第110回 神を超えよ!仏を超えよ!Ⅱ『デス・トーク』 2020年7月29日(水)

(通算第179回)
お話し:積哲夫  聞き手:何田匡史
(20206013収録)

何田:「この対談テーマの『神を超えよ!仏を超えよ!』で、“仏 (ほとけ)”という存在は人間ですね。」

積先生:「仏様になったから、神様から認められて、神様が仏様にその悟り(さとり)の内容を“教えてください”というポジションになったでしょ。
(何田注:お釈迦様の悟りの内容を皆にも教えてほしいと梵天(インドのバラモン教における最高原理、神様、ブラフマン)の神様が頼む“梵天勧請(ぼんてんかんじょう)”)
それを超えなさい、と(私は)いっています。
もっとはっきりいえば『精神学を学んでいる人は“積哲夫”を乗り越えて、“次のステップ”に進みなさい』といっているのです。
可能性としてはできるのですから、やり始めなさい。」

何田:「はい、わかりました。ありがとうございます。

人間が想定している、人間が考えている“神”や“仏”は、実際に存在している“神”や“仏”とは違うのですか?」

積先生:「どっちにしても“人”が作ったものです。もしくは相互作用で生まれたものです。
“神”も“仏”も“存在”はしています。」

何田:「存在しているなら、“助けてください”と祈れば、助けに来てくださるのでしょうか?
助け合う世の中を作りたいといえば、一緒に助けに来てくださるのでしょうか?」

積先生:「何田さん、間違っています。その前に“裁き(さばき)”がきます。
仏教だってお釈迦様が亡くなられたあとの56億7千万年後に何かが起きる、っていっているでしょ。聖書でも“最後の審判”を伝えています。
『何かが起きる!裁きのタイミング』それが今始まる時に生きているだけで“楽しい”って思いませんか?」

何田:「これからの光の地球に生まれてくる“光の子供達”の映像はわかります。今までの人類の罪や闇を背負っていない新しい人類です。元気で、明るくて、創造の中で新しい光の経済をつくる子供達です。
これからの時代の“光の地球”“光の子供達”の礎(いしずえ)となるために働くことが喜びの人生につながることはよくわかります。
そこに神様、仏様の存在はどのように関与されるのでしょうか?
今の時代ひとりひとりの人間の中に“光と闇の戦い”が移動したことで、どういう位置を取られるのでしょうか。人間と神様、仏様のスタンスとして。ひとりひとりの人間の身体の中に、“たましい”の中に入って、融合して、神人一体となって働かれるのでしょうか?」

積先生:「何田さん、人間的な思考の中だけで考えてはいけません。
“神様には神様の存在目的”があります。“仏様には仏様の存在目的”があります。
“神様をつくられたもの”が存在され、目的がきちんとあって、そのために神様は地上に配されました。」

何田:「なるほど、神様をつくられた存在がおられて、目的があって神様方は日本におられるわけですね。
積先生、私は小さい時から考えていたのは、“神様や仏様は時に裏切られる”のではないのか?という疑問でした。
神様や仏様は人生に関与して、途中でやめて、責任と処理を人間だけに残して、その人からいなくなることもあるのでは?と疑問がありました。」

積先生:「“神も仏もあるものか!”っていうものでしょ。それはありますよ。
神様は人間を助けてくれません。十字架上のイエスのことを思い出せばいいのです。」

何田:「えっ、神様は人間を助ける存在ではない?!
それはどういうことでしょうか?」

積先生:「だって人間が“助けてください”っていう願いは、ほとんど“神様と関係がないテーマで助けてください“でしょ。」

何田:「テーマですか?それはほとんどの人間が自分や周りの人のためと思っています。神様業界から関係のないテーマかどうかなんて、人間はぜんぜん考えていない、と思います。
神様は人間を助けてくださる存在だと人間側が考えているからです。
“そこにまちがいがあったのですか!”」

積先生:「そこです。だから笑い話でね、京都伏見稲荷大社に参拝に行って、“お金を儲けさせてください”って、“儲かったらお礼をします”って、お祈りしてお金を得た人がね、そのあと伏見稲荷大社に“儲かったからこれだけお金を神社に納めます”ってもってくる人は“ほとんどいない”というお話しです。その笑い話と同じです。
『人間だって神様を裏切っているではありませんか!』ちがいますか?
お互い様ですよ。」

何田:「そうです、いわれてみれば人間は必要な時だけ神様にお願いして、叶ったら、神様をほったらかしでは、神様仏様もお話しも祈りも願いも聞いてくださいません・・・。
原因は自分の行動でした。
人間は自分勝手都合主義で、自分は裏切ってもいいけれど、神様仏様は裏切りを許されないはず、と人間が勝手に思っています。
イエス様を磔刑に架けた人間達と同じ根っこですか。本当の宇宙の真理を見ないで、自分都合で信じ込めば何でも叶うなんて・・・。」

積先生:「“神のくせに裏切りおって”なんて人間側の傲慢ですね。」

何田:「神様と人間の正しいコミュニケーションがない、のが原因だと思いますが、いかがでしょうか?
“信じていたのに、なぜ助けてくださらないの!”って。
何度も期待が裏切られると神様仏様に対して疑心暗鬼になるのです。
それが恐怖につながります。“また裏切られるのではないか”と思って。」

積先生:「そこで、自分の信仰が足らなかったから助けてくれなかったんだ、と考えて宗教をやっている人は一生懸命お金を持って行くわけです。
あれ(金額)では足らなかったんだ、さらにお金を持って行って、今度こそは神様に願いをきいてもらおう、と宗教にはまっていくのです。
それが今までの宗教のやり方です。」

何田:「“神様と自分”という本当の進むべきテーマから外れたことをしているから。」

積先生:「そうです。」

何田:「その自覚がないから、自分の間違いに気がついて修正するまでは苦しむことになるのですね。
そして“自分は悪くない”“自分は正しい”と考えているから、神様、仏様を呪っていくのですね。」

積先生:「その精神状態になると、はっきりいって人の身体は壊れていきます。」

何田:「積先生との対談は『神を超えよ!仏を超えよ!1』からで通算179回ですが、お話しを聞いていくほどに、精神学はデリケートであり、谷間に渡した足幅しかないガラス板の上を渡っているような気がします。
踏み外せば奈落の底(地獄、闇)に落ちていく、ことがわかってきたように思います。

積先生:「ガラスの上じゃないよ。刃(やいば)の上だよ。刀(かたな)の上です。足を踏み外すとどこかが切れてしまいます。」

次回をお楽しみに!

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