浄化することができない。」

何田:「勝ったものが・・・・」

積先生:「勝ったものではなく、光のルールがあります。光のルールで説明すると、闇は焼き尽くすことができます。
反対に闇が光に勝利することはどういうことでしょうか?
闇が光に勝利するということはできます。今までの地球の歴史をごらんなさい。
今までの人間の歴史は闇が光に勝利してきたのです。
現在の地球は完全に闇の勝利です。」

何田:「そうですね。歴史は書き換えるし、何でも都合良く、やったもの勝ち、争って生き残った方が何をやっても、虐待も、殺戮も、非人道的なことでも、何でもオーケーです。
あとで歴史の説明を都合良く書き換えたらいいわけですから・・・。悲しいことです。」

積先生:「光のルールを説明すると、闇が勝利すると、光は闇のエネルギー源になって、闇は生き延びる、のです。

何田:「ああ、そうだったのですか!」

積先生:「ですから、光は闇を必要としないけれど、闇は光を必要とします。
エネルギーだから。」

何田:「闇と闇の世界、闇同士では生きられないのですか?」

積先生:「闇同士では闇は生きられません。」

何田:「闇同士お互いを食い尽くすというか・・・。」

積先生:「闇同士が食い尽くすというより、闇が支配した時に何が起きるの?
例えば大量殺戮がなぜ起きるか?というと、それは人間の“たましい”が持っている光を闇が回収するために、大量殺戮が起きるのです。

人の“たましい”には“光”があるからです。

極端にいうと、悪魔は人の“たましい”を食べないと生きていけない、のです。
光がなければ、悪魔は存続できないのです。
だから“悪魔にたましいを売る”っていうでしょ。実際あるのです。
“光”はエネルギー源なのです。
“光”は聖なる高次のエネルギーだから、闇はそのエネルギーを食べるために、“たましい”の光を取り込むのです。
いま、その仕組みに、神が好きなアメリカ人は気付きはじめていますよ。」

次回をお楽しみに!

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