第11回 神を超えよ!仏を超えよ!Ⅱ『デス・トーク』 2018年09月05日(水)

お話し:積哲夫  聞き手:何田匡史
(20180715収録)

何田:「最近の世の中の映画やマンガやアニメ、日本も海外も含め、流行っているのは地獄場面が多いです。
地獄のヒロインやヒーロー、ゾンビやスプラッター系を可愛くしたり、カッコ良くしたりとキャラクターと場面設置をしている物語がとても多いです。
素直に神様や天国界を描いた映画やマンガやアニメはあまり流行るのが難しい、と考えています。
積先生、その地獄の映像がもてはやされる理由は何でしょうか?
地獄を経験したことのある“たましい”は地獄に戻りたいと思わないので、地獄を知らない“たましい”が地獄に興味を持って地獄に向かうのでしょうか?」

積先生:「普通の日本人はこの人生で死んだら終わりなので、そういった地獄を好む“たましい”は死んだら地獄に行きますね。
行ったことがないから、わからないから、地獄に行くでしょう。地獄に興味を持つ、だから行くのです。」

何田:「でも先生、生きている間に地獄を想像はできると思います。“地獄”って、どんな所かいろんな資料は多くあるので、調べればすぐに見つかると思います。」

積先生:「何田君、それはあれですよ。ヨーロッパで神は死んだといった人間が出てから、天国も地獄も人間の想像の産物になったわけで、今の地獄は中世の地獄のような地獄とは全く違います。ヒエロニムス・ボス(オランダ・ネーデルランドの画家:地獄と怪物の画家、無意識の世界をあばく画家)の描いた地獄とは全く違います。違うのです。
あーいった絵を描くから地獄が魅力的に見える。結果として、アートのほとんどがそちら系になってしまいました。」

何田:「“最終知識”には“地獄”とは、全身の神経が敏感になって自分の罪に反応して、痛くって、苦しくて、ツラくて、死ぬに死ねない世界。
一人だけの世界で、閉ざされて何も無くなく、何も出来ない世界。
耐えられることができない世界。と説明されています。
消滅しないのでしょうか?」

積先生:「消滅できないからツラいのです。何田君、仏教系で言う“無間地獄(むげんじごく)”というものがあるでしょ。無間地獄って何ですか?」

何田:「ずーっと出られない世界、無間地獄です。」

積先生:「要するに宗教が、説明している地獄はまだ“社会”があるのです。
例えば、処罰する鬼さんがいて、人間は八つ裂きにされて、朝になればまた身体が元に戻って、毎朝殺されることを繰り返す。これは社会があります。
『本当の地獄は、一人でずーっと閉ざされる世界』です。
解りやすく言うと生きている人間のみが、『神よ、神よ』と呼びかけることができます。
本当の地獄の中で『神よ、神よ、すみません。もしお聞き届けいただけるなら、何でもします。』と叫んでも、世界が閉ざされているから、神様には伝わりません。
消滅までその状態です。」

何田:「消滅というのは自分の“たましい”のエネルギーがなくなるまででしょうか?」

積先生:「そうです。」

何田:「そうですか、苦しいとかよりも何にも無いから、行動する目的も理由も無いのですね。」

積先生:「どことも繋がってないというのはそういうことです。
それが裁きで言うとね、“アナザーワールド”という世界はそういったもので、並行宇宙というのは“特異点”の向こうにある世界だから、こちらからは、見えない、感じない、無いもの、です。
ということは、無間地獄に落ちた人は救いようがありません。」

何田:「“命の書”に登録すれば・・・」

積先生:「“命の書”に登録すれば“繋がり”が生まれます。」

何田:「自分が行く無間地獄を生きている間に、自分で無意識に作ってしまっている。
悪魔も神もなく、恐ろしいお話しです。やることが無いということは!」

積先生:「いまの日本人の生き方を見ていると、『ああ、もったいない、もったいない。』という声が聞こえます。
せっかく人として生まれて来て神に近づけたのに、死んで一人で地獄に去りましたか。
もう二度と戻れるチャンスはありません(命の書の登録を除けば)。
せいぜい人として100年生きただけで、死んだら消滅するまで地獄です。
人間の“たましい”が消滅するのにたぶん数百年かかります。
その間ずーっと一人です。

何田:「“自己の存在”というものは周りとの“繋がり”があってはじめて自分が成立するのでしょうか?
周りとの繋がりがとても重要なのでしょうか?」

積先生:「そうですよ。だから江戸時代は良くも悪くも、仏教でこの日本国の死後世界をコントロールしていたので、“ご先祖様”を大切にしていたわけです。
ご先祖様のところに自分も死んだら行くんだ、というルールがあったわけです。
現在は人が死んだらご先祖様の所に行くんだ、と考えていないわけです。
だから、ご先祖様をお祀りしないわけです。
ということは、その時点で仏教の結界は切れているわけです。」

何田:「現在の人が亡くなったら、生きている間に死んだ後のことを考えていないから、どうしたらいいのか?わからない。」

積先生:「亡くなったお祖父さんやお祖母さん、父親や母親が迎えに来てくれるって、それはご先祖様を敬っている頭の中、脳だから、その人に出てくるわけです。
信じていたから迎えに来るという現象がでます。
その人の頭の中で、信じてもいないことが起こることがないのです。」

次回をお楽しみに!

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